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2.2.7 御堂の講釈

 ひとまず場を鎮めることに成功した御堂は、ラックから木製の長剣を取り出した。それを、学徒たちに見えるように持つ。


「確かに俺は魔術が使えない。だが、武術の心得はそれなりにあるし、君たちに後れを取っている気もない。戦場においては、魔術が絶対の有利に働くわけではないと聞いている」


 御堂の話に、それでも何人かの生徒は失笑を漏らした。魔術こそが絶対の力と信じている彼ら彼女らからすれば御堂の言い分は、魔術が使えない者の言い訳か、負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだ。それらを無視して、御堂は話を続ける。


「もし、短杖と数回だけ使える魔術のみで戦場を生き延びる自信があるなら、教室で自習していて構わない。だが、それだけの自信家である根拠を証明してもらうがな」


 それを聞いて、全体の三分の一ほどの学徒はさっさと背を向けて、教室に向かい始めてしまった。馬鹿らしいとぼやく者までいる。それもまた彼に対する侮辱であると、ラジュリィが思わず声を上げようとした。


「良い、自信があるということは、決して悪いわけではない」


 けれど、口を開く前に御堂が言ったので、不満そうにしながらも学徒らを止める言葉を出すことはしなかった。そうして、この場に残ったのは全体の三分の二ほど。人数にして二十名の学徒を見て、御堂は内心で意外さを感じていた。


 御堂の言った言葉を理解したのか、イセカー家の怒りを買うことを恐れたのか、嫌な予感を感じたのか、定かではない。それでも、これだけ残れば上等だろう。御堂はそう評してまた満足げに微笑んだ。


「よろしい、それでは実技の前にまず、俺から講釈を述べさせてもらう」


 御堂は話し始めた。


「魔術が使えない人間の想像や予想から来ることだが、杖と魔術による近接戦は、剣士と剣士が切り結ぶよりもなお、大変なことだと思う。それは何故か」


 木剣を横にして、もう片方の手を添えるようにして、学徒らに刃渡りの長さがわかるようにする。


「まずは間合いの差だ。魔術師は近接戦の際、杖の先端に術をかけて刃とする“光剣”を使うと聞いた。間違いは無いか?」


「はい、その通りです」


 ラジュリィがいの一番に答えた。御堂の言う通り、魔術師は不意の接近戦になった際は、短杖の先端から光の屈折などで輝いて見える刃を出して戦う。切れ味は通常の刀剣とは比べものにならないほど鋭く、また魔素の消費も少ない。これだけ聞けば優秀な武器に思える。が、これには致命的な欠点があった。

 御堂は今から、その欠点について指摘するつもりなのだ。


「この光剣、一見すると斬り合いになれば相当の強さを発揮すると思われるが、そうでもない。何故かわかる者はいるか?」


 これにはラジュリィを含め、誰も答えなかった。


「答えを見せよう。聞く限り、光剣は実用性などの点から、出せる長さはある程度決まっていて、変に長くしようとすると魔素が霧散して切れ味を失う。その長さが問題なんだ」


 ラックから短剣を取り出し、学徒に見せた。そこでラジュリィと一部の学徒は、御堂の言う光剣の欠点に気付いた。それでも話がわからない大多数は、首を捻った。


「この短剣の長さは、光剣で出せる刀身の長さと同じになっている。対し、俺が先ほどから見せていた木剣は、一般的な兵士が使う剣を模している」


 言いながら、左右の手に木剣と短剣を持ち、比較しやすいように揃えて見せる。長さ、リーチの差は一目瞭然であった。これが、御堂の言う光剣の欠点である。どれだけ切れ味が良かろうが、敵に届かなければ意味がない。


「俺の持論だが、剣と剣での戦いになり、お互いの技量が互角だった場合。一番に勝利の条件となるのは間合いの差だ。わかりやすく言うと、光剣は間合いが短すぎて、絶対の武器には成り得ないということだ」


 魔術は近接戦においてアドバンテージを持たないと言い切った。その御堂に、一人の学徒が挙手して訪ねた。


「講師、ですが光剣ならば鉄の剣だろうと鎧だろうと、容易く断ち切ることができます。相手を剣ごと斬り伏せてしまえば良いのでは?」


「それが出来るだけの技量があれば、そうかもしれないな」


 一旦、その意見に同意してみせた。他の学徒もそうだそうだと声をあげる。しかし、御堂は頭を振って、次に否定の言葉を口にした。


「だが、それは達人の技だ。そもそも、剣を剣で受け止めるのは素人がすることで、実戦でやる馬鹿は早々いない。しかも、光剣が高い切れ味を持っていることは周知されている。敵が素直に打ち合ってくれる保証など、どこにもない」


