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1.4.3 魔術

 薄暗い通路を進んでいる最中。御堂は自分の行動に戸惑いを覚えていた。


(何故、今更になってこの娘を助けようなんて思った……?)


 機士としての信条はある。少女が目の前で賊に襲われて、それを黙って見過ごせない正義感もある。だがそれらよりも、御堂はラジュリィが自分のことを告げ口して、罠にはめたわけでないということを知ったのが大きかったように思えた。それに安堵している自分がいるのだ。


(……馬鹿馬鹿しい。少女にそんな感情を抱くなんて、成人男性としてどうかしている)


 御堂は自分の思いを否定するように、そう自分に言い聞かせた。そんな御堂の心中など知らないラジュリィは、頬を朱色に染めて御堂に手を引かれている。先ほどの御堂の活躍と、自分を思いやってくれた言葉が、頭から抜けないのだ。


「ミドール、どうして貴方はその武器を使って、牢を破ろうとしなかったのですか?」


「そんなことをすれば、城の兵を傷つけることになってしまいます。それだけは避けたかったのです」


 例え領主たちに愛想を尽かしたとしても、これまで世話になった人や、共に食事をしたり働いたりした人を、積極的に害そうとは思わなかったのだ。御堂のそんな考えがわかって、ラジュリィは彼の優しさを改めて知れた。


「お優しいのですね、ミドールは……そういうところが、また愛らしいです」


「お褒めの言葉と受け取っておきます。しかし……これは酷い」


 御堂が痛々しいと言わんばかりに、目を伏せる。通路の所々に、惨殺された従者や歩哨の兵の遺体が倒れていた。


「どれも魔術によるものです。賊は魔術師の集団と考えるべきでしょう。出会わないように父の元へ行かなければ」


「そうですね、自分の武器もそこまで万能ではありません。急いで移動しないと――」


 そう言った矢先、通路の曲がり角から、黒い外套姿が三人、飛び出してきた。向こうも急いでいたらしく、曲がってから御堂とラジュリィに気付くと一瞬、動きを止めた。

 五メートルほどの距離で、お見合いの状態になる双方。判断の瞬発力は御堂の方が上手であった。先ほど同じ姿の敵を見ていたというのも大きい。すぐに拳銃を向けて、連続で発砲。


 発砲音が響き、杖を構えようとした外套姿が瞬く間に倒れ伏す。だが片手で撃ったのでは正確に狙えなかった。残弾の六発全てを撃ちきっても、後ろにいた一人が残ってしまう。これが拳銃の悪いところだ。


「逃げろ!」


 叫んでラジュリィの手を放す。そして腰から予備のマガジンを引き抜こうとする。発砲音と倒れた仲間に相手が動揺して、そのくらいの隙はくれると思ったのだ。しかし、御堂の予想は外れた。


「授け人かっ! ここで始末する!」


 声をあげて、外套の男、ラヴィオはすぐさま距離を詰めてきた。この暗殺者は、部下が死ぬ程度のことで動揺するような経験はしてきていない。その手にした金属杖の先端が、不可思議な光を帯びている。御堂は即座に危険を察知した。


「うっ!」


 御堂は腰に手を伸ばした姿勢で中腰になっていたので、後ろに引くには間に合わないと判断し、左へ転がるように金属杖を避けた。間一髪だった。見れば、右手に持っていた九ミリ拳銃の短い銃身が、斬撃を受けて更に短くなっていた。


(切断とか、そういう類の魔法か!)


 金属を切り飛ばすとなると、相当な切れ味である。素早く身を起こした御堂は、自分の不利を悟った。だが、ここで逃げるわけにはいかない。相手の狙いがラジュリィであることは明白だ。ここで御堂が逃げ出したら、この少女が連れ去られてしまう。理性的にも、感情的にも、それは絶対に阻止しなければならないと思えた。


 ラヴィオを睨みながら立ち上がり、素手で構えを取る御堂。それに、外套の男はほくそ笑みながら杖の先端を向けた。この世界の魔術に詠唱はない。その僅かな予備動作だけで、相手が何をするつもりかを理解しなければならないのだ。けれども、御堂にはその知識がなかったので、すぐに反応することができなかった。


「死ね、授け人!」


 その言葉でやっと身体が動いたが、もう遅い。杖の周囲で渦巻いていた真空の刃が、肥大化しながら御堂に迫る。そして、その身体をずたずたに引き裂くかと思えた。が、そうはならなかった。刃が御堂に到達する直前、空間を歪めたレンズのような壁が御堂の前に出現し、その身を守ったのだ。


