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2.2.9 役目と信念

「お前たち、そこで何をしている」


 新たにやってきたのは、主任のトルネーだった。ただでさえ不機嫌そうな険しい表情を、更に歪めている。そして騒動を起こしている中に御堂がいるのに気付くと、呆れたように息を吐いた。


「講師ミドール。お前は騒動を引き寄せる体質でもあるのか?」


「そういうわけではないが、成り行きだ。おいたをしている学徒を止めようとしただけだ」


「ほざけ人間が!」


 自分たちを無視してトルネーと会話をする御堂に、エルフの一人が痺れを切らして魔術を放った。小さい炎が飛ぶ。だが、予備動作を見せていた時点で、対処は容易であった。


「――ふっ!」


 小さく気合の声をあげて、御堂は潜るように身を沈めて炎を避ける。そのまま魔術を放ったエルフに突進した。術を回避さられるとは思っていなかった相手は、たじろぐ暇も与えられず、右腕を掴み上げられた。そのまま背後に回った御堂は相手の腕を捻り、背中に引っ張り込む。


 基礎的な制圧術だ。これだけで、エルフは関節をロックされて動けなくなった。魔術を行使することも叶わない。


「離せ、無礼者! 人間風情がエルフにこのようなことをするなど……」


「先に手を出したのはそっちだ。文句を言われる筋合いはないな」


「貴様!」


 他の三人が激昂して短杖を御堂の方に向けるが、盾にするように仲間を抑えているので、魔術を使うことができない。歯軋りするエルフたちを、トルネーは鼻を鳴らして嘲笑した。


「魔無しと呼ばれている相手にこれでは、魔術に優れていると戯けるエルフが聞いて呆れる。講師ミドール。怪我はさせるなよ」


「ほざけ!」


「人間が舐めた口を聞くな!」


 御堂を攻撃することを一旦諦めたエルフ三人は、振り向きざまに一斉に魔術を発動。トルネーに向けて魔術が飛んだ。が、トルネーは冷徹な表情を崩さず、早撃ちのような速度で短杖を抜いた。


 次の瞬間、御堂とラジュリィの目の前で、エルフ三人が放った魔術が風でかき消され、その突風は勢い余って相手全員を床に転がした。そんな彼らを侮蔑するように、主任は嗜虐的な笑みを浮かべた。


「講師を舐めるな小童が、その程度で己が優れた種族と語るなど、片腹痛い」


 構えた杖を腰にしまい、トルネーは笑みを消してまた鼻を鳴らした。もはや魔術を行使する必要性もないと言わんばかりの様子に、強者の余裕が垣間見えた。


(これが講師のまとめ役の実力か)


 今放たれた彼の技は、御堂でも反応できない程の早業であった。御堂は見せられた主任の実力に、嘆息しそうになった。


「……さて、講師と女子に杖を向けて、あまつさえ魔術を使った馬鹿ども。力の差がわかったならさっさと散れ、二度と面倒を起こすな」


 冷たく言い放つトルネーに気圧されたエルフらは、尻餅をついたまま後ずさりした。そして、転がるように起き上がると、我先にと逃げ去っていった。


「……講師ミドール、そいつを離してやれ、これでまだ抵抗するほどの気概は、こいつにはない」


「わかった」


 御堂が拘束を解くと、最後の一人は「覚えていろ、魔無しが!」と捨て台詞を吐いて、先に逃げた三人を追いかけていった。その後ろ姿を見送ったラジュリィは、構えを解いて肩を竦めた。


「まぁ、情けない。エルフが聞いて呆れます」


「イセカー、お前も調子に乗るな。講師ミドールが使い手だったから良かったが、そうでなければ怪我をしていたのはお前だったのだぞ」


「自身の騎士を助けるのは、主の役目です」


「お前の主従関係など知らん。ここは学び舎で、ミドールとお前の立場は講師と学徒だ。それを忘れるな」


 その言葉に思うところがあったのか、ラジュリィは一瞬押し黙ると、素直にトルネーに頭を下げた。


「申し訳ありません。学徒の立場を見失っていたかもしれません」


「良い、許す。お前はここに来てまだ日が浅い。これから己の立場を知れば良い」


「はい。心得ました」


 二人のやり取りを見ていた御堂は、主であるラジュリィを諌めてくれたことに感謝した。相手が大貴族だろうが関係なく注意し、改善を促せるのは、流石は講師をまとめる主任と言ったところだろう。


