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2.2.3 トラブル

 学院の廊下は、それに隣接している部屋の役割によって、床の色が変わっている。

 講師棟並びに詰め所は緑。教室は青。学徒棟は濃い赤である。


 今、御堂とラジュリィは緑の床から青の床へと境目を越えた。この床の色によって、それぞれの身分で立ち入って良い場所が管理されているらしい。従者からその話を聞いたラジュリィは、御堂にそう説明した。


「講師は特に縛られていないようですが、学徒が用も無く緑の領域へ入ることは禁じられているそうです。と言っても、用事さえあれば許される程度の規則ですが」


「では、ラジュリィが俺のいる講師棟まで来るのは、よくなかったのではないか?」


「あら、私は自分の騎士に会うために講師棟へ足を踏み入れたのです。許されますよ」


「ここでは、講師と学徒の関係ではなかったのですか、ラジュリィさん」


「……ミドールは時折、意地悪なことがありますね」


 頬を膨らませる少女に、御堂が「すまない、許してくれ」と微笑みかける。頬を染めて「……良いです」とあっさり許す。そんなやり取りを、面白くなさそうに見ている者たちがいた。この学院の学徒である。


 彼らは入学式から一月遅れてこの学院へやってきた“深海の真珠”が、どれほどのものかを見に来ていた。前評判通り、その相貌は美しい真珠のようで、深く青い瑠璃色の髪は、光を透き通らせた深海を思わせた。


 しかも、イセカー家と言えば帝国で知らない者はいない、歴史も古く由緒正しき辺境伯だ。何かと怪しい動きをする聖国と真っ向から向き合い、帝国を守っている大貴族である。


 そして、何よりもこの学院で彼女を価値ある者としているのは、魔術の才覚であった。通常、杖などの触媒などがなければ扱えない魔術を、彼女は素手で扱えるのである。これは異例中の異例であった。魔素をコントロールする能力が、ずば抜けて高いことを示している。更に、行使できる魔術の回数は、噂では並のエルフを凌駕するという。


 結論から言えば、ラジュリィはこの学院でも一目置かれる、高嶺の華とでも言うべき恭しい存在なのだ。


 では、そんな彼女が何故、学徒たちから良くない目で見られているかと言えば、理由は単純。隣を歩いている男の存在であった。


 この学院において魔術を扱えない者は、どこの貴族だろうが関係なく下に見られる。ましてや、授け人と言えば、体内に魔素を持たない人間の象徴である。学徒から馬鹿にされて当然とも言える。


 そんな下賤な存在が、恐れ多くもあのラジュリィと、肩を並べて歩いている。プライドと見栄が全てである貴族の子弟からすれば、許されないことである。


 そういうことで、生徒たちは殺気すら放ちながら二人、というよりも御堂を見ていた。だが、次の瞬間、ラジュリィが御堂に寄り添い、手を取った。まるで恋人がするかのような仕草だった。ついに、一部の学徒が理不尽な怒りを爆発させた。


「おい、そこのお前!」


 困り顔の御堂と楽しげな笑みをしているラジュリィの前に、三人の男子が立ち塞がった。見れば、三人とも紅色のマントを羽織っている。後期生だ。紺色のマントを羽織っている学徒から見れば、先輩に当たる人物になる。後輩であるラジュリィは、それでも眉を顰めて不快感を隠さなかった。


「……私に何かご用ですか?」


「違う、用があるのはそこの魔無しだ」


 その単語を聞いたラジュリィの顔から表情が抜け落ちる。しかし彼女が何か口を開こうとする前に、御堂が一歩前に出た。


「自分に何か用か」


 その顔を忌々しげに見てから、茶髪の男子が「はっ」と馬鹿にした小笑いをした。


「本当に魔素が感じられないじゃないか。正真正銘の魔無しは初めて見たぞ」


「どうも、授け人というのは、そういうものらしいからな」


「ふん、口の利き方がなってないな魔無し。貴様のような輩が気安く口を聞くんじゃない。そして、イセカー家の令嬢に汚い手で触れるな。本来なら、彼女の視界に入る前に駆除される存在だということを自覚しろ」


