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2.1.8 魔術講師

 御堂とファルベスが城門からほど近い駐機場に各々の機体を置いて戻ると、ラジュリィとローネが手を振って迎えた。


「しかし、ようやく長旅も終わりですね。ラジュリィさんは慣れないことで大変だったのでは?」


「いいえ、騎士ミドールとの旅は中々に楽しめましたよ。また旅行にでも行きましょう。今度は二人きりで」


「ははは、そういうわけにはいかないでしょう。最低でもローネさんと、できればまたファルベスにも着いてきて貰わないと、貴族の旅は危険が多そうですから」


「もう……騎士ミドールのそういうところは、よろしくないです」


 そのように親しげな会話をする二人の元に、紺色のローブを着た人物が近づいてきた。その人物、細い枝のような印象を受ける痩せ型の男性は、自身に気付いて目を向けた御堂を、ぎょろりと睨んだ。

 その場にいた一同がその男に注目する中、彼はラジュリィの方へ向いて、第一声を発する。


「失礼、イセカー家のラジュリィ様とお見受けしますが」


「はい、そうです。貴方は?」


「名乗りが遅れました。私はゲヴィター・ウラドク・トンペッタと申します。貴女の講師の一人になる者です。どうぞよろしく」


 自己紹介をして、恭しく頭を下げる男性講師に、ラジュリィは微笑みで返した。


「あら、講師であるならば、生徒にそのような態度を取るのはよろしくないのでは?」


「貴女はこの帝国でも五指に入る貴族、イセカー家の長女なのです。例え講師と学徒の立場であろうと、立場は弁えなければなりません」


「ここは本当に変わらないのですね……私が許すと言っても、そうなさるのですね?」


「ご本人がお許しになられても、私の矜持が許しませぬ」


 なおも頭を垂れたままでいる講師の態度に、ラジュリィは溜め息を吐いた。貴族主義、階級主義に囚われていて、学徒にどう教えられるというのだろう。ここは、そう言ったことからは無縁の場所で、貴族の上も下もなく魔術の腕を磨く学び舎であるとしていたはずだ。


「ラジュリィ様がよろしければ、私めが学院長の元へとご案内します。よろしいでしょうか」


 それなのに、これである。ラジュリィは前評判ですでに学園に対して落胆していたが、それが更に落ちた。


「……よいです。ご案内をお願いします」


「では、私が先導しますので、ラジュリィ様――」


「それでは皆、行きましょうか」


 何か続けようとしたゲヴィターの言葉を遮って、振り返ったラジュリィが後ろに控えていた三人に声をかける。全員が返事をして、歩き始めた彼女の後ろに続く。が、それをゲヴィターが慌てた様子で止めた。


「お待ちを! 内向魔素を持っているらしい小柄な騎士と従者がともかく、そこの“魔無し”を学院に入れるわけにはいきません!」


「魔無し?」


 どうも自分のことを指して言われているらしい呼び方に、御堂は疑問符を浮かべた。講師はそんな御堂を無視して、ラジュリィにぎょろりとした目を剥いていた。


「良いですかラジュリィ様。ここは神聖なる魔術の学び舎。魔術師のための、魔術師のためだけの場なのです。そのような場所に魔無しの男を連れ込むなど、許されないことなのです」


「私の騎士を侮辱するのですか? 授け人である彼を、貴方はお認めにならないと?」


「授け人だろうが関係ありません、虫けらの如き存在が踏み入って良い場所では――」


 ゲヴィターが話せたのはそこまでだった。ラジュリィの怒気が混ざった魔素の渦が、自分の周囲を包んでいるのを感じ取ったからだ。その魔素の量に圧倒されて口を閉じた彼を、ラジュリィは笑みを完全に消して、鋭く睨みつけていた。少女は愚かな講師に問い掛ける。


「もう一度お聞きします。私の騎士であり、イセカー領の騎士を代表するミドールを、一介の講師である貴方が否定するのですか? 講師ゲヴィター? お答えなさいな」


「あ、は、いえ……」


 ゲヴィターは、自身の喉が緊張でからからになるのを感じていた。目の前の少女から発せられる猛烈な圧力と共に、周囲の魔素が、効力を発揮しつつあるのを肌で知る。今日は穏やかな気候で、気温は低くないはずなのに、段々と冷気が強まっている。杖などと言った触媒もなしに、この少女は魔術を発動させようとしていることを悟った。


