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2.2.1 忠告

 それから簡単に話を聞いて、御堂とラジュリィは学院長室を出る。廊下で、ゲヴィターと見慣れない顔の女性の従者が待っていた。ローネとファルベスの姿はない。


「私の従者たちは?」


「あの二人は従者用の寮棟へ向かわせました。こちらの従者が、ラジュリィ様を学徒棟に案内致します」


 ぺこりと頭を下げた妙齢の従者を一瞬だけ見てから、ラジュリィは御堂に寂しげな笑みを向けた。


「騎士ミドール……貴方と別れなければならないなんて、身を引き裂かれるような思いです……必ず、後で部屋まで会いに来てくださいね?」


「それは流石にまずいのでは……」


 御堂がちらりとゲヴィターの方を窺う。彼はぎょろりとした目を見開いて、凄まじい形相でこちらを見ていた。そんなことは絶対に許さないという強い意志が感じられた。


「ここでは講師と学徒の立場になるのですから、あまり親しくするのは良くないかと」


「……それでは、学院にいる間は、学徒らしく呼んでくださいますか?」


「と言いますと?」


「ここでは騎士と主の関係ではなく、講師と学徒の関係ですから、私をただのラジュリィと、そう呼び捨てにするということですよね、講師ミドール?」


 期待の眼差しで見つめてくる少女を前に、御堂は口を滑らしたかもしれないと、少し後悔した。しかし、自分から言い出したことが発端であるし、目上のように扱うのは確かに良くないかもしれない。


「わかりました……ラジュリィ」


「敬語も不要ですよ、講師ミドール? 普段、ファルやローネと接するときのようにしてください」


 主からの細かいリクエストを受けて、御堂は思わず側頭部を掻いた。少し迷ったが、意を決して話し方を改めた。


「……わかった、ラジュリィ」


「ふふ、よろしいです」


 ラジュリィは平然としているように装っているが、内心では小さく飛び跳ねたくなるくらいの喜びがあった。これで、お互いの距離が縮まったように思えたのである。他人行儀な呼び方に、常々不満を抱いていたのもあった。だが、その思いは表に出さず、微笑みだけを浮かべていた。


「それではまた後で、講師ミドール。案内をよろしくお願いしますね」


「はい、ラジュリィ様、ご案内致します」


 御堂に小さく手を振ってから背を向けて、従者に先導されて行くラジュリィ。それを静かに見送った御堂は、ゲヴィターの方へ向き直った。相変わらず御堂を見る目には敵意があったが、それでも自分の仕事はしてくれるだろう。


「それで、俺はどこで寝起きすれば良いんだ? 講師ゲヴィター殿」


「……こっちだ。ついてこい、魔無し」


 ゲヴィターはぶっきらぼうに、御堂のことを蔑称で呼ぶと、さっさと歩き始めた。ラジュリィがいなくなった途端にこれだ。呆れたように頭を振って、先を行く先輩講師の後に続いたのだった。


 ***


 講師様の寝泊まりの場である講師棟は、講師の詰め所の上階にあった。

 入り口から見て講義用の教室と講師の詰め所が並び、それぞれの上階に寮がある構造らしい。従者の寮がどこかは、ゲヴィターが一切質問に応じないのでわからなかった。


「ここが貴様の部屋になる。汚すなよ」


 ゲヴィターが立ち止まり、簡素な造りの扉の前を指差した。隣に並ぶ部屋と同じ様相なので、普通に講師として扱われるようだ。御堂は内心、少しだけ安心した。


「わかっている、綺麗に使わせてもらうさ」


「……調子に乗るなよ、魔無し。一つ、虫けらに忠告しておいてやる」


 ゲヴィターが御堂に詰め寄って、胸ぐらを掴むような剣幕で迫った。御堂は怖じ気もせず、その険がある視線を受け止める。


「どうやってイセカー家や学院長に取り入ったかは知らんが、ここでは魔術を使えない、魔素もない平民以下の虫けらなんぞに、存在価値はない。怪我をする前に、さっさと講師の座を返上して、どこぞの田舎にでも引っ込むんだな。授け人……いや、異邦人」


「ご忠告、痛み入るよ。講師ゲヴィター殿、だが俺にもやることがある。帰るわけにはいかない」


 御堂の方はその凄みにまったく動じず、肩を竦めてさえ見せていた。それが、ゲヴィターの逆鱗に触れた。


「調子に乗るなと言ったぞ、虫けら!」


 吠えたゲヴィターが、腰に着けていた短杖を抜いて、眼前の相手に叩き付けようとした。しかし、御堂はひょいと後ろに下がって空振らせる。

 同時に、自身の腰後ろにぶら下げていたコンバットナイフを、器用なことに鞘ごと手に取った。それを素早く振るい、バランスを崩したゲヴィターの首元に押し当てる。


「うっ……」


 相手に反応を許さない早業であった。鞘に収まったままの武器は、刃を露出していないにも関わらず妙な威圧感を発していて、ゲヴィターは身動きが取れなくなった。


「そちらこそ、魔術が使えるだけで驕っていると、足下を掬われるぞ。これは軍人から講師に向けての忠告だ」


 冷ややかな表情でそう告げて、ナイフを腰に戻す。開放されて数歩後ろによろめいたゲヴィターは、自身が額に脂汗をかいているのを自覚した。

 虫けらだと評した相手に、自分は圧倒されたのだという事実を認識する。また、この男に正面から敵対するのは危険だということも、理解させられてしまった。酷く不愉快な気持ちを心中に浮かび上がらせて、罵声を浴びせようとした。


