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2.1.2 出立

 日の光が窓から差し込み、眠っている御堂の顔を照らした。目覚まし時計もないこの世界では、日が上がった時が起床時間だ。反射的に目を覚ました御堂は、さっとベッドから降りると身体をほぐすように伸びをした。


(夢のことを考えている間に寝落ちしていたか)


 顔を洗い歯を磨き、身支度を整えながら、御堂はまた昨晩の夢を思い返していた。一度目、この世界にやってきた際に見た夢は、あまり内容を憶えていなかった。しかし、二度目の内容は、はっきりと憶えていた。


(あの声の主が、俺をこの世界に呼んだ? ファンタジー染みている考えだ)


 だが、御堂が今こうして存在している世界は、地球から見れば紛れもないファンタジックな魔法世界である。神のような超次元的存在がいて、一人の人間に問い掛けてきても、何らおかしくないのだ。


(世界に争いの火種を落とすことが役目だって? 馬鹿げてるし、ふざけるなとすら思えるな)


 あの声が御堂に告げたのは、つまりそういうことだ。神が御堂に担わせようとしている役目というのは、人類に争わせるためのメッセンジャーになれと、その発端になれと、その助けになれということらしい。

 なるほど確かに、それが目的ならば、戦いを生業にする御堂をこの世界に連れてきたのは、正しい人選だと言える。しかし、


「機士の役割は、戦火から人々を守ることだ」


 そのために自分を選んだのだとしたら、大きな間違いだ。呟いてから、御堂は両手で頬を軽く叩いて、思考を切り替えた。あの夢で言われたことはともかく、今の自分には与えられた役目と、やらなければならないことがある。


(まさか、この世界でも転勤があるとはな)


 今日からこの城を出て、ラジュリィが通う学院とやらに向かうのだ。この世界には飛行機も電車も、自動車もないので、それなりの旅になりそうだった。


(ラジュリィさんは、旅に何か不安があったのかもしれないな)


 御堂は、昨晩にラジュリィが自分を訪ねてきた理由をそう推測した。


「さて……」


 いつもの野戦服に袖を通した御堂は、部屋をぐるりと見渡した。当然だが、私物らしい私物など何も無い。ベッド、机と椅子、空っぽの本棚、替えの服が入っていた箪笥。定期的に掃除係の従者が清掃をしてくれるので、目立つ汚れも特にない。


(長く空けるのだから、掃除くらいしてから行こうと思ったが……)


 そもそも、掃除する部分がなかった。気を取り直して、御堂は日課のベッドメイクをすることにした。


 当然のことだが、ここのベッドは自衛隊で使っていたものと違い「化粧布団」と呼ばれる大量の毛布がない。ただ板張りの底の上に固めの綿が入ったマットもどきを置いて、シーツを敷き、薄い掛け布団を乗せただけの代物だ。故に、やり方が元祖自衛隊式と異なる。


 なお、このベッドはスプリングというものがないので、寝心地はあまりよろしくない。これでも、この世界では随分と上等な道具らしい。


 まず、御堂は掛け布団を退かし、シーツをぴんと張り詰めさせた。しわ一つないようにして、少し苦労しながら、四隅の角を直角に近い形状に整形する。

 それから掛け布団を丁寧に、これもまたしわ無く畳み、ベッドの足下に置く。この寝具で行える整理整頓はこれくらいだ。


 自衛官になってもう数年経ち、成り立ての本当の新米だった頃は、よく叱られながらした作業だったが、今ではもう鼻歌混じりで行える。しかもバームクーヘン状になるほどの量の布がないとなれば、楽なものである。


 枕すら整え、平坦になったベッドを見下ろす。御堂が日本に居た頃、テレビ番組でホテルマンが「客が半端に布団を整えると面倒だ」と言っていたのを見たことがある。

 だが、そこらのホテルマンがやるよりも鮮やかに整えるので、この世界の従者からは「仕事を取らないでください」と、逆の意味で小言を言われたくらいだった。


「よしっ」


 物の数分で作業を終える。この習慣だけは、たとえ異世界に来たとしても欠かせないのだ。でなければ、自分が自衛官であることを、いつか忘却してしまいそうな気がした。


 ベッド脇に置いてあった雑嚢を持ち、部屋から出ようとドアノブを握った。そこで御堂はふと振り返った。いつの間にか、この部屋での暮らしにも慣れて、愛着を覚えている自分に気付いたのだ。それを否定するように、頭を振る。


