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1.3.11 投獄

 城から逃げ出す算段を立てた御堂は、中庭に向かおうとしたところを兵士に止められた。

 すでに見抜かれていたかと肝を冷やしたが違った。兵士が言うには、領主が御堂を呼んでいるから、至急で謁見の場へ来て欲しいということだった。


(どうする……?)


 一瞬、御堂はここで強引に中庭に行ってしまおうかと思った。だが、自分と話している兵士と、横に控えているので前に二人。振り向きはしないが、後ろにもう二人いる。どうやっても、荒事になってしまう。御堂は、懐にいつも身に着けている得物の感覚を確認した。


「授け人殿、参りましょう」


「……ああ」


 結局、御堂は言われるがまま、謁見の間に向かうことにした。事を大きくしたくないのもあったし、無駄に争うのも嫌だったからだ。それなら、隙を着いて逃げ出した方が良い。そいういう判断であった。


 謁見の間、相変わらずの豪華絢爛さを見せるその場に連れてこられた御堂は、同じく豪華な装飾が施された椅子に腰掛けている領主ムカラドの前に跪き、頭を下げた。それに短く「面を上げよ、ミドール」と告げて、御堂が立ち上がったのを認めると、話を始めた。


「ミドール。其方の働きは私も見させてもらった。見事な腕だ。この世界で、お前とあの鎧に勝てる存在が果たしているのかと、考えさせられる程にな」


「光栄です。しかし、自分はまだ未熟な身です」


「謙遜するなと言うのにな……本題は先日の続きだ。ミドール、若き授け人よ……率直に言おう、我が下に来ぬか」


「……領主様、しかしそれは」


「まぁ聞け、ミドール。其方に、騎士という重い責を持つ立場になれとは言わぬ。ただ、この城に残り、術士の指南役にならぬかと提案したいのだ」


「指南役、ですか」


 御堂には、この世界における騎士と指南役の立場の違いというものが、なんとなくでしかわからない。だが、それを顔には出さなかったので、ムカラドは気付かずに話を続ける。


「そうだ。縛られることが少ない身分を受け取り、その力を我が兵たちに授けて欲しい。暮らしと立場は、この領地、帝国にいる間は私が保証する。其方が望むなら、帰るための手段を探すのも、私の力が及ぶ範囲で協力しよう。どうか?」


 その提案が、領主から授け人である自分に対する、最大限の譲歩であるということは、流石に御堂にもわかった。条件は破格に思える。深く考えなければ、承諾するのが得だろう。


 しかし、御堂はその性格故に考えてしまう。


(ここでこれを受けたら、本格的に帰れなくなる可能性がある)


 何故、帰り方を探すのを手伝うと領主自らが告げているのに、御堂がそう思うのには、理由がある。帰る手段を御堂が自分で探すことを許していないからだ。あくまで、領主が部下に探らせて、その結果を御堂に伝えるという風に取れた。


 これでは、本当に帰る方法が見つかったとしても、領主の手で握り潰されてしまえば、御堂がそれを知る術はなくなる。それに、すでに帰る手段はないと知らされているのだ。「やはりなかった」と言われてしまえば、そこまでになってしまう。


 それに最初は指南役でも、ゆっくり時間をかけて、いずれは騎士にする。ということも想像できた。しかも、一度契約をしてしまえば、それを破ったらお尋ね者にされる可能性もあった。


 これらのことから、この場で首を縦に振ることは、地球へ帰ることを諦めることを意味する。少なくとも、御堂はそう判断した。だが、それに対して反対の思いもあった。あの夜、ムカラドが御堂に向けた視線は、確かに一人の若者を心配する目であった。本当に、御堂が帰る手段を探してくれるかもしれない。そう思えてしまった。


「……領主様。申し訳ありませんが、少しだけ決断のための時間を頂けないでしょうか」


 なので、御堂は第三の選択肢として、時間稼ぎをすることにした。だが、


「それはならん。即決できないのであれば、仕方がない」


 領主の目が、権力者が益を考える冷たい瞳になったのを、御堂は感じ取った。反射的に身をひるがえそうとしたが、それよりも控えていた兵士の方が早い。二人に詰められ、あっと言う間に床へと身体を抑え付けられてしまった。


