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1.1.4 城へ

 AMWよりも背が高い城壁をくぐり、城内へ入る。噴水や小さい果樹がある庭園とも呼べそうな中庭まで機体を歩かせた。

 そこで、まず跪いてラジュリィを降ろす。続いて、降車姿勢になった乗機から、御堂は頭だけ出して辺りを窺う。周囲には槍や剣で武装し、革鎧を身につけた兵士が見える範囲で十名ほどいた。


(降りた途端に、お縄に着けと言われないだろうな)


 そう警戒する御堂に、地面に降り立ったラジュリィが手を振って、降りてくるように促した。この城の主の娘がそうするのだから、心配は無用だろう。それでも若干、警戒心を残しながらコクピットから出る。装甲の上を駆け下り、ラジュリィの前まで降りたところで、事は起きた。


「おいっ!」


 兵士の一人が、気合の入った声をあげたのだ。思わず身を固める御堂に、周辺にいた兵士が殺到した。いずれも武器を構えている。思わず腰の自動拳銃を抜きそうになったが、兵士の方が早い。あっという間に四方を囲まれた。中心にいる背の高い獰猛そうな男に、剣先を突き付けられた。


「貴様、何者だ!」


「何者って……」


「ラジュリィ様を攫った一味か! この見慣れぬ魔道鎧はなんだ!」


 確かな殺気を持って詰問してくる。首元で、剣が敵意を持って揺れている。御堂にとって初めての経験だった。故に、この状況下で何を答えることが正解なのかがわからず、貝になった。黙りこくった御堂に、兵士が苛立ちを隠さずに声を荒げる。


「さては不届き者だな?! ラジュリィ様を返せば見逃して貰えると思ったか! 馬鹿が、ここで叩き切って――」


「おふざけはここまでにしましょう、兵士長」


 そこに、ようやくラジュリィが割って入った。御堂は思わず助けを求める視線を送る。それを確かに目で受け取った彼女は、剣を持った兵士の手に触れて横に退けた。それが恐ろしいことかのように、兵士長と呼ばれた男は、手を抑えて慌てて下がった。


「ら、ラジュリィ様、おふざけとはどういう」


「私を救った騎士を、大人数で囲い、恫喝し、あまつさえ斬ろうとするなど、悪ふざけ以外の何がありますか?」


「あっ、いえ、決してそのような意図は……」


「悪ふざけの意図は無い。すると、本気で私の恩人を殺そうとした。そういうことですか?」


「いえ、まさか……」


 二回りは背丈が小さい少女に責められ、兵士長は顔に脂汗を浮かばせていた。周囲の兵たちも、怖いものから逃れるように、少しずつその場から離れようとしている。


(悪ふざけをしているのはそちらだろうに)


 御堂は、その彼があまりにかわいそうなので、助け船を出すことにした。


「イセカーさん、彼を虐めないでやってください。彼は貴方の身を案じていて、その勢いが余ってしたことだというのは、自分にも理解できます。主人想いの良い兵ではありませんか」


「ですが、騎士ミドール」


「自分は部外者であり、彼らからすれば不審人物です。しかも、正体不明の兵器を操っていた。過剰に反応するなという方が無茶です。むしろ、ここでそうできない兵士に、警備が務まりますか?」


 御堂の言葉に、ラジュリィは納得したという風に頷いた。


「わかりました。騎士ミドールに免じ、この件は不問とします。兵士長、良かったですね?」


 兵士長は、ただ頭を下げて礼をすることしかできなかった。その顔には、剣を向けた相手に助けられたことに対する複雑な感情が浮かんでいる。


「では、父上の元へ案内します。騎士ミドール」


「わかりました」


 そんな兵士長を置いて、得体の知れない男を連れた少女はさっさと城の中へと入っていく。兵士たちは、それをただ見送ることしかできなかった。


 ***


(先ほどの台詞……)


 御堂は、中庭で自分がした弁護の内容を反芻して、溜め息を吐きたくなった。あの中世ヨーロッパ染みたやり取りが現実であると、はっきり認めてしまったようだ。それはなんとなくだが、良くない気がした。


 今見せられたラジュリィと兵士長のやり取りは、少女が仕掛けた悪戯、嫌がらせだ。でなければ、兵士長が主の恩人に失礼を働くという失態をするまで、放置しておくわけがない。もしかしたら、彼女とあの男の間には、確執があるのかもしれない。


 そこまで踏み込む気はないので、話題にあげようとも思わなかった。御堂はこの異世界とやらに深入りする気は、さらさらないのだ。


(だが……それでも口を出してしまった。俺も甘いな)


