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1.3.9 思案

 御堂やファルベスらの様子は、城の高台にいる領主ムカラド、娘のラジュリィ、騎士のブルーロによって観察されていた。この距離でも“聞き寄せ”の魔術を使えば、会話を聞き取ることができた。この術は簡単そうに思えるが、魔術に対する理解が相応になければ使えない、高等技術である。それを、この三人は平然と使えていた。


「戦士の在り方ですか、いやはやミドール殿も中々、耳が痛いことを仰られる」


 自身の禿頭を撫でるブルーロに、ムカラドは片眉を上げた。


「お前の騎士精神には反するか? 異世界の戦士の考えは」


「いえいえ、あの方の言うことは正しいと思います。騎士とは主と領地、それに民を守ることに重きを置かなければならないはずなのです。それが、ここ数年は己の名誉だけに縋って、他を蔑ろにするような騎士が多いですからな」


「なるほどな。お前がここで、ミドールの意見に憤怒するような騎士でなくてよかった」


「己の責務は弁えているつもりですからな」


 そんな大人二人の会話を余所に、ラジュリィはじっと訓練の様子を見ていた。赤色の中に混ざっている茶色いウクリェと、白い鎧、御堂のネメスィが組み手をやってみせている。


(ちょっと、距離が近いのではなくて?)


 二人の鎧を見て、そんなことを思ってしまったりする。端的に言えば、ラジュリィは妹分であるファルベスに嫉妬しているのである。


(私にも魔道鎧があれば、ミドールにああやって指南してもらえるのでしょうか)


 しかし、ラジュリィが魔道鎧を授かるのは、とある事情によりまだしばらくは先のことだ。すでに搭乗者のいるウクリェを借りるのは諍いの元になるし、領主の娘として、三等級の魔道鎧を扱うわけにはいかない。その当たり前と思っていた縛りが、今は煩わしかった。


「しかし、ファルベスと他の術者をミドールに押し付けるとは、中々に手を回すものだな? ブルーロ、ラジュリィ」


「あら、何のことでしょうか、父上」


「とぼけなくて良い。ああして、ミドールを囲い込む足掛かりを作る気なのだろう」


「私はただ、ファルが騎士として上達できることを願っているだけです」


「ほう、ではミドールがあれに情を移して、この地に残るということになることが最善だと言うのだな?」


 その問いに、ラジュリィは鋭い視線を向けることで返した。それを受けても、ムカラドは意地の悪そうな笑みを浮かべている。


「……私の次、ならば、ファルのことを認めてあげても良いとは思っています。ファル以外だったら、少し騎士ミドールと大事なお話をしなければならなくなりますが」


「おお、我が娘ながら、恐ろしいことを言うな。私の亡き妻にそっくりだ」


「奥様も苛烈なところがあるお方でしたからな。ミドール殿も大変でありましょう」


「もう、二人して、からかわないでください!」


 むくれてそっぽを向いたラジュリィを宥めようと、ムカラドは「すまん、許せよ」と笑みを崩さずに言って、再び御堂らの方を見る。武術に疎い領主から見ても、御堂のネメスィが見せる身のこなし、操縦の腕は、確かなものに思えた。品定めするように目を細める。


「今代の授け人は、戦う術を授けに来たのかもしれんな。ブルーロよ、どう思う?」


「同意見ですな。あの方は我々にあまり多くを授けようとはしてくれない、そんな慎重さを持っていますが、同時に、優しさが過ぎる一面もある。それを利用すれば、伝説通りの授け人になってくれるかと」


「であるか、ならばやはり、他に行かれるのは困るな」


 その隣で二人のやり取りを伺っていたラジュリィは、父親の目に、確かな冷酷さが宿ったのを感じ取る。彼女は、心中に嫌な予感を覚えた。だが、それでも御堂が手に入るなら、という思いが勝った。故に、口出しはしなかった。


