表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/178

2.1.5 歓迎

 しばらく、草原だけの景色が続く。だだっ広い緩やかな丘を進んでいた御堂は、遠くに城塞都市らしき影が見えたのを確認した。高さ八メートルの視界だから見えたこともあり、それは後ろのウクリェも同じらしく、ファルベスが声を上げた。


『ラジュ姉様、学院が見えてきました!』


「あれが、学び舎か……?」


 機体の望遠カメラを使って、その詳細を確かめる。こちらから見て反対側に広大な森林地帯を背負うその建造物群は、城塞都市のように見えた。

 実際には、中心に背の高い城が建ち、そこから町並みが円形に広がって、それらを囲むようにぐるりと高い城壁が立っているという構造だった。


「これは学校というより、一つの街だな」


 御堂は感嘆して、ぼそりと呟く。異世界の学院と聞いて、御堂は簡単な想像はしていた。見た目は城のようなものだろうという予想は的中していたが、周囲にそれなりに大きい規模の都市を抱えているとは、思っていなかったのだ。


(学園都市とでも言うのか、地球にもあった。それの異世界版だな)


『昔とまったく変わっていませんね。きっと、中にいる人間の気質も変わっていないでしょう』


「大勢の持つ認識など、早々変わらないものです」


 ラジュリィの呟きにそう返しながら、機体の歩を進める。すると、更に全容が明らかになってきた。城壁は高く分厚く、イセカー領のものよりも堅牢そうだと思えた。あれだけの規模を人力で建造するのは、大層な手間だろう。


(あれも、魔術を使って造り上げたのだろうな)


 ありとあらゆることに魔術が使われていても不思議ではないかもしれない。そんな想像をしながら、御堂は先頭を進んでいく。そのおり、これまで静かだった電子音声が音を出した。


 《接近警報 機影二 三時方向 距離二〇〇〇》


 センサーとAIが、斜め後方から何者かが接近してくるのを知らせる。御堂が反応パターンの照合を指示すると、すぐに返事が来た。


 《該当データに合致する反応無し》


「ウクリェとも違うのか」


 《肯定》


「魔道鎧の類か?」


 《類似パターンと断定できます》


 魔道鎧に近いが、ウクリェではない。あの丸っこい魔道鎧以外は敵のものしか知らない御堂は、判断に少し迷った。


(なんでもっと早く探知できなかった……!)


 どうにも魔道鎧は熱源が弱いらしく、ネメスィのセンサーでは遠方で感知することが難しいらしい。そう理解していたが、御堂は内心で悪態を吐いた。これでは足下のラジュリィらに指示を仰ぐ時間がない。なので、御堂は正体不明機に対応するため、即座に警戒態勢を取って足を止めた。

 センサーなどを持っていないウクリェに乗ったファルベスと、足下のラジュリィたちが慌てて止まり、戸惑いの声をあげる。


『どうしたのですか?』


『何かあったの?』


「何者かがこちらに近づいてきています。警戒を」


『学院の近くです。これはきっと――』


『動くな、そこの者!』


 ラジュリィが言い切るよりも早く、丘を登るようにしてその魔道鎧が姿を現し、声を発した。若い少年の声だった。

 その魔道鎧は二体とも同じデザインをしていた。三角形と円筒形を組み合わせて人型にしたような、角張った造形で、丸っこいウクリェよりも攻撃的に見えた。黄色い塗装を施した装甲が、太陽光を浴びて輝いている。


『ここから先は我らが学院ぞ! 見慣れぬ鎧を通すわけにはいかん!』


「名乗りすら許されないのか?」


 一方的な物言いを受けて、思わずぼやいた。高圧的な相手がどのような人物かを考え、御堂は外部音声を再びオンにして、手に槍を構えている魔道鎧に頭部を向けた。


「こちらはラジュリィ・ケントシィ・イセカー様を警護している者だ。後ろのウクリェを見ればわかると思うが、我々はただの護衛である。警戒するのはわかるが、矛を収めてくれないか」


 我ながらこの世界に馴染んだ言い方をできたと御堂は思った。しかし、相手は聞く耳を持たなかった。槍を構えたまま、じりじりと距離を詰めて、いつでも突撃できる体勢でいる。