「沈黙は肯定と見なしますが、よろしいですか?」


「いえ、し、しかし……この地に魔無しを……」


「次に騎士ミドールをそのような名で呼んだら、私は自分が望まないことをしなければなりません。それで、先ほどの問いに対する答えは? 肯定なのですか?」


「いえ……わ、わかりました。ラジュリィ様の騎士であるならば、私は認めます……!」


 絞り出すように答えたゲヴィターは、自分を包み込んでいた冷気が霧散したのを確認して、どっと冷や汗をかいた。ここまで彼が恐怖したのは、講師として学院に赴任した十五年間でも、初めてのことだった。


 そんな彼に、ラジュリィはにこりと微笑みかけた。先ほどまでのことがなかったかのような柔らかい表情であった。それがまた、恐ろしい。


「よろしいです、それではいきましょう。講師ゲヴィター、案内をよろしくお願いしますね?」


「わ、わかりました……」


 一連の流れを黙ってみていた御堂は、先頭に立って歩き始めた講師の男と、自分の主の背中を見た。立場だけでなく実力の面でも、格付けが終わったように思えた。


(……末恐ろしい娘だ)


「騎士ミドール、早く行きましょう」


 その恐ろしさを見せた少女に呼ばれ、御堂は小走りで後に続く。その後ろにいたローネとファルベスは小声で今のひと悶着でラジュリィが現した内面に驚いていた。


「あのようなラジュリィ様、見たことがありません」


「ミドール殿が来てから、本当に変わりましたね……ローネ姉様、ラジュ姉様は怒らせないように気をつけましょう」


「そうね……それと、ミドール様にはやはり責任をとってもらわないと」


 などと話していたが、隣に呼ばれてラジュリィに腕を取られていた御堂の耳には入らなかった。


 ***


 講師に連れられて城内に入り、通路を進む四人。廊下には学院の学徒がちらほらと居て、御堂たちを奇異の視線で見ていた。ラジュリィを見る目には、すでに彼女を知っているのか、憧れや好意があった。その後ろのローネとファルベスはただの従者としてスルーされている。そして御堂には、ラジュリィとは対照的に敵意や害意すらこもった視線を受けていた。


「あの、ラジュリィさん、離れてくれませんか」


 何故かと言えば、深海の真珠のように手の届かない存在である美少女と貴族の間では名高いラジュリィが、御堂の側に寄り添うように……というよりも、右腕に自身の腕を絡ませてたりして歩いているからだ。


 しかも、その男からは内向魔素を感じられない。魔術師の卵である学徒からすれば、魔術が使えないさげずむ存在だ。それが、あのイセカー家の長女と仲睦まじい様子でいる。端的に言って、魔術至上主義の貴族から見たら羨ましいし、けしからんのである。


 そのような意味がこもった目で見られていることを、御堂はすでに理解していた。なので、無用に敵を作らないようにラジュリィから離れていたいのだが、少女は更に身を寄せる。


「そんなことを仰らないでください騎士ミドール。常に寄り添って私を守るのは、貴方の義務でしょう?」


「いえ、それとこれはまた別の話では……」


「それに、なんだか周りの方が私を見る視線に、良くないものを感じるのです。だから仕方がないのですよ」


 ラジュリィの訴えに、後ろにいたローネ、ファルベスは「それは貴女ではなくて隣にいるミドールに向けられているのですよ」と喉奥から言葉が出そうになった。先ほどラジュリィの逆鱗に触れるとどうなるかを見ていたので、なんとか堪える。


「……今はわかりましたが、学院内では控えてください。ラジュリィさんのような方と近すぎると、男子からの嫉妬が怖いですから」


「それは遠回しに私の容姿を褒めているのですか?」


「お好きなように受け取ってください」


 二人がそのような会話をしているので、周囲からの御堂に対するヘイトは更に強くなっているのだが、ラジュリィは一切気にしておらず、御堂の方はもう諦めていた。

 どうせ、魔術が使えない時点でマイナス印象を受けているのだから、多少のことで評判が落ちても変わらないと考えたのだ。


 その前を進むゲヴィターもまた、不満を覚えていた。御堂にラジュリィがべったりとくっついているので、ご機嫌取りができない。先ほど、自分がしてしまった失点をなんとかして取り返そうと考えていたのに、魔無しの男が邪魔なのだ。


(何が授け人だ……魔術も使えぬ、マナも持たぬ平民以下が……)


 魔術が発達している共和国かぶれであるゲヴィターは、伝説の存在であろうと、差別の対象としか映らないのだった。

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