 ラジュリィが一歩下がったので、御堂がトルネーに小さく頭を下げた。


「しかし、貴方には助けられてばかりだな、講師トルネー。礼を言わせてくれ」


「お前が騒動に巻き込まれ過ぎなのだ。少しは慎重に動こうとは思わんのか」


「女子が多数の男子に襲われているのを見たら、慎重ではいられないさ。そういうのを防ぐのも、仕事だろう?」


「確かにそうだ。それが教鞭を振るう者の役目でもある」


 トルネーは御堂の意見に頷いたが、鋭い視線を向けた。


「だが、いくらお前が武術に優れ、魔除けの外套を着ていると言っても、魔術を使えないし、魔素の流れを読むこともできない。大人数で復讐でもする馬鹿がいたら、どうするつもりだ」


 そう指摘する。彼の言う通り、数人ならともかく、大人数で襲われでもしたら、御堂でも危ないだろう。本人もそれは理解していた。それでも、御堂は嘯く。


「俺が多少痛い目を見るだけで、さっきみたいなことが減るなら、いくらでもやってやるさ」


「……はっ、なるほど。お前はここに別の目的があってやってきたと聞いているが、それでも講師の役目は果たそうと言うんだな? 大層立派な心掛けだが、本末転倒なのではないか?」


 別の目的、それはこの学院に貯蔵されている書物だった。元の世界、地球へ帰る手段に関する情報を集めるために、それらを閲覧したいと御堂は考えていた。

 教師ごっこなどせず、そちらに専念する方が御堂にとって有益だろう。言外にトルネーはそう聞いてきている。


 それに対し、御堂は苦笑で答えた。


「確かにそれも大事だが、任されたからにはきちんと役目を果たしたいんだ。それが俺の性分だし、機士としての信条もある」


「信条? 聞かせてみろ」


 興味を抱いたのか、トルネーが片眉を上げる。


「弱きを救い、守ることだ。これが“機士”の役目であり、存在意義だ。講師になろうと、それをするのは変わりない。相手がまだ未熟な子供なら、なおさらだ」


「ほう、“騎士”の役目と来たか。今時、そう考える騎士など数える程にしかいないと聞くが……そうか、そうか」


 何か面白いことを聞いたように、トルネーは頬尻を上げた。


「しかし、この差別と歪な実力主義が渦巻く学び舎で、それをどこまで突き通せる。お前の骨折り損で終わるかもしれないんだぞ」


「この程度のこと、可愛いくらいだ。俺のいた世界は、肌の色が少し違うだけで、殺し合いが起きていた。少し見てくれが違うだけで、相手を異分子だと見下し、排除しようとする。それはどの世界でも変わりない人間の性だろう」


「……それを知っていても、お前は先ほどの言葉通りに動くのか?」


「当然だ。同時に、そういった対立を乗り越えた世界から、俺はやってきたんだからな」


 そう言ってのけた御堂に、トルネーはふっと小さく笑みをこぼした。それには、先ほどエルフに向けたような威圧感はない。期待を含んだ表情だった。


「授け人か……不思議な男だよ。お前は、世界の見え方が違うのかもしれんな」


「それはそうだ。俺は異世界の住民だからな」


「それもそうか」


 二人の講師は顔を見合わせ、片方は硬い表情に戻し、もう片方は爽やかな笑みを浮かべた。その大人の会話的雰囲気に、ラジュリィは自分が入れないことに、不満を感じていた。


 それからトルネーが立ち去り、再び二人きりになっると、主の少女から小言を言われることになるのだが、御堂は甘んじてそれを受けたのだった。


 ***


 この一連の騒ぎを、遠巻きに眺めている者がいた。その少女は、自身の長い耳に魔術を介して入ってくる会話を聞き取り終えて、金色の髪を掻き上げた。その下には、楽しげな表情があった。


「なるほど、噂の講師はミドールと言うのか」


 エルフ四人に凄まれて、一歩も引かない気勢。魔術に対抗できる強さ。そして豪語してみせた理想。どれもこれも少女、トーラレルの関心を惹くには充分であった。


「講義をいくつか休んでみた甲斐があったというものだ」


 そう、トーラレルは御堂が起こした騒ぎを全て観察していた。講師ゲヴィターとの衝突を眺め、詰め所での胆力を聞いて、彼が行った講義も見ている。


「彼の講義が、少しばかり楽しみになった」


 呟いて、聞き寄せの魔術を解いた彼女は、妹分が駆けつけてくる前に自分の教室に戻ることにしたのだった。

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