「……多少、武芸が出来る程度で図に乗るなよ……!」


 だが、精々そう呻くのが精一杯であった。


「この程度で驕るほど、俺は強くないさ」


 どこまでも腹立たしい返しをする御堂に、ゲヴィターは大きく舌打ちして、早足でそこから立ち去って行った。その背中が廊下の曲がり角へと消えるまで見送った御堂は、大きく溜め息を吐いた。


(本気で魔術を使われたら、どうしようかと思ったが……なんとかなったな)


 今のやりとりは、お互いに脅しをかけようとしただけだったので成立したのである。これが本気の殺し合いだったら、御堂の不利は揺るがない。一ヶ月前の戦いで拳銃を失ったのが痛かった。


(無い物強請りをして嘆いても仕方がないか)


 ひとまず、部屋へ入ろうとした御堂だった。その肩が突然、後ろから叩かれた。気配もなかったので、御堂は一瞬跳ねそうになるくらい驚いたが、なんとか平常心を保って振り向く。


「……貴女は?」


 そこにいたのは、小柄な女性だった。丸眼鏡をかけ、内気さを感じさせる容姿で、まだ幼さが残った顔立ちをしている。なので、御堂は彼女は学徒なのかと思ったが、ゲヴィターやクラメットと同じローブを着ているので、辛うじて講師であることがわかった。そして、もう一つ目立つ特徴があった。


(エルフ?)


 耳が長く尖っているのだ。事前に聞いた特徴から、これがエルフである証ということを知っていた。彼女がエルフであるということは一目瞭然である。また難癖でもかけられるのかと身構えた御堂だったが、


「と、突然すみません……あの、貴方が新しい講師の方ですか?」


「ああ、イセカー家から来たミドールだ。そちらも講師と見るが」


「あ、はい。名乗ります……トイズ・テンマ・スキーアです……怪我人や病人を診たり、治療について教えています……よろしくお願いします」


 そう自己紹介をして、エルフの女性講師は腰を九十度曲げて礼をした。御堂は、何か罵倒でもされるのではないかと思っていたが、予想が外れて拍子抜けだった。


「して、その養護講師が、俺に何か用なのか?」


「あ、いえ……今、ゲヴィターさんが、ミドールさんに杖を向けていたのを見て、それで……」


「俺が怪我をしたかもしれないと?」


「はい……すみません。本当ならすぐに止めに入るべきだったのに……私、怖くて……すみません」


 段々と声が小さくなり、最後には消え入りそうな謝罪をしたトイズ。ここまで気弱な質の相手は、あまりしたことがない。更に異種族の相手など、どうしたらよいのかわからない。御堂は少し考えてから、普通に接することにした。


「いや、女性があのような場に止めに入るのは、相当な勇気と度胸が必要だ。それに、講師トイズ殿は自分を心配して駆けつけてくれたというだけでも、ありがたい。ここでそのような気遣いをしてもらえるとは、思っていなかった。ありがとう」


 彼女の伏せがちな目に視線を合わせて、微笑みを浮かべる御堂。その真っ直ぐな眼差しに、奥手のトイズが「えうっ」と呻き、頬を赤らめた。奥手の彼女には、御堂の笑顔は刺激が強すぎた。


「あ、いえ……どういたしまして……」


「それでだ、講師トイズ殿、できれば俺に学院について少し教えてくれないか?」


「わ、私が?」


「ああ、こう接してくれる相手に、教わりたいんだ。無知故に迷惑をかけてしまうかもしれないからな」


 頭を下げる御堂に、トイズは慌てて両手を振り「頭を上げてください……!」と小さい声を出した。


「私で良ければ……説明、させてもらいます……」


「ああ、よろしく頼むよ。講師トイズ殿」


 上手く説明役を見つけることが出来たこと、講師の中でも案外、話が出来る人物がいることの二つに、御堂は安堵せずにはいられなかった。講師全員が敵対的だったら、流石にやっていけないと思っていた。しかもエルフである。異種族間での諍いが多いと聞いていたが、その相手が友好的だというのは大きかった。


 一方で、トイズは心配と興味本位で、人間の新人講師に近づいた結果。異性の、それも端正な容姿をした男性に頼られるというシチュエーションに、どぎまぎしてしまっているのだった。

 エルフも人間も美醜の基準は同じである。つまり、そういうことだった。

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