「な、何を!」


「すぐに返事ができないということは、ミドール、其方は何か策を講じておったな? 私とて、その程度は見破れる。言ってしまえばな、ここ数日の其方を見ていて、私は強く思ったのだ。其方を絶対に外へ逃すわけにはならぬとな」


「それは、自分が元の世界に帰ることが、不都合だからですか……!」


 床から見上げる御堂の言葉を、領主は首を振って否定した。


「いいや、言っただろう。其方が元の世界に帰ることは、決して叶わぬ。ミドール。私はな、其方を高く評価している。それ故に、他の領へ、他国へ行かれでもしたら、その鋭い刃が我が首へ向かうと思った」


「そ、そんなことは」


「決してないと言えるか? 其方の性格はそうだろうとも、周囲がそれを許さないこともある……問答は終わりだ。ミドールを牢へ連れて行け。無用な傷はつけるなよ」


 領主が片手をあげると、更に二人の兵士が加わり、御堂を引っ立てた。抵抗しようにもどうしようもない状況だった。


(昨晩の娘との会話を知られたか……!)


 少し考えればわかることだった。ラジュリィが父親にその話をすれば、ムカラドは何らかの手を打ってくる。それがこれだ、御堂は舌打ちを堪えた。心のどこかで、恋心のために権力を持ち出さないだろうという、少女への信用があったのだ。それを裏切られた御堂は、己の甘さを恥じた。


(拷問はされないと信じたいが……対策を講じなければならないな)


 それでも、次のことを考えなければならない。ここで抵抗するのは得策ではないので、大人しく連れていかれることにした。そうして、謁見の間から連れて行かれる御堂の背中を見て、領主は小さく呟いた。


「許せよ、授け人。首を取らないだけ慈悲があると思ってくれ。そして、娘を恨んでくれるなよ、其方を説得できなかった、私の不明を恨め」


 ***


 ラジュリィが御堂の投獄を知ったのは、それからすぐのことだった。


「なんですって……父上がそうしたのですか?」


「はい。ムカラド様の指示だと聞きました」


 昨晩の態度に対する詫びと、改めて自分の想いを伝えるため、身支度を整えていたラジュリィからすれば、この件は寝耳に水だった。

 思わず、自分の髪に櫛を通していたローネの方へ振り返ろうとするが「まだ途中です」と頭を押された。しかたなく、鏡の方へと顔を戻したラジュリィは、反射して写る従者の顔に視線を向ける。


「貴女は騎士ミドールが心配ではないのですか、ローネ」


「心配ではありますが、私ではどうにもできませんし、ムカラド様があの方を痛めつけてまで服従させるようなことをするとは、思えませんから」


「……それは、そうでしょうね」


 二人の少女が確かにそう思えたのは、ムカラドの人柄と知恵を知っているからだ。力で強引に従えるには、御堂の力は強すぎる。人質も取れない。であれば、情に訴えるか、宥めて従わせるしかないのだ。それを、ムカラドはよくわかっているはずだ。


「けれども、これでは騎士ミドールが、私たちに愛想を尽かすかもしれません……いいえ、そうなってしまっているでしょう」


「確証がお有りなのですね」


「あの方は、義に厚いところがあると見えました。だから、それに反する仕打ちをされたら」


「なるほど、あの方はもう、こちらになびいてはくれないでしょうね」


 自分で口に出して、ラジュリィは顔を抑えて泣きたくなる心情になった。たとえ拒絶されても、どうにか説得して、御堂がこの城に残ってくれるように努力するつもりだった。それなのに、自分の父親が先走ったせいで、その思惑を台無しにされてしまった。


(どうすれば、私はミドールと共にいれるの……)


 異世界、権力、父親、何もかもが、自分と想い人の間を邪魔しているように思えてしまった。いっそのこと、それらが全て無くなってしまえばいいのに、そう考えて、ラジュリィは脳裏に一つの案を思いついた。


 だがそれは、決して妙案とは言えない、愚策とも言える思いつきであった。しかし、恋する乙女は、それが最良だと信じこんで疑わない。


「……ローネ、隙を見て、騎士ミドールの元へ向かいます」


「ムカラド様が許されるでしょうか」


「だから隙を窺うのです。貴女は手筈を整えてください」


「……承知致しました」


 鏡に写る少女の顔は、清々しいという笑みを浮かべていた。従者はそれに嫌な予感を覚えたが、深く追及はしなかった。

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