 変なところで、慈悲の考えを出してしまうのは、御堂の悪い癖である。こんな訳のわからない状況下で、甘さは致命的な失敗を生みかねない。自重するべきだ。


(……ああ)


 その考え方そのものが、自分が異世界という場に適応してしまっていることに気付いた。御堂は、我慢できずに溜め息を吐いた。


「どうしたのですか、騎士ミドール? 何か憂いごとでも?」


「あ、いえ……自分の機体に傷がついていたのを見つけまして」


 咄嗟に口に出したことだが、嘘ではなかった。どこでついたのか、機体の白い塗装に、薄らと傷があったのだ。それを聞いて、ラジュリィは「まぁ」と声をあげた。


 彼女たちからすれば、魔道鎧に傷がついたままというのは、剣を扱う騎士が、その剣を刃こぼれさせているのと同義なのである。


「それは良くないですね。あんな美しい魔道鎧に傷がつくなど。騎士の名誉にも傷がつきます。後ほど、鎧師に見せましょう」


 なのでそう提案するが、御堂は首を振った。


「いえ、それは遠慮しておきます。日本の整備士以外の人間に、あの機体を触らせるわけにはいきませんから」


「ただ遠慮なさっているわけではない、そのことはわかりましたよ、騎士ミドール。」


「許してください。あれは機密の塊なのです」


「許します。軍人というならば、扱う武器の秘密を守ろうとすることは、間違いではありません」


「ありがとうございます。イセカーさん」


 御堂が理解を示してくれたことに礼を言うと、突然、ラジュリィは脚を止めて振り返った。何故か不機嫌そうなその顔を、御堂にずいと近づける。


「……その呼び方、やめてくださいませんか、父上と区別していただかないと困ります。私のことは、どうぞラジュリィとお呼びください。騎士ミドール」


 有無を言わさないという態度を察したので、御堂も拒否しないことにした。確かに、これからこの少女の父親と会うのに、家名で呼び続けると要らぬ誤解を招くかもしれない。だが同時に少女からの妙に馴れ馴れしい雰囲気も、御堂は感じ取っていた。


「はい、わかりました。ラジュリィさん」


 それに満足したのか、ラジュリィは笑みを浮かべて、一歩下がった。


「ふふ、よろしいです」


 その場でくるりと回って、また通路を先立って歩き始める。その態度の理由に、御堂は一つの推論を立てていた。


(妙に懐かれている……この年頃の少女は、恋に恋すると聞くが、いやまさか、一度助けただけでそうなるか?)


 御堂は、瑠璃色の長い髪を左右に揺らして歩く少女の背中を見る。背丈や仕草、顔立ちからして、まだ十五、六歳と言ったところに思えた。

 二十五の自分からすれば、まだまだ子供だ。好意を抱かれるのは良いが、それが拗れるのは困る。御堂は過去の経験から、その厄介さを良く理解していた。


(だが、彼女は領主の娘、貴族だ。そういう感情に易々と陥らないだけの教育は受けているだろう)


 考えた末、御堂は楽観的に結論付けた。


 しかし、御堂の結論は外れていた。簡単に言えば、彼女、ラジュリィは御堂に対して一目惚れとも言うべき感情を抱いていたのである。


(ああ、凛々しいお方、私の騎士に……いえ、それ以上になってもらうに相違ないお人です)


 それも無理からぬことであった。御堂を一言で表すなら、容姿端麗を人型にしたような容姿だからだ。同僚たちからは、本当に日本人かと疑われるほどに、整った顔立ちをしているのである。顔だけでは無い。身体はすらりとしていて、無駄な贅肉などまったくない。自衛官として鍛えられた、絞まった肉体を有している。


 一度、本人は嫌がったが、教官からの理不尽な命令と称して、広報ポスターのモデルに抜擢されたこともあった。これにより、何故か女性自衛官の応募が増えたりもした。


 “ミドール”というあだ名も、御堂 るいという名前から取られただけではない。「ナイス・ミドル」ともかけられている。今はまだ青年であるが、将来は間違いなくそうなるだろうという、名付け主からの期待も込められていた。


 そんな素敵な男性、しかも伝説の授け人に、危ないところを救われたとなれば、惚れない娘はいないだろう。


 そういうわけで、ラジュリィ・ケントシィ・イセカーは、ものの見事に御堂 るいに対して恋心を持ってしまったのだった。領主の娘としての立場だとかそういうものは、とっくの昔に脳裏の向こう側へすっ飛んでいる。


(神ケントシィよ、この騎士に出会えた幸運を私に授けてくださったこと、心より感謝致します)


 自身の“祝福されし名”になっている神の名を思い浮かべながら、彼女は上機嫌を後ろの御堂に察せられないように努力しつつ、領主の(もと)へと向かうのだった。

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