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2.2.8 諍い

 初めの数十分はとにかく型を教えられた。最初は拍子抜けしていた学徒たちだったが、それから、散々素振りをさせられ、それが間違いだったことに気付いた。結局、短剣を振り始めてから十分ほどで、ほぼ全員が肩を上下させ始めた。


 すぐにばてたという風にも見えるが、十分間も素振りを続けられただけ、意外と体力があるなと御堂は評価する。頭上を見上げ、地球と変わらない光と熱を放っている太陽の位置を確認すると、素振り止めっと声をあげた。


「少し早いが今日はここまで、身体を動かして汗を掻いただろう。次の講義の鐘がなるまでまだ時間があるから、希望者は簡単に湯浴びをしてきて良いぞ」


 太陽の位置で簡単な時刻を把握した御堂なりの、小さな気遣いだった。学徒らはありがたいとばかりに短剣を放り出すと、小走りで湯浴び施設、地球で言うシャワーを使いに行った。片付けもしないとは何事かと怒鳴ろうかと思ったが、上流階級の人間がそんなことをする習慣があるとも思えないので、諦めた。


(しかし、学徒用の入浴、シャワー施設があるとは、流石は貴族のための学び舎だな)


 学徒らが放った短剣をかわりに片付けながら、御堂は主任から話を聞いたときを思い出した。そのとき、随分と贅沢なものだと御堂は思ったが、貴族が汗臭い状態で座学を学ぶというのもらしくない。そう考えれば、あって当然の施設なのかもしれなかった。


 ともかく、この気遣いで少しでも学徒らからの敵意めいた視線が緩まることを、御堂は期待していた。


「講師ミドールは、学徒が欲していることを良く理解していますね」


 ちょうど全ての短剣をラックに入れ終えたタイミングで、その場に一人残っていたラジュリィが屈んでいる御堂に声をかける。律儀に片付け終えるのを待っていた。手伝いを買って出ない辺り、御堂という男の性質をよく理解していた。


「ラジュリィは湯浴びに行かなくて良いのか」


「あの程度で息をつくほど、柔な育てられ方はしていないのですよ?」


 確かに、他の学徒と違い、ラジュリィは疲れた様子をまったく見せていないし、汗も掻いていない。見てくれは華奢なお嬢様なのに、体力があるのだなと、感想を抱いたところで、御堂はふと思いついた。


「それも、魔術の応用なのか?」


「あら、講師ミドールは魔素の動きを見破ることができたのですね、流石です」


 関心したように両手を合わせるラジュリィに、御堂はいやいやと首を振った。


「ただの推測だ。当たっているとは思わなかったけどな」


 魔術による身体の治癒ができるのならば、それを利用して身体能力を強化することもできるかもしれない。そう考えたことから出た言葉だったが、的を得ていたようだった。


「これもある意味ではイセカー家の秘術かもしれません。あまり他言しないでくださいね」


「わかっている……さて」


 腰を上げた御堂が膝についた芝生を手で払い、学院に向けて歩き始めた。ラジュリィは極々自然に、当然のように御堂の隣に着いて歩く。


「ラジュリィ、さっきは助かった面もあるが、ああいうのは自重した方が良い」


「なぜですか? 講師ミドールが困っているなら、それを助けるのが私の役目ですよ」


「……あまり俺にばかりかまっていると、友達が作れないぞ」


「私の大切な人を侮辱する人を友達にするだなんて、こちらから願い下げです」


「そうは言うがな……」


「もう、講師ミドールは保護者のようなことを言うのですね?」


「それも、講師の役割の一つだと考えているからな……とにかく、せっかく領地の外で歳の近い人間と交友できるんだ。少しは活かすようにした方が良い」


「講師ミドールは本当に講師らしいですね。そんな姿も素敵です」


「おだてても何も出ないぞ」


 そんなたわいないことを話ながら、二人は緑の床になっている城内へと戻った。そのとき、曲がり角の向こう、階段側で騒ぎ声がするのを御堂は聞きつけた。


(なんだ……? 口論でもしているようだが)


 聞こえてくる感じからして、複数人の子供が激しく言い合っているように思えた。訝しく重い、更に近づくと内容も薄らと耳に入った。どうも、口論とは違うらしい。複数人が相手を一方的に罵倒しているようだ。


