1.3.8 稽古
朝になり身支度を整えた御堂は、ローネから昨日模擬戦をした平原でファルベスが待っている旨を聞いた。早速、ネメスィが駐機してある中庭へ行く。そして機体に乗り込むために装甲を登ろうとする。その時、
「授け人殿! これから教練ですか!」
中庭にやってきた若い警備の兵が、御堂に気付いて気さくに声をかけてきた。最初にここに来たときとは、随分と待遇も変化したものだと思える。それが、この世界に馴染んできてしまっていることの裏付けであることを自覚しながらも、御堂はすぐに返事を返した。
「ああ、そう約束してしまったからな……何故知ってる」
「ファルベスの奴が言い散らしているんですよ、よっぽど嬉しいんでしょうね」
「あのファルベスが?」
御堂の知る彼女は、そういうことをするタイプではないと思っていた。そこら辺は、年相応の子供ということなのかもしれない。元服が十四歳の世界でも、地球人と年の取り方は一緒だろう。精神の成熟さ加減も、それと同様のはずだ。
「皆、平原で待っていますから、お早く向かわれた方が良いかと!」
「お前が俺の足を止めさせたんだろう!」
「これは失敬、失礼しました、授け人殿!」
たわいもない会話をしてから、御堂はネメスィのコクピットに滑り込み、起動手順を素早く済ませる。そして、機体を立ち上がらせた時、気付いた。
(皆というと、まるで複数人いるようじゃないか)
また見物客でもいるのかもしれない。御堂はまたやり難くなりそうだと予想して、辟易としたように息を吐いた。
***
平原に来ると、御堂の予想が半分正解で、半分外れだったことがわかった。技術指南がやり難くなるのは間違いなかったが、それは見物の人がいるからではなかった。周囲に生身の人間は誰もいない。では、何故そうなのかと言うと、
「……これはどういうことなんだ、ファルベス」
ネメスィで向かった平原には、ファルベスのウクリェの他に、それと同型の魔道鎧が四機、直立姿勢で待っていたのだ。
『他の術者にもこの話をしたら、皆もミドール殿に是非に技を教えてほしいって言い出したのよ。ムカラド様も、お認めになられているわ。そういうことだから』
『よろしくお願いします! 授け人殿!』
大きな声で挨拶をして、四機のウクリェが同時に礼をしてみせる。御堂は、自分の口元が引きつるのを感じた。生徒が増えることなど、全く想定していなかった。
「俺の意思が介入する余地はないのか……」
御堂の思考をトレースしたネメスィが、空を仰ぐように頭部へ片手を添えた。嘆いているポーズだった。機体を操るための受信指数が高い故にできる、器用な芸当である。
『駄目かしら……』
心情を機体で表した御堂に、ファルベスが不安そうな声を出した。断られるのではと思ったらしい。御堂は溜息を悟られないように気をつけた。彼女を安心させるように、出来るだけ優しい声音で言う。
「いや……一人が五人になったところで、教えることは変わらないし、それにこれは領主からの命令でもあるということになるだろう。それを断る権利は、俺にはない」
『それじゃあ!』
「ああ、全員まとめて面倒を見よう」
それを聞いて、ウクリェの操縦者たちは、機体の腕を振り上げたり、小躍りさせたりして、機体で喜びを表した。随分と器用だな、と御堂は変に関心してしまった。少しラジュリィから聞いた話では、魔道鎧も搭乗者の意思をくみ取って動作するらしい。AMWと操縦方法の差異はそこまでないと見ていた。
(それにしては、随分とダイレクトに思考を拾い上げるんだな)
AMWの脳波制御は、意識してやらない限り、機体側から搭乗者の思考が取捨選択される。でなければ危険極まりないからだ。それが行える電子制御技術という工学的要素で制御するAMWと、魔法と言う、意思や感情で左右される不可思議なもので制御する魔道鎧との違いの現れなのかもしれない。御堂はそう推測した。
『それでミドール殿、何を教えてくれるの? あの柔術?』
「そうだ。異世界人の俺が剣の戦い方を教えてもしょうがないからな。それで良いだろう」
『ええ、勿論!』
それから、御堂による人型機動兵器による柔術についての指南が始まった。まずは手本だと言って、適当に選んだウクリェの一体を、ネメスィの前に立たせる。距離は二十メートル。向かい合う形だ。ウクリェの方は木剣を持っている。
