2.1.6 学園都市
「それは大変でしたな」
城壁の城門前、御堂らに誰何をした警備の兵が、幌馬車の中を検める作業の合間に言った。降車姿勢を取って座るネメスィを物珍しそうに見上げていた兵の一人に、先ほどあった学徒の魔道鎧について訪ねたのだ。
「この見慣れぬ魔道鎧に、見慣れぬ服装。あんたひょっとして授け人か?」
機体の側で水を飲んで小休憩していた御堂は訪ねられ、頷いた。
「一応、ここではそう呼ばれている」
「やっぱりかぁ、いやぁ生きてる内に伝説と会えるとはなぁ」
兵の一人が両手を合わせて拝むようにしてから、城門の方へと戻る。また別の兵士がやってきたので、御堂は今話した学徒に襲撃されたことについて話を続けた。
「それよりだ。あのような学徒は多いのか?」
「ああ、まぁ多くはないですがね」
問いに、兵はうんざりとしたような口調で答えた。
「悪ガキ……曲がりなりにも貴族にそう言うのは憚られますが、そういう類ですよありゃあ、調子に乗ってないだけ、平民の子供の方がまだマシだ」
「というと?」
「魔道鎧で訓練する合間に、街道に出てきては、商人の荷馬車にちょっかい出したりするんですよ。それで、苦情が入っても、そんなことはしていない、言いがかりだ、なんて言いやがる。挙げ句には貴族を貶すのか、と凄んでくるんですよ」
「それはまた、酷いな」
率直な感想に、兵は何度も頷いて同意した。
「ええ、学院の上に訴えも出たんですが、注意だけで直接的な処罰はされないんで、学徒は調子に乗り続けてるってわけですよ」
「そも、魔道鎧を動かすときに監督する講師がいるのではないのか?」
講師が見ていてなお、そういうことをする相当な問題児がいるということだろう。御堂はそう思った。しかし、兵は首を横に振った。
「それが、今は魔道鎧関連の講師が不在ということで、学徒は野放し状態ですよ。たまったもんじゃない」
「……学び舎の体を成しているのか? ここは……」
その問いに関しては、兵は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。御堂はここに赴任するのも、ラジュリィが在籍するのも、大いに不安になってしまった。
そうこう話している間に、幌馬車の検分が終わる。ラジュリィに呼ばれ、御堂が駆け寄ると、彼女も不安そうに目尻を下げていた。もう少し近寄るようにと手招きされたので、彼女のすぐ前まで寄って片膝を着く。
「騎士ミドール。学院の状態は私が以前に来たときよりも酷いようです」
「どうやら、そのようですね」
「帰ることも考えてしまいますが、そうするわけにもいきません……私が何を言いたいのか、わかりますか?」
「何があろうと、お守りしますよ」
それが領主との契約だから、とは流石に口にしない。だが、ラジュリィが「少し違います」と否定した。その小さな手を、御堂の肩に乗せる。
「私を守ってくれようという思いは非常に嬉しいですが、それよりも貴方自身の身を案じてください。自分自身を守るのです。良いですね?」
要するに、ラジュリィは己よりも、魔力を持たない御堂の身を案じているのだった。
(護衛対象に心配されるようではな)
御堂は内心で自身を恥じた。しかし、生まれ持った力の違いで差別や区別を受けるのは、どうしようもないことだということも理解している。なので、肩に置かれた手を取って、視線を上げて真っ直ぐに一時の主となった少女を見つめる。
「心配には及びません。自分の身を自分で守れるようでなければ、軍人はできません。その上で、貴女もお守りしてみせます。機士の名に誓って」
その眼差しと強い意志を受け、ラジュリィは頬を薄く染めた。それすらも見続けられていることに気付いた彼女は、それを隠すように慌てて手を引いて、幌馬車の座席に戻った。
「よろしいです。それでは行きましょう」
気丈に振る舞ってみせるが、声が少し上ずっている。御堂はただ黙って一礼すると、ネメスィの方へと戻っていった。その気障らしいやり取りを見聞きしていた兵たちは、口笛を吹いた。
「あの騎士さん、やるねぇ」
「授け人だからかねぇ」
そんなことを言いながら挙手して合図する。すると、身長八メートルのAMWでも楽々と抜けられる巨大な城門が、音をたてて開いた。中から、これまで遮られていた町並みの喧噪が聞こえてきた。
「それでは、学院までの先導は我々がしますので、着いてきてください」
馬に跨がった兵に従い、一行は城門を潜った。
***
街は大層に賑わっていた。イセカー領の城下町も賑やかだったが、それ以上の人並みだった。頑丈そうな煉瓦造りの住居や店舗が建ち並び、街灯が道の脇に生えている。何よりも違ったのは、その道だった。