「……この学院は交友の仕方だとかも講義した方が良いんじゃないか?」


「どうします?」


「止める、講師の仕事の内だ。ラジュリィは先に教室に戻っていてくれ」


 言って、御堂はラジュリィを置いて階段の方へ早足で向かう。曲がり角に入ったところでは、予想していたよりも酷い状況になっていた。


「人間がエルフに生意気な口を聞くとは、命がいらないらしいな!」


 言っているのは、尖った耳が特徴的な男子だった。御堂は同じ講師でエルフであるトイズの容姿を思い出した。


「種族の違いを理解していない愚か者め、お灸を据えてやる!」


 その尖った耳をしているエルフの学徒は男子が四人。対し、人間の学徒は二人。しかも女子だった。短杖を突き付けられ、恐怖で震えている。

 ただの喧嘩なら介入しないことも考えたのだが、これは見過ごせない。御堂はすぐに両者の間に割って入った。


「お前たち、何をしている。校舎内で杖を抜いて、しかも女子にそれを向けるなんて、どうかしてるぞ」


 突然現れた御堂に、エルフたちは訝しげに眉を曲げてから、御堂の服装を見た。そしてそれが誰かわかったのか、制止に入った講師を鼻で笑った。


「なんだ、噂の魔無し講師じゃないか、講師の外套があるからと言って我々を侮っているな?」


「所詮は人間が作った防護、エルフの術ならば容易く貫くぞ。怪我をしたくなかったらさっさと消えるんだな」


「そういうわけにはいかない。講師として、学徒が学徒を一方的に傷つけることは許容できないからな。お前たちこそ、今ならまだ見逃してやれるから、杖を収めて教室に戻れ」


 上の立場として彼らを見ている御堂の言葉だったが、それが大層に気に入らないという風に、エルフたちは殺気立った。


「なんだと? 魔術が使えない人間風情が、偉そうな口を聞くな」


「劣等種が我々に口答えするなど、許されることではない」


「そも、人間風情がエルフに偉そうな口を聞くなど、前からおかしいと思っていたんだ。ちょうどいい、立場というのをわからせてやる」


 そう言って四人は杖の矛先を御堂に向けた。御堂は彼らの口振りから、人間とエルフの貴族間にある確執は相当なものだということを悟った。


(これで良く、共同で学び舎をやろうだなんて思えたものだ)


 そうとすら思いながら、女子を庇うように構える。


「君たちは早く行くんだ。ここにいたら危ない」


 振り向かずに言う御堂の背中を複雑な目で見てから、女子二人は階段を駆け上がっていく。エルフらはもうそちらは見ずに、目の前の生意気な魔無しをどう痛めつけるかだけを考えていた。


(相手は四人か……子供とは言え、少し骨が折れるな)


 一触即発、そんな空気が漂う。そしてどちらが先に動くかという直前。廊下の方から。駆け寄る足音が聞こえてきた。全員がそちらを見ると、また一人乱入してきたのを認めた。ラジュリィであった。


「そこの殿方、私の騎士に何をなさろうとしているのです?」


 彼女は廊下から聞き寄せの魔術で様子を窺っていた。そこで、御堂が危機に陥るとみるやいなや、我慢できずに飛び出してきたのだ。


「どうしてこっちに来た!」


「ほう、そうか、貴女がイセカー家のラジュリィか。人間のくせに多少魔術が上手い程度で調子に乗っていると聞いているぞ」


「多少で済むかどうか……試してみますか?」


 挑発的な笑みを浮かべて、ラジュリィが杖も抜かずに両手を構えた。すると、周囲の魔素が彼女の内向魔素に反応して、光り輝き始めた。それに一瞬、エルフらはおののいたが、すぐに真顔になって二人が短杖を彼女にも向けた。所詮は人間と見て、大した力はないと思ったのである。


(まずい、あの娘も頭に血が上っている……どうするか)


 状況は最悪だと御堂は内心で焦っていた。一人で諍いを止めるはずだったのに、結果として学徒であるラジュリィまで騒ぎに巻き込んでしまった。これでは、どうやっても碌な結末にならない。


「たかが人間が、力の差をわからせてやるから覚悟しろよ」


 エルフの一人が言って、短杖を振り上げた。その先端に魔術が発揮される直前、御堂にとっての助け船がやってきた。

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