2.1.4 焚き火の側で
学院への旅を初めて二週間になるかという程。その晩、四人は焚き火を囲んで夕餉を取っていた。
御堂が今齧り付いているのは、干し肉と酢漬けの葉野菜を、堅焼きしたパンで挟んだものだった。これは硬いサンドイッチと言ったところで、塩と酸味が程よく効いている。良く噛まなければならないが、こういう環境ではその方がありがたい。
(この世界の保存技術は、それなりに高いように思えるよな)
保存食ながらも、悪くない味だと御堂は感じていた。
また、別の日にはローネとファルベスが通りかかった森で小動物を捕まえて食材にしたり、ラジュリィが野生の香草や木の実、食せる茸(茸があるということに、御堂は少し驚いた)の知識があると言い食材を調達し、自ら調理していた。ここまでの旅で、少なくとも食事で困るということはなかった。
(機体に積んである保存食を出さなくて済みそうなのは、行幸とも言える)
御堂は、ネメスィの座席下に積んであるサバイバルキットの存在を思い浮かべて、その出番がないことに少し安堵していた。これらは日本特有の技術により、長期間の保存が効く。しかも補充ができない。そうなると、使わないに越したことはないのだ。
「ところで、学院というのはどのような場所なのですか」
全員が食事を終えたタイミングで、御堂がそう話題を振った。
「騎士ミドールの世界では、学院や教育機関はどのようなものでしたか?」
ラジュリィが逆に質問してきた。おそらく、世界観の違いをすり合わせ、説明しやすくするためだろう。御堂はそう推測して、簡潔に答える。
「世界全てがそうではありませんが、小等教育、中等教育、高等教育を行う場所がそれぞれあり、その更に上にも、学院とも呼べる場所として大学という教育機関がありました。これら全てを終えると、大体二十三歳になる計算です。自分の国ではこのようになっています」
「ミドール様の国は、勉学に力を入れているのですね、そんなに長く学ぶ期間があるだなんて」
「その教育は、民の内、どれくらいの割合で受けているの? ミドール殿も教育を受けているのよね?」
興味がわいたらしいファルベスが挙手して質問した。ラジュリィとローネも、興味津々という風に見てくる。
「自分の国では、親は子供に教育を受けさせる義務がある。だから、ほぼ全国民が受けるんだ。以前話したが、貴族や平民という分け方がないからな……こちらでわかるように言うなら、質が違えど、平民にも高等教育まで施すのが普通ということだ。大学にまで行くのは、人それぞれだけどな」
「革新的と言いますか、斬新と感じてしまいますね。それだけ、私たちと騎士ミドールの世界で価値観、考えの在り方が違うということなのでしょうけど」
そう言ったラジュリィが、少し寂しそうな表情を眉を曲げて作る。御堂の持つ価値観と、自分たちが持つ価値観の相違を、改めて知ってしまったような気がした。ファルベスとローネも、程度は違えど、似たような感情を抱いた。
少女たちがそんな風になったので、御堂は少し気まずくなってしまい、急いで話題を戻すことにした。
「話を戻しましょう。ラジュリィさんくらいの年齢で行く場所ということは、自分の世界で言う高等教育か、その一つ上にあたる場所だと推測しますが、どうでしょうか」
「はい、その認識で合っていると思います。魔術に関する高位の技術を学ぶ場所、それが学院です」
「専門知識を教育する場所ですか、ではこちらで言う大学に近いかもしれませんね。なんとなくですが、どのようなところかは想像がつきました。もう少し具体的なことを聞いても?」
そう質問したが、御堂自信もこの一ヶ月、学院に関してはブルーロからある程度の話を聞いていた。それでも、再度実際に生徒として通うことになるラジュリィの口からも説明を聞いて起きたいと思っていた。何せ、ブルーロ自身が自分の知識はかなり昔のことなのだと言っている。
「もちろん良いですよ。騎士ミドールはそこに講師として赴任するのですから、事前に知らなければならないでしょう。私は一度、学院へ行ったことがありますし」
御堂がラジュリィに話を聞く二つ目の理由を口にしてから、彼女は語り始めた。
「学院とは、この帝国とエルフが納める共和国が、国境にあたる土地に共同で設立した魔術の学び舎です。目的は友好のためでもあり、技術共有のためでもあり、互いが互いに人質を取る場所でもあります」