「では、相手が斬り掛かってきた所を切り払えば良いじゃないですか、間合いが取れれば、魔術を撃ち込めば勝てます」


 また別の学徒が反論する。御堂は少し呆れた様子で、両手を広げて肩を竦めた。


「そう言うが、振るわれる剣というのは、君らが思うよりもずっと早く、軌道を読むのも苦労する。一度でも失敗すれば、切り払われるのはこちらの命だ。それでも、絶対にできると言えるか?」


 その説明に、まだ納得できないような学徒たち。魔術の万能感とは、それほどまでに強いということだと理解した御堂は、実際に木剣を振るって見せることにした。


「接近戦で間合いが相手の半分しかないのは、本当に致命的だ。ついでに言えば、実戦で振るわれる剣の速さを知らないのも、致命的。だから、一つ俺が実演しよう」


 御堂は滑らかな動きで、自然に木剣を構える。剣道家のような構えだ。あまりにさり気ない動作で動いたので、学徒らは構え終わったところしか知覚できなかった。


 そして、御堂は無言で木剣を振り上げ、振り下ろす。それだけの動作を繰り返しているだけなのに、風切り音と共に来る迫力があった。その剣先の速度は、学徒ら思っていたよりもずっと速い。


 学徒らは、剣術を劇や舞台で見る演技でしか知らない者が大半だ。そこで見た演者の剣は、自分たちでも打ち払えそうなほどにゆっくりで、所詮は魔術が使えない者の武器としか思えなかった。


 それが、実際に振るわれる剣というのは、秒もかからずに上から下まで振り下ろされる。何人かの想像力豊かな学徒は、あの剣が自身に振るわれ、一瞬で斬り殺される場面を想像して、身震いした。


 十回ほど素振りをしてから、御堂は動きを止めると、構えを解いた。息一つ乱していない。


「これを目の前で振るわれて、それでも正確に受け止められるなら、俺の講義を受ける必要ない。教室に戻っても良いぞ」


 そう言われて、背を向ける学徒は一人もいなかった。話を聞いている内に、自分たちの使える光剣の魔術が、とても頼りないものに思えてしまったのだ。思わず、己の手にしている短杖を見つめる者もいた。


 押し黙ってしまった学徒らを見て、御堂は「話の影響を受けやすいのも子供らしいところか」などと、少しやりすぎたことを反省しながら、弁明することにした。


「……別に俺は魔術を全否定するつもりはない。広い場所で戦う戦ならともかく、局地戦、狭い場所で戦うなら、魔術は相当に強力な武器になる。だが、それでも戦い方を知らなければ、俺が今話したように、剣にも負けることになってしまう。そういう話だ」


「では、どうするというんですか?」


「単純だ。先ほど、君らが言ったことを実際にできるようにする。それが俺の仕事だ」


 学徒の一人の呟くような問いに、御堂は憮然と答え、短剣が並ぶラックを指さした。


「まずは基本的な剣の使い方からだ。動きにくければマントは外して良い。まずは手に持ってみろ」


 そう指示したが、中々、学徒らは短剣を手に取ろうとしない。ラジュリィだけはさっさと一本を手に取ってみているが、続く学徒はいない。御堂が疑問符を浮かべる。


「でも、剣を振るうだなんて、野蛮だわ……」


 女子の一人が、汚いもののように短剣を見ていた。魔術師が剣を使って戦う練習をすることに、少なからず抵抗感があるようだ。御堂は息を一度吐いてから、表情を和らげて諭すように言った。


「俺は授け人、余所から来た人間なので、聞いた話に過ぎないが、まだ戦場では俺の持つ剣か、より長い間合いを持つ槍が主体だと聞く。後ろから数回、魔術を撃つだけで終わる戦なんてないだろう。敵に詰め寄られたら最後の手段として、剣を持つことも、光剣を使うこともあるはずだ。そうなったとき、生き延びられるように、君たちは学ぶんだ」


 そこまで言われ、ようやく学徒らは短剣を手に取った。こうして、御堂による剣術の指南が始まった。ここまで話を聞いて、直接的な文句を垂れる学徒は、流石にいなかった。


 ***


 一方、教室に戻った学徒たちは、


「貴様ら、余程に魔術の自信があるらしいな」


 恐怖の大王。もとい、講師主任であるトルネーに捕まっていた。


「講義を抜け出してサボるだけの実力があるか、この私自らが確かめてやろう。遠慮はするな」


 トルネーの目が、鋭く光ったような錯覚を覚えた。嫌な予感がして、咄嗟に逃げようとした学徒の一人が、突然吹いた突風に攫われて教室の天井すれすれまで吹っ飛び、机の上に軟着陸させられた。見れば、いつの間にかトルネーは杖を抜いている。恐怖に身を固める学徒らに、トルネーは杖を向けた。


「この程度も避けられずに、大層な口をきいたのか、その舐め腐った性根を鍛え直してやろう」


 主任の口元が、嗜虐的に歪んだ。

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