(まるで地球にある道路のようだ)
中央に、石畳で舗装された馬車が通る専用の道路とも呼べる道が二車線。その外側に、歩行者が歩くスペースが設けられていた。おかげで、AMWでも楽々と歩いて進むことができた。
ここだけ見れば、地球に戻ってきたような錯覚すら覚える。
(街灯は可燃ガスによるものだろうな……流石に、電球まであるとは思えない)
そこまで地球のものと同じだったら、魔術など廃れてしまう。そんな気がした。
『凄いでしょう! この街並みを考案したのは、大昔にやってきた貴方のご同輩だそうですよ!』
先頭を歩き、物珍しそうに頭部を巡らせるネメスィに気付いた騎乗の兵が、喧噪に負けない大声で自慢げに言った。御堂は「まぁ、そうだろうな」と予想通りの説明に納得する。
地球からやってきた人間が、元の世界の道路構造を再現しようとした理由は謎だが、確かに利便性は高い。人混みを無視して荷物の運搬が行える道というのは、それだけでも街が栄える要因となる。
それに、足下をあまり気にせずに歩を進められるというのは、大型の人型兵器乗りとしてはありがたいことであった。通りかかった人を踏み潰す心配をしなくても良いのだ。また、石畳もただの石材ではないらしく、ネメスィやウクリェが踏みしめても問題が無い強度を持っていた。
『この街は学院が設立されると同時に作られた歴史ある街です! 我々はその祖先の代からずっと、この街にいるんですよ!』
「そうなると、学院の設立に携わった授け人がいるということか?」
逆説的に思いついた御堂が、スピーカー越しに訪ねる。
『はい! 授け人の発案から始まったという話もあります!』
「……思っていたより、授け人の影響は大きいな」
つまり、政権から有益だと判断され、その知恵を存分に発揮した授け人が過去にいたのだろう。どのような経緯で、そんな人物が異世界転移したのかは疑問だが、授け人が敬われる理由が改めてわかった気がした。
街並みを見物しながら進んでいき、一行は城の前まで辿り着いた。ここにも規模は小さいが城壁があった。開放されている門の前で、先導の兵が、別の制服を着た警備兵に声かけをした。
「こちらはイセカー家のご一行だ。案内の引き継ぎを願いたい」
「承諾した。以降はこちらでご案内する」
「それでは皆様! 私はこれにて!」
また大声で別れの挨拶をしてから、騎乗の兵は来た道を戻っていった。
「白い鎧の方、一度降りてきて貰えますか、顔を拝見させていただきたい」
ネメスィの足下に来た兵に促され、御堂は機体を座らせる。ハッチを開いて装甲を駆け下りた御堂を、兵はじろじろと見た。
「見慣れない服に黒髪、貴方がイセカー領の新しい騎士か?」
「そういうことになった。すでに連絡が行っていたようだが」
「ええ、イセカー領の令嬢がご入学なさるということに貴方のことも含まれていた。我々は歓迎しますよ。授け人殿」
兵の引っ掛かる言い方に、御堂が眉を顰める。気付いた兵が申し訳なさそうな顔になった。
「失礼を、ここから先は魔術師の領域。魔素を持たない人間は、授け人であろうとも認められないのです」
それは言外の忠告でもあった。察して、御堂は肩を竦めて理解を示した。
「だから、君らだけでも俺を歓迎するということか」
「そうです。貴方の武功も聞き及んでいます。同じ守る者という意味では、尊敬させてもらいますよ」
「ありがたいことだな……」
そうこう話していると、同じく検分を受けていたファルベスが駆け足でやってきた。
「何かあったの、ミドール殿?」
どうも、御堂が兵と揉めていると思ったらしい。違う違うと片手を振る。
「ここでの生活について一つ教えてもらっていただけだよ。心配するようなことにはなっていない」
「あらそう、私はこんな小さい従騎士がいるのかって、疑われたけどね」
じろっとファルベスが自分に文句を付けた兵を睨む。その若い男の兵は、申し訳ないと苦笑いして小さく頭を下げていた。
「仕方ないさ、ファルベスは可愛らしい少女に見える」
「そ、そんなこと言って、ミドール殿ったら!」
突然そんなことを言われ、ファルベスは顔を真っ赤にした。御堂の方は特に意識していなかったので、その反応を「初々しいな」と思うだけだった。その二人に、兵がごほんと咳払いをして、
「お二人とも、仲がよろしいようで結構ですが、学院の迎えが来る前に魔道鎧を預かり所まで運んでいただけませんかね。ご案内しますので」
「ああ、すまない。行くぞ」
兵に促され、ネメスィに戻る御堂の後ろ姿をファルベスは一睨みしてから、自身のウクリェの方へと駆け足で向かったのだった。