『ふん、貴族の名を憚る賊も多いのだ、貴様らもその類であろう!』


「……ラジュリィさん。どうします?」


 警備の者がこんなに話を聞かないとは思っていなかったので、御堂は足下の主に助けを求めた。ここで彼女が出て行って話せば、一発で誤解は解ける。だがラジュリィは馬車から顔を出して相手の魔道鎧を確認すると、すぐに頭を引っ込めてしまった。


「ラジュリィさん?」


『騎士ミドール、構いません。押し通りましょう』


「は?」


『あれは警備の者ではありません。学院の学徒です。実習でもしている途中で、抜け出てきたのでしょう』


「……根拠は?」


『学院の警備が使うのは、我が領のものと同じウクリェです。あれはサルーベ、学徒が作る三等級品です。そも、警備の者がこんなところまで出てくることなどありません』


 ラジュリィがきっぱりと言い切ったので、そうなのだろうか、と御堂は頭部を相手に向き直した。モニターに映る相手は、話し合っているこちらを見て、何故か焦っている様子に見えた。手元の槍をせわしなく揺らしている。


「そちらこそ何者なのか、答えてもらえないか」


『はっ、賊に名乗る名などはない!』


「先ほども言ったが、こちらはただの貴族の護衛だ。君たちと矛を交えるつもりはない。警備の者でも、学徒であってもだ」


 あくまで説得を続ける御堂の耳に、足下から「騎士ミドール?」という主の声が聞こえた。だが、御堂はこんなところで諍いを起こす気はない。相手が悪童であってもである。


「こちらを賊だと疑うならば、城門で誰何すればよいだろう。何故そうしない?」


『黙れ! 賊を学院に近づけること事態、許されることではない!』


 辛抱強く話そうとするが、話が通じる気配がない。どうしてこう、年頃の思春期くらいの子供というのは、扱いが難しいのだろう。声から相手がラジュリィと同年代くらいの少年であることを悟った御堂は、深い溜め息を吐いてから、どすの効いた声で宣告した。


「……あまりに聞き分けが悪いならば、押し通ることになるが、よろしいか?」


 その声には、殺気すら篭もっている。サルーベ二体は、圧されてうっと呻くと、半歩後ろに下がった。この程度で気圧されるようならば、大したことはない。御堂は警戒も解いて、後ろのファルベスとローネに機体の腕を振って合図した。


「さっさと行こう。子供の相手をしている時間が惜しい」


 もう相手をするのも疲れていた。子供の警備“ごっこ”に付き合う気はない。そう言外に告げている御堂に促され、ファルベスはウクリェの足を動かし、ローネも手綱を取り直して駆竜を進めた。


 完全に自分たちを無視して進もうと言う意思を見せた白い鎧に、サルーベの搭乗者が憤った。得体の知れない護衛風情に、学徒であり貴族である自分が下に見られたことが、どうしても許せなかったのである。


 この二人は、ラジュリィの予想通り学院に属する学徒であった、また魔導鎧による訓練から抜け出して、手頃な荷馬車にちょっかいをかけようとする、少し困った類の子供でもあった。


『無礼者め! 護衛風情が舐めた口を聞いたな! ここで討ち取ってくれる!』


 二体の角張った魔道鎧が、ネメスィに向かって突進をかけた。それはウクリェのそれより速かったが、それでも“魔道鎧基準”での速さである。


「こちらの認識が賊なのか無礼者なのか、はっきりさせてからロールプレイしろ」


 相手の槍が迫るより先に、ネメスィが突風となった。サルーベの繰り手が「は、はやっ」とこぼした頃には、白い機体はすでに二体の間を通り過ぎている。なんとか振り返ろうとした黄色い魔道鎧だったが、槍が半ばで切断されていた。穂先が地面に落ちる。


「まだ遊びたいなら、相手をするが?」


 ただの棒切れになった槍と、戦闘の構えを見せた白い鎧を交互に見てから、サルーベは悲鳴をあげて逃げ出した。その後ろ姿をセンサーで追いながら、御堂は溜め息を吐いた。


「これでは、学院とやらの品位も知れるな……」


 気高いだとか、誇り高いだとか、そういう志を持った子供が集まっている場所だと思っていた御堂は、なんだか幻滅した気分になった。肩をがくりと落としながら幌馬車の方へと戻ってきたネメスィを、馬車から顔を出したラジュリィが見上げた。


『だから、苦労するかもしれないと言ったのですよ。騎士ミドール』


「……どうやら、仰る通りのようで」


 ひとまず、講師になるにあたって、生徒に対する認識を改めようと思った御堂であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