 相手が自分たちよりも下だと見ているからか、胸を張り横柄な態度を取る学徒。御堂はラジュリィに振り返って、どうするかと目で問い掛けた。


「……ただのちょっかいです。さっさと行きましょう。ミドール」


「ちょっかいとは、貴女を思って言っているのだぞ。それがわからないのか?」


「申し訳ありませんが、人の騎士を馬鹿にするような方からの要らぬお節介を受けて、感謝するような教育は受けていませんので」


 冷たく言い放ち、御堂の手を取って先に行こうと足を速めようとした。だが、もう二人の男子が、道を阻むように手を広げる。


「……まだ何か?」


「貴女はともかく、この魔無しを行かせるわけにはいかない」


「ここで、身分の程をわからせてやる必要があるのでね」


「貴女は離れていた方が良い。いらない怪我をするかもしれない」


 言いながら、腰に手を伸ばす茶髪。そこには短杖が括り付けられていた。御堂の目がすっと細まり、静かに身体を臨戦態勢に持って行く。この茶髪が本当に杖を取り出そうとしたら、瞬く間に制圧する構えだ。


 それに先んじて気付いたラジュリィは、物憂げな溜め息を吐いた。


「お止めになった方がよろしいかと、このミドールは、未熟な学徒がどうにかできる者ではありませんよ」


「俺を侮辱するのか? 魔無しに劣ると?」


「少なくとも、子供の癇癪でどうにかできる人ではありません」


 その一言で、茶髪の顔が強ばるように引き攣った。杖を引き抜こうと手を腰に伸ばし、柄を掴んだ。次の瞬間、棒立ちに見えた御堂の身体が、風のような素早さで駆け抜ける。


「あっ?!」


 茶髪は自分が魔術を叩き込もうとした相手が、凄まじい速さで近づいてきたことだけは視認できた。が、動くことは叶わない。御堂は一回り背が低い茶髪の腕を掴み、捻り上げ、足を払って床に抑え付けた。


 そうなることがわかっていたラジュリィ以外は一瞬、何が起きたのかわからなかった。


「ラジュリィ。あまりこういう相手を刺激するな、面倒なことになる」


「申し訳ありません、講師ミドール。口が滑ってしまいました」


「き、貴様! 無礼者! 貴族にこのようなことをして許されると思っているのか、魔無しが!」


 自分の右腕を掴み上げたまま、淡々とした口調で話す相手に、茶髪は激昂して罵倒を放つ。しかし、ぎりっと腕を捻られて、苦悶の表情を浮かべるだけで、それだけしかできない。


「グヘイ殿を離せ!」


「魔無し! 調子に乗るな!」


 もう二人がようやく動いた。腰から杖を抜いて、魔術を発動させる。十センチほどの氷柱が数本、形成されると、御堂へ目掛けて飛んだ。その下にいる茶髪のことはお構いなしだった。


(正気か?!)


 これには御堂もたまげた。ここまで躊躇無く攻撃の魔術を使ってくるとは、流石に思わなかったのである。身体が反射的に飛び跳ねて避けようとするが、そうすると下に居る茶髪に氷柱が当たりかねない。


 結果、御堂が身動きが取れなかった。その身体に氷柱が命中するかと思われた。が、そうはならなかった。どの氷柱も、途中に現れたレンズ状の膜に弾かれて、霧散したのである。何が起きたのか、すぐにわかったのは御堂だけであった。


「……このラジュリィ・ケントシィ・イセカーの騎士であるミドールに害を成そうとする。それはつまり、我がイセカー家に弓引く行為であると解釈しますが、よろしいですか?」


 冷たい、絶対零度の口調で、イセカー家の長女が問い掛ける。それで、男子二人はようやく気付いた。この少女が、自分たちの魔術を触媒無しで止めてみせたのだ。それも、二人がかりの攻撃魔術をである。


「貴女に手を煩わせる気は……」


「私にどう、ではありません。私のミドールに対して、貴方たちが何をしようとしたか、それの意思について聞いているのですよ」


 有無を言わせぬ、恐ろしく攻撃的な笑みを浮かべるラジュリィ。男子二人と、茶髪は顔から血の気が引いた。自分たちが喧嘩を売ってはならない相手に、意図せずとも喧嘩を吹っ掛けてしまったことを、ようやく理解したのだ。


 後ろからそれを見ていた御堂は、小さく溜め息を吐いた。茶髪を開放して立ち上がる。そして、怒気を露わにする主の肩を叩いた。


「ラジュリィさん。もう良いでしょう。自分は何ともありませんし……弱い者苛めは、品格が損なわれますよ」


「……騎士ミドール。ですが」


 御堂に言われ、少し怒気を抑えたラジュリィ。その二人の背後で立ち上がった茶髪が、憤怒の表情で魔素を練り上げていた。彼からすれば、自分に恥をかかせた魔無しを、このまま無傷でいさせておけなかった。

 それによってどのようなことになるかなどを考えられるだけの思慮深さは、彼にはなかった。


「死ね! 魔無し!」


 叫び、先端に小さい火球を浮かばせた短杖を振り下ろした。

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