 御堂とラヴィオの双方が、何がおきたと戸惑う。そこに、両手を掲げてマナを操作していたラジュリィが叫んだ。


「ミドール!」


 今です、とまで言うより先に御堂は動いていた。ラヴィオがもう一度、術を行使するより早く、鋭い足刀が杖を持つ腕を強く打った。たまらず杖を落とす相手に組みかかろうとする。そのとき、外套越しに男が懐に手を入れたのに御堂は気付いた。


「っ!」


 相手はまだ武器を持っている。そのことを看破した御堂は即座に身を引いた。だが相手が振り抜きざまに放ったナイフの刃が、薄くだが野戦服を切り裂き、脇腹の皮膚をかすめた。冷たい感触が走ったように感じて、それに気付いた。深手でもないと、御堂は再び構えをとる。


(薄皮一枚斬られた程度で……?!)


 次の瞬間、身体に異常が生じた。脇腹を中心に、熱っぽさと痺れが生じる。そのまま立ち上がることもままならなくなり、膝を着く。御堂は自身の身に何が起きているのか、すぐに察せられた。


「毒か……!」


「察しが良いな、授け人。そのまま、自分が死に絶えることも察してくれ」


 ラヴィオが頬を吊り上げて告げる。そして踵を返すと、通路の曲がり角へと姿を消した。


 彼としては、確実に御堂の息の根を止めたかった。が、傍に自分の攻撃魔術を防いでみせた娘がいる。なので、直接に止めを刺すのは危険であると判断して逃走したのだ。

 拉致の目標が目の前にいるとしても、毒を塗ったナイフ一本で、小娘とは言え触媒無しで魔術を行使して見せた相手と戦う気は起きなかったのもあった。


「ま、待て……くっ」


 あんな危険人物を逃がすわけにはいかないと、立ち上がろうとするが、もはや身体に力が入らずに床へと倒れ込む。呼吸が荒くなり、視界も朦朧としてきた。相当な毒物を入れられたらしい。ここで、こんなところで死ぬのかと、御堂は無念さを覚えながら、意識が遠のきそうになるのを感じた。


「ミドール! しっかりしてください、今、私がなんとかします!」


「なんとか……とは」


「喋らないでください、集中します!」


 身動きすら取れなくなった御堂の野戦服を捲り上げ、ラジュリィはどす黒く変色した肌に両手を当てる。そして、目を閉じて自身の込められるだけの力を込める。すると、周囲の空気が白く瞬き始めたように御堂から見えた。


(何が……)


 空気中の外向魔素をラジュリィが操り、望んだ効力を発揮するように働きかけているのだ。その膨大な力に影響されて、周囲のマナが光り輝いている。その仕組みは御堂にはわからなかったが、最期に見るのに悪くない、幻想的な光景だと思えた。


「神ケントシィよ、私に力を……!」


 それは詠唱などでもなく、自身の家へ憑いていると信じられている神への祈りであった。果たして、その祈りは届いたのか、ラジュリィの魔術は効果を発揮する。御堂の変色した肌が元の肌色へ戻っていき、ついには傷跡すらも無くなった。体内の毒素も、文字通り消え去っている。


「こ、これが……魔術ですか」


 意識がはっきりとしたものに戻った御堂は、上半身を起こす。脇腹に手をやると、血も出ていなかった。傷口は完全に塞がっている。御堂は驚嘆した。


「ブルーロは、こんな魔術があるだなんて教えてくれませんでした」


「それは当然です。治癒の魔術は門外不出。我がイセカー家の女系にしか扱えないのですから」


「なるほど……おかげで死なずに済みました。ラジュリィさんは命の恩人です」


 そんな術を使ってまで自分を救ってくれたことに、御堂は感謝の意を示した。同時に一つ、後悔もあった。


(自分が迂闊だったせいで、また一つ、借りを作ってしまったな)


 ここから離れられない理由が増えてしまった。御堂は、緊張の抜けやら色々な感情が混じった溜息を吐いた。それから立ち上がると、ラジュリィがその手を握った。


「私は、ミドールから受けた恩を一つ返しただけに過ぎません。この身を使って、これからも恩返しをさせてください」


「……これでお相子とはいきませんか」


 御堂の提案に、ラジュリィは眉を八の字にして不満を表した。どうやら、そういうわけにはいかないらしい。御堂は再度、溜息を漏らしそうになったのを我慢した。ひとまずは、領主の元へ向かうのが先である。これからのことは、今の状況を何とかしてから考えることにした。

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