(俺はいつか地球へ、日本に帰る人間だ。この異世界に愛着を持つなど……)


 それでも逡巡した。言うか言うまいか迷って結局、御堂は小さく一言、呟いた。


「……いってきます」


 これは、礼儀上のことだ。御堂は自分にそう言い聞かせて、部屋を後にしたのだった。


 ***


 ラジュリィは化粧台の前で椅子に腰掛けていた。浮かない表情で鏡に映る自分、ではなく、後ろにいる従者の少女を見ていた。その従者、ローネは、主である少女に苦言を申し立てていた。


「あのですね、ラジュリィ様。年頃のそれも貴族の娘が、殿方に夜這いをかけるなど、はしたないとは思わなかったのですか?」


 あの後、自分の部屋へ戻ろうとしたラジュリィは、忘れ物を取りに戻ったローネに出くわしてしまったのだ。その場で何をしていたのかを問い質され、主の行動を知った従者は、こうして翌日になっても小言を漏らしているのである。


「夜這いだなんて、私はただ、騎士ミドールの側にいたかっただけです」


「それを夜這いと言うのでは? あの方に嫌がられでもしたら、どうするおつもりだったのです」


「ミドールはそんなことで人を嫌ったりしませんよ。あの人は優しいですから」


 その根拠はどこから来るのだろう。主の美しい艶のかかった瑠璃色の髪に櫛を通しながら、ローネは呆れてしまった。従者にそんなことを思われているとは知らず、ラジュリィは「その話はもう良いでしょう」と話題を打ち切ろうとした。が、ローネは言葉と止めない。


「良くありません。こういうことには、下準備だとか、適した時期だとか、そういうのがあると言うことを、貴族の娘として知っておいて頂かないと」


「……ローネは、知っているのですか?」


 聞かれ、ローネは不意を突かれたような表情になると、頬を染めた。生娘のような反応であった。


「…………もちろんです」


 そうこうしている間に、身支度を整えたラジュリィは、手荷物を持ったローネを連れて中庭へと向かった。通りすがった兵士や従者たちから、いってらっしゃいませと声をかけられる。それにいってきますと返しながら、中庭へ通じる扉を開いた。


「ああ、ラジュリィさん、ローネさんも」


 庭園のような様相をしていて広い中庭の中央には、御堂の愛機であるネメスィと、一般的な大きさの幌馬車が停車していた。


「騎士ミドール、用意はできているのですか?」


「はい、荷物は兵たちが積んでくれていました。しかし、一つ気になることが……」


 御堂は眉を曲げて、幌馬車の方を見る。この馬車は、御堂が知る地球のものとは違う点があった。馬車を引くのが馬ではなく、


「この爬虫類は、馬的なものなのですか……?」


 全身を深緑色の鱗で覆い、見上げるほどの身長を持ち、二本足で立っているそれは恐竜的な生物だった。それが二頭、馬車に繋がれて首を傾げている。


「はちゅうるい……駆竜のことですか? 騎士ミドールは初めて見ましたか?」


「え、ええ……自分のいた世界には、このような生き物はいませんでした」


 御堂は以前に見たバルバドを思い出して、少し身を引いておののいていた。それが屈強な戦士が愛玩動物を怖がっているように見えて、ラジュリィとローネは顔を見合わせる。それから、おかしいとくすくす笑い合った。


「これは馬よりも丈夫で足が速く、長旅にはぴったりのものです。城と街から出なかったミドール様は不慣れでしょうけど、人懐っこいのですよ」


 説明しながら、ローネは駆竜の一頭に近寄り、その顎に触れた。すると、小さい竜は高い鳴き声を発して、頭を擦り付けるように動かす。まるで調教されている馬のような仕草で、人慣れしている様子だった。ローネもそれを愛らしいと撫でている。


「ローネさんは随分と慣れてるんだな」


「ええ、私も時折、世話をしていましたから」


「なるほど……それで、準備が出来たのなら、もう出発しますか?」


「いえ、もう一人、従者を連れて行くことになりましたので、少し待ちましょう」


「もう一人?」


 それは誰なのかと御堂がラジュリィに聞こうとしたとき、ずしんという重たい足音が聞こえてきた。AMWと同じ八メートルの身長を持つ人型兵器、魔道鎧の足音だ。それで、御堂はそのもう一人が誰なのかを察した。

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