「一つ、武器を持った相手への対処法を見せる。君、名前は」
『ラオです。授け人殿』
「よし、ラオ。俺に一撃入れるつもりで打ってきてみろ。本気でいい」
『良いのですか?』
「やってくれないと、手本を見せられないだろう」
ラオ、若い男の術者は少し戸惑った。訓練とは言えど、本気で打ち込んで良いのだろうか。だが、授け人である御堂がそういうので、木剣を上段に構えた。昨日のファルベスとの模擬戦はラオも見ていたので、御堂の実力の程はよくわかっているつもりだった。
同時に、若さ故の欲が湧いてきた。ここで見事、御堂に一撃を入れられれば、仲間から賞賛されるかもしれないし、力が誇示できるかもしれない。
『えやっー!!』
なので、ラオは合図もせず、手加減を一切考えず、本気で機体を突っ込ませた。AMWより鈍いと言っても、高さ八メートルある巨人である。二十メートルの距離はすぐに縮まり、無防備に見えるネメスィへ目掛けて、木剣が振り下ろされた。
「ふっ!」
対し、御堂は小さく気合を入れて対応した。まず、振り下ろされた腕に両指を組ませた両腕を向かわせる。狙うは相手の上腕部。これに自身の上腕部をぶつける。ぶつけられた方は、剣の軌道が完全に横へと逸れていったことに気付かされた。
だが、それを引くよりも御堂がする動きの方が早い。組んだ腕を外すと、相手に抱き着くかのように近づいて、実際に胴体を抱えるように腕を回した。相手が武器を持っている腕、これは右腕なので、御堂から見て左側へと相手を強引に振る。
これだけでは、重量が上のウクリェを転ばすことはできない。同時に右足を相手の両脚の間へと差し入れ、思いきり払った。一本足の体勢にされた魔導鎧をラオは制御することができない。結果、引っ張られるまま、背中から地面に転がされた。
『うっ?!』
呻きながらも、すぐに姿勢を起こそうとするラオのウクリェ。その首元に稼働していない光分子カッターの矛先が突き付けられて、ラオは額にどっと冷や汗を浮かべた。これが実戦で、相手が授け人ではなく敵だったら、自分は死んでいる。そのことを悟ったのだ。
「これが素手で剣を持った相手を無力化する際の技、その一つだ。もしナイフなどの小刀があれば、倒れた相手に素早く刺す。これで殺すまで持っていける。武器を奪っても良い。倒れた相手は無防備だ」
『お、お見事です、授け人殿……完敗です』
「勝負じゃないんだ。勝ち負けなどないさ」
ラオの鎧に手を貸して起き上がらせると、並んでいる他の生徒に視線を向ける。どれも、リアクションが薄く、ぽかんと呆けているようだった。
「見逃したか? それならもう一度やるが……」
『いえ、そうじゃないのよ。動きが凄く速かったのもあるのだけれど、素手で剣を持つ相手をどうにかできるのは、魔導鎧でも生身でも、魔術を操れる者しかいないというのが、常識だったから……先日の模擬戦があっても、こうして見せつけられるとね』
「ああ、なるほどな」
だから素手による護身術、制圧術が未発達なのだと、御堂は理解した。ついでに、この鎧を操れる人間は全員、魔術が行使できるのだろうかと興味が湧いた。
「ファルベス、君も魔法が使えるのか?」
『ええ、魔術師たるもの、魔導鎧を触媒にして魔術を使うことができるわ』
「それは無限に使えるのか?」
『だったらいいんだけど、私は四発が限界ね。それ以上は身体がもたないの。皆は平均で二発くらい』
「なるほど、では戦場で、剣が折れて魔術も尽きたら、どう戦うんだ?」
御堂がさり気なくした質問にファルベスも、周囲のウクリェ乗りも、困惑したように顔を見合わせた。そんなことは想定もしていなかったようである。御堂はなんだか、この領地の防衛戦力が心配になってしまった。
『……武器や魔術が無くなったら、潔く死を選ぶしかない。私の屍を仲間が超えて、敵を倒してくれると信じてね』
そう言うファルベスの言葉には、あまり実感が篭っていなかった。ただ教科書にそう書いてあるから、その通りに話した。そんな感じだ。御堂は呆れそうになった。合理的な国防の方法と、騎士道精神が噛み合っていない。
「……俺の国ではな、