1.4.7 騎士
翌日の朝。御堂は再び謁見の間へとやってきていた。昨日と違うのは、周囲には領主の家臣や兵士たちに加え、ラジュリィやブルーロ、オーランにファルベスもいて、主立った人物は勢揃いしていることだった。
御堂は仰々しく領主、ムカラドの前で跪いている。玉座から立ち上がり、御堂の前まで歩み寄ったムカラドが、手に持った過度な飾りが施された杖をその肩に当てた。
結論から言えば、御堂は機士の身分を受け取ることにしたのである。これはそのための儀式であった。
「授け人、ミドールには、此度の戦いにおける功績を評価し、その働きを讃え、イセカー領の騎士の地位を与える。異論がある者は名乗り出よ」
しんと静まりかえる謁見の間。これに異議を申し立てようとする者は、この場にはいなかった。そのことを認めたムカラドは鷹揚と頷いて、杖で御堂の両肩を順番に軽く叩く。それを終えて、ムカラドが一歩下がり、御堂に発言を促した。
「はっ、ありがたきことです……」
こういうときに、なんと返事をすれば良いのかまでは流石に知らなかったので、御堂は感謝の言葉を短く述べることにした。それにムカラドは口元に微笑を浮かべた。
「この世界での作法も様になってきたな、ミドールよ」
「そうでしょうか」
「うむ、其方は良い騎士になるであろうよ」
世辞でも何でもなく、ムカラドは本心からそう言った。それだけの素質が、御堂にはあると評価していた。
「しかし、自分は……」
「その話はここではするな。せっかくのめでたい場なのだからな」
「はっ……」
御堂は黙って、ただ頭を下げるだけだった。その話とは、御堂が騎士になるに当たって提示した条件のことである。ムカラドの頼みを承諾する代わりに、次のことを約束させた。それを反芻する。
(一つ目は、情報収集の邪魔をしないこと)
「それでは、これで騎士叙勲の儀が成ったこととする」
(二つ目は、確実な手段が見つかったら元の世界に帰ることを認めること)
そして、三つ目、これらの代償として領主から必ずと言われたことがある。
(この世界にいる限り、全力でラジュリィを守り、助け、支えること)
「騎士ミドール!」
儀式が終わり、厳かな空気が霧散した瞬間、どっと歓声が湧いた。空気が一変したことに戸惑う御堂の元に、ラジュリィが駆け寄ってきた。手を取り、力を込める。もう、決して放さないという意思表明のように感じられた。
「授け人にして、騎士のミドール殿!」
「城を救った英雄の誕生だ!」
「我らに力を授けし人!」
「イセカー家と授け人に栄光あれ!」
気付けば、兵たちも御堂を囲い、鬨をあげていた。その中心にいる御堂は、照れ臭さを感じて頬を掻いた。自分を賞賛する声に、嬉しさと恥ずかしさが混ざった笑みを浮かべる。
国が、それどころか世界が違っても、人々を守り、助ける。これは自衛官の機士としての責務である。少しでも、それを成すことができた証明としての賞賛が、嬉しかったのだ。
「して、機士ミドール。早速だが其方にはして貰わなければならないことがある」
そうしていると、ムカラドが良く通る声をあげた。また一斉に静まり返る部屋の中、領主は最初の命令を告げた。
「其方は次の月より、我が娘ラジュリィと共に“学院”へと赴き、講師として赴任し、そこで娘を守る役目を全うするのだ」
「……は?」
思わず、間の抜けた返事をした御堂。周囲の人々は、それをすでに知っていたかのように静かだった。
「戸惑うのもわかるが、娘が学院へ行くのに、それに付いている騎士が行かないわけにはいくまい?」
「で、ですがそれは……」
「其方の提示した条件にも抵触しない。何故なら、学院はこの大陸の英知が集まる場所。ミドールの知りたい情報も、そこにならばあるやもしれん。確約はできんがな……異議はないな? 騎士ミドールよ」
断る理由を全て防がれた御堂は、ふとラジュリィの方を見た。満面の笑みでこちらを見る彼女は、全て知っていたように思えた。すでに、騎士になった後の策まで用意されていたらしい。御堂は、諦観したように一度宙を仰いでから、微笑みこちらを見る領主に向き直った。