「中々物々しい理由がありますが、そのエルフと人間は、仲が悪いのですか?」
御堂の知るエルフとは、正にファンタジー世界に登場する架空の異種族である。それが実在するということに、少しだけ驚いた。だが、まぁ異種族くらいはいるかという不思議な納得感もあった。
「騎士ミドールの世界ではどうかわかりませんが、この世界における人間とエルフは、あまり友好とは言えないかもしれません」
「それはやはり、差別があるということですか」
「差別、というよりも、どちらが上の存在かを言い争っているのです」
ラジュリィは、馬鹿らしいですねと頭を振った。
「彼らエルフは、魔術に優れた自分たちこそが、生物として人間より上位であると考えていて、帝国の民は、授け人を受け入れず技術で劣るエルフを下に見ています。遡ると、どちらが先にこの世界に生まれたかどうかですら、揉めるほどです」
「それで、学び舎を共同で運営できているのですか?」
もっともな疑問だと、ラジュリィは首肯した。
「国家運営の点では、お互いに協調した方が得であることを理解しているのです。それに、下の民ほど、あまり種族間を気にすることはありません。相手は魔術が得意、こちらは技術がある。ただそれだけという認識ですよ」
「では、どの層が揉めているのです?」
「貴族です。互いの貴族が、相手を下に見て諍いを起こしているのですよ……嘆かわしいことに」
「ムカラド様は、そういう方には見えませんでしたが、ラジュリィさんも」
御堂から見て、領主であり貴族のムカラドは、差別主義者ではなかったように思えた。その娘であるラジュリィもである。平民を下には見ていても、だから虐げようとはしない、そのような類の人間だと感じていた。
「我が領は、親子共々に変わり者と揶揄されていますから……他の大勢は、そうは考えていないのです。一家、そう言った考えがあるエルフの貴族を知っていますが、そちらは手を取り合うというよりも、力を得るためにそうしているだけ……仲良くするのは、難しいのです」
御堂から焚き火に視線を移した貴族の少女は、寂しそうに目を伏せていた。静かに話を聞いていた従者と従騎士も、主がそのように周囲から扱われていることに、思うところがあるような表情をしている。
「……自分の世界での価値観になりますが、ラジュリィさんやムカラド様のような方は、良い人だと評することができます。優れているだとか、そういうことはまた別としても、人間としてできている。そう民から慕われる類の人種ですよ」
「そうなのでしょうか」
「はい、自分自身、ラジュリィさんのそういったところを、好ましいと思えます」
柔らかい微笑みを浮かべて、御堂は少女を真っ直ぐ見据える。ラジュリィは、頬を真っ赤にして更に俯いてしまった。
「あ、ありがとうございます……」
「礼を言われることではありません。ただ、自分がそう思っているということをお伝えしただけですから」
「はい……それで、その、エルフと人間の確執には、魔術が関わっていることは、わかってくださったと思います。それが、騎士ミドールが学院へ行く際、私が一番心配していることなのです」
「……ああ、なるほど」
それだけで、御堂は意味を察した。魔術を教える学び舎。いるのは魔術至上主義の貴族とエルフ。そこに魔術が使えない人間がやってきて、講師をするなどと言って、受け入れられるかと考えれば、答えは簡単だ。
「まぁ、大丈夫ですよ。人から疎まれるのは慣れています」
「そうなのですか? 騎士ミドールが?」
御堂の発言に、ラジュリィ、ローネもファルベスも、意外そうに驚いた。この容姿端麗で強い、人格も好ましいと思える男性が、どうして疎まれるのだろうかと、
「自分の国では、軍は忌むべき存在として扱われることが度々あるのです。軍に所属しているだけで後ろ指を指されることもありました。だからです」
そう説明すると、三人は眉を顰めて、理解できないというリアクションをとった。
「ミドール殿の国は、変なところなのね……国を守る盾であり剣をそんな風に見るだなんて」
「ミドール様、元の世界でも苦労なされているのですね……」
「大丈夫ですよ騎士ミドール、この世界ではそのようなことはありませんからね?」
三人の少女に慰めの言葉をもらってしまい、御堂はどう反応するべきかと後頭部を掻いた。