「明日、御堂に決断を迫らなくてはならなくなる。少しばかり、早計かもしれんが」


「……酷いことをすることも、あるかもしれないのですか?」


「何、あくまで話し合いの場を設けるだけだ。ゆっくりと語り合える場をな」


 父親がそう言ったので、ラジュリィは安心したのだった。


 ***


 その晩、綺麗に整えられたベッドに横たわり、御堂は頭を掻いていた。困ったことがあったり、悩んだりするときの、御堂の悪癖だ。


(良いように役目を押し付けられてしまったな……)


 御堂はそれが領主やラジュリィの策だということを薄々と察していた。あの二人は、御堂に役を与えて、外に出て行けないようにしようとしている。これが、自分の甘さを見透かされてのことだと思うと、腹立たしくもあった。


 同時に、責任を持たせれば逃げられないという、生真面目な性質を理解されてのことだったが、御堂はその辺りが無自覚だった。そもそも、日本人ならば当然という思いもあり、そんなことを意識したこともなかった。


「どうしたものか……」


 何度目かの台詞を吐いて、御堂は考える。そも、模擬戦で勝てば、自分の自由にできるのではないかと、そのときの状況を反芻し、ようやく気付いた。ラジュリィとの約束にそんなことを意味する内容はなかった。まんまと騙された。


(いや、騙されてすらいない。自分が間抜けなだけだ)


 自身の理解不足と思慮不足に、短く悪態をつく。


「……くそ」


 こういう部分が、自分の駄目なところだ。御堂は自戒をするつもりで、自身の額を一度、拳で強く叩いた。薄い痛みと共に、苛つき始めていた思考が、僅かにだが晴れた。

 このような失態を繰り返すようでは、元の世界へ帰るなど、できるはずもない。


(しかしあの娘、こちらが思っている以上の人物だな)


 ラジュリィ・ケントシィ・イセカー。自分を庇護する領主の娘にして、この領へとやってくる切っ掛けになった少女。彼女について、改めて考えてみる必要があると思った。


 これまで接した限り、年相応の幼さが見られるが、それは表向きのように感じられた。実のところでは、思慮深く狡猾で、正しく貴族という思考をしている。実年齢より大人びていると思える部分が見えたことも、間々あった。


(貴族と見れば、かなりの傑物に入るだろうな)


 民に愛され、才能に溢れ、計算高い。もし、御堂が彼女とまったく関係ない第三者だったならば、素直に高評価できる逸材だろう。


 彼女を個人の人間として見たら、将来有望の素敵な美少女だと、御堂でも思える。もしも御堂があと五か六ほど若ければ、憧れか恋愛感情でも持ったかもしれない。


 だが、その少女が自分の目的を阻害する立場にあるとなれば、話は変わる。極端な言い方をすれば、ラジュリィは御堂にとって、厄介な敵だ。打ち倒すという意味ではなく、なんとかして撒かなければならない、そういう類の敵だ。


(そもそも、何故、俺の邪魔をするんだ。あの娘は)


 御堂が思い浮かべられる理由は至極単純。御堂とネメスィを、その手中に収めたいからだろう。武力を持った授け人というだけで、利用価値は充分あると御堂は見た。だが、一瞬だけ、年若い少女の恋心、というワードが脳裏に浮かんだ。けれども、


(彼女も貴族の娘だ。そんな私情で動かないだろう。それに、思い上がりも甚だしい)


 その可能性を、御堂はばっさりと切り捨てた。それならばなおさら、このままここに居たら、戦争や政治の便利な道具扱いされかねない。そんな不安が出てくる。タイムリミットが迫ってきているように感じられて、余計に焦りがつのる。


(いっそのこと、逃げるか?)


 城からの逃亡、これは今のタイミングなら簡単だ。城の兵は、もう御堂を特別に警戒していないように思える。何より、ネメスィに乗れさえすれば、武力で止められる者などいない。


 親しくなった人々と、そのようにして別れるのは、御堂も少し、後ろ髪を引かれる思いがある。だが、これ以上そうなってしまうと、本格的に帰れなくなってしまう。御堂には、帰りたい明確な理由がある。それを犠牲にしてまでここに残る義理はない。


(それが最良の気がしてきたな……)


 逃げ出すための具体的な案を考え始めたのと同時に、部屋の扉がノックされた。

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