「その任、務めさせいただきます」
「うむ、其方の働き、期待しておるぞ。騎士ミドール」
思ってもいなかった配置転換、転勤。やはり、こういう策はこの世界の住民の方が上手であった。御堂は頭を抱えそうになるのだった。
***
「この世界での騎士とは、どれほどの扱いなんだ?」
御堂は、隣を歩くブルーロに聞いた。儀式を終えて部屋に戻る際、こう言ったことを聞くに適している学士を捕まえたのだ。
「そうですな、イセカー家の騎士ともなれば、騎士としての上は皇帝陛下直属の騎士くらいのものでしょう。それだけの名はあります」
「……ブルーロは、俺が思っていたよりも偉かったんだな」
「滅相も無い。私など、ただの頭でっかちです。ミドール殿の方が余程に優れた騎士ですよ」
「そうは言うがな……」
御堂は分不相応な地位を得てしまったことがどうにも良くないと感じていた。偉くなって得することもあるが、損をすることも多い。それを知っている御堂は、嘆くように目を伏せた。
「ミドール殿、過ぎたものを得たとお思いでしょうが、あまり兵の前で表に出さないでください。貴方は憧れの存在になったのですからな」
「……わかった、努力する」
「それがよろしいかと、それでは自分はここで……学院に行くまでは、術士たちの指南もよろしくお願い致しますよ」
通路の分かれ道に来たところで、ブルーロは白衣をひるがえして去っていった。その背中を黙って見送った御堂は、再び歩き出す。
(しかし、俺なんかがそんなお偉い騎士になるなんて、思いもしていなかった)
それもこれも、全てはあの娘、ラジュリィのせいである。立場さえ許されれば、恨み言の一つでもぶつけたい気分だった。そこへちょうど、側の部屋から瑠璃色の髪が出てきた。
「あら、騎士ミドール。もうお部屋へいかれるのですか」
「ええ、あまり騒がしいのは得意ではないので……ラジュリィさんは?」
「私はご覧の通り、礼服に着替えていたところです。似合いますか?」
礼服、というよりはドレスに近いものだった。髪色に良く似合う、白のふんわりとした印象を受ける様相であった。御堂はそれを、素直に綺麗だと思えた。ただでさえの美少女が、より一層美しくなっている。
「良くお似合いですよ。自分のいた世界ではお目にかかれない程に」
「騎士ミドールは言葉が上手なのですね。嬉しいです」
意中の相手に褒められたことが喜ばしいらしく、ラジュリィはその場でくるりとドレスを見せびらかすように回ってみせる。その仕草もまた、可憐であった。
「それで、学院へ自分を連れて行くという話は、いつから画策されていたのですか?」
「画策だなんて、私が魔術を学ぶために学院へ行くことは、ずっと前から決まっていたのですよ。貴族の子ならば、この年齢で行くのは当然のことなのですから」
つまり、全ては最初から織り込み済みだったということだ。もしかしたら、御堂に着いていくというのもブラフだったのかもしれない。御堂は少女との駆け引きで大いに負けたことを内心で嘆いた。
「あ、その顔は私が貴方を騙したと思っていますね?」
目敏いラジュリィの言葉に、御堂は咄嗟に「そんなことはありませんよ」と返した。が、その顔が僅かに不満そうに歪んでいるのは隠せていない。
そんな彼の思いを知った上で、ラジュリィはその腕に抱き付いた。身を寄せると、魅力的な笑みを浮かべて、御堂の顔を見上げる。その琥珀色の瞳は、喜びと嬉しさに溢れているとばかりに、爛々と輝いているように思えた。
「領地の外でも私を助け、守ってくださいますね? 我が“騎士”」
少女に問われ、溜め息を吐きながらも、日本の兵士は堂々と答えてみせた。
「“機士”としての務めは果たしますよ、我が主」
言ってから、御堂は苦笑する。異世界でもロボット乗り、機士が大変なのは変わらないのであった。
〈第一章 異世界の機士 了〉
これにて第一章完結となります。
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