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1.1.5 領主

「御堂 るい。周囲からはミドールと呼ばれています。この世界での礼儀作法を知りません。どうかお許しください」


 領主の謁見の場、というよりも、王座の間と言った方が正しいのではないだろうか。そのように感じられる豪華絢爛な部屋に案内された御堂は、ラジュリィの紹介を受けて、そう自己紹介した。


 領主の前で跪き、胸に右手をやって頭を下げる御堂に、領主、ムカラド・ケントシィ・イセカーは、満足そうに頷いた。どうやら、昔見たドラマや映画を参考にした見よう見まねの礼儀は、好印象を与えるのに役立ったようである。


 礼儀作法というのは、元々は人間が戦いに明け暮れていた時代に生まれた、一種の護身術である。敵味方に関係なく、礼儀を示すことで、相手に対し、己に敵意がないことを知らせることができる。同時に、それを守っているだけで、自分の本心を見せなくて済むのだ。

 それに、無礼を働いて得られることなど無い。そういう御堂の魂胆があった。


「うむ……面を上げよ」


 その魂胆は上手くいったようで、顔を上げた御堂を見る領主の目に、好意的なものが見えた。


「其方、授け人と申したが……それは真か? 証明できるものはあるか」


「庭園に、自分の乗ってきた兵器が置いてあります。身分証でしたら、持ち合わせていますが……」


 そう言って、御堂は懐に手を伸ばそうとしたが、思い止まってやめた。このような場で、ポケットに手を入れるのはまずい。なので、近くにいた兵士に目配せした。その兵士は一瞬、何のことかという表情になるが、すぐにその意を理解したのか、御堂の元へ駆け寄った。


「失礼、客人殿」


「右の胸元です」


 御堂が告げた通りに兵士が右胸のポケットを探る。中にあったIDカードが入った薄型のパスケースを取り出した。

 この世界には存在しない、プラスチックという材質と写真、未知の言語が記されたそれを物珍しげに見てから、兵士は領主にそれを差し出した。受け取ってまじまじと板切れを見た領主は、眉を八の字に曲げた。


「……読めない言葉だ。なんと書かれているのか」


「陸上自衛隊、自分の属する組織の名前と、身分が記されています」


「なるほど……念写の魔術か? 精巧な絵だ……過去に現れた授け人の中には、硬い形の言語で書かれた、その者の身分を証明する札を持つ者がいたという。これも、その類いなのだろうな」


 兵士にパスケースを返し、領主は椅子に深く腰掛け直した。それを自身のポケットに戻した御堂を、改めて観察するように眺めてから、


「……伝説上の存在を目に出来るとは、幸運を神に感謝せねばならまいな」


 感慨深そうに言う表情は厳かなものだったが、その瞳は楽しげだった。


「して、授け人。娘を賊より救ったというのは事実なのだな?」


「はい、この世界に降り立ってすぐ、目の前でラジュリィ様が襲われているのを発見しましたので」


「どちらに手を貸すべきかと悩まなかったか? もしかしたら、放浪癖のある我が娘を連れ戻そうとした、私の兵だったのかもしれなかったろう。そうだとすれば今頃、其方は首だけとなっていただろうがな」


 領主は、少し意地悪な質問を御堂にぶつけた。それに対し、表情を変えずに答える。


「あの兵器には確かな害意、敵意、さらに言えば、殺意を感じました。自分は職務柄、そう言ったことに対する勘は、強いと自負しております」


「……なるほどな」


 すらすらと淀みなく答えてみせた御堂だったが、内心で冷や汗をかいていた。あの状況下で、自身の判断に間違いはなかったと思いたい。御堂を品定めするように見ていた領主は、目を細めた。


「合格だ。試したこと、許せよ。そして、誘拐された我が娘を救ってくれたこと、礼を言わせて欲しい。感謝する」


「自分は、己に課せられた責務を果たしただけです。大したことはしていません」


 謙遜する御堂に、領主はふっと口元を緩めた。


「礼ついでに一つ、教えておこう、若き授け人よ。この世界ではな、無駄な謙遜や己を過小する物言いは、本人の価値を大きく損ねるのだ」


「……これは自分が無知でありました。ありがとうございます」


「良い。授け人とはそういうものだと聞いている。むしろ、過去の授け人の伝説から比べれば、其方の立ち振る舞いには、好感が持てる」


 随分と伝説に詳しい領主に、御堂はそれはどういうことだろう、という表情を見せた。


「何、授け人とは、様々なことをもたらしてくれる反面、その人格はあまり褒められたものではなかったと聞いていた。それがどうだ、其方は不器用ながらにも、礼儀作法を表し、我々に合わようと努めようとしている。好感触であるよ」


 そこでまた、御堂は思わず「そんなことはない」と言おうとしたが、そこで先に言われた領主の言葉を思い出した。


「……お褒めいただき、光栄です」


「学習する知恵もあると見た。ますます気に入った。して、授け人は、何をしにこの地へやってきた?」


「それは……自分にもわからないのです。元の世界で、敵との戦いを終え、帰る途中に、奇妙な夢を見たかと思ったら、この世界にいました。そこで、貴方の娘、ラジュリィ様と出会いました」


 それを聞いて、領主の目に哀憐の意が混ざったのを、御堂は感じた。


「なるほど、自分で望んでやってきたわけではない。となれば、其方は帰る手段を求めるか?」


「願うならば、元の世界へと帰りたいと考えております」


「ふむ……」


 それを話した御堂と、その後ろに控える自分の娘を見比べて、ムカラド領主は、少し考えることになった。


 目の前にいる、表情を引き締めたままの青年。伝説の授け人は、帰りたいと言った。自分の知る伝説の中でも、授け人の何人かは、己の世界に帰りたいと願い、旅に出た者がいたらしい。この授け人も、そうなのだろう。


 領主からすれば、それはあまり良くなかった。話を聞くならば、賊が操っていた魔道鎧は二体。それを、この授け人は一人で打ち倒したことになる。武勇に優れた者を、そう易々と逃す手は無い。


 それに、と領主は御堂の後ろにいる娘の顔を見やる。表面上は冷静に会話を聞いていたようだったが、まだまだ甘い。眉がぴくりと動き、前で組んでいる手が、普段と前後逆になっている。


 これはラジュリィが、感情を隠しているときの癖だ。幼い頃から貴族として、本音を容易く見破られることのないように教育していた。だが、十六の娘に完璧を期待するのも酷だろう。


 その様子から、娘が授け人に抱いている感情を、父親である領主は簡単に見破った。


(貴族の娘として、どうかと思うことも、なくはないが)


 他領の若者から、決して手の届かない存在「深海の真珠」などと言われている娘が初めて、他人の男に好意を抱いている。相手がどこぞの馬の骨なら言語道断だが、その相手は伝説の授け人である。父親としては、その想いを無碍にしようとは思わなかった。そのために、領主は御堂に提案した。


「授け人、其方さえ良ければ、しばらくはこの城に留まらぬか?」


「は? いえ、しかし自分のような、どこの者とも知れぬ人間が……」


「良いのだ。むしろ、強い力を持った者が、自分の知らない場所に行くということの方がよほど困る。帰る算段が着くまでで良い。身の回りのことも、私の力で良いようにする。どうだ?」


 その申し出に、御堂は数瞬、思考を巡らせた。頭の中で、メリットとデメリットが天秤に乗せられている。そのとき、後ろから、


「私からもお願いします。騎士ミドール……」


 そんな、小さい呟きまで聞こえてしまった。その一言で、天秤は傾いてしまった。これも自分の甘さか、と御堂はこめかみに手をやりたくなったのを堪えた。


「わかりました。ご厚意に甘えたいと思います」


 それを聞いた領主は、鷹揚と頷いた。御堂は自分の後ろで、ラジュリィがほくそ笑んだことには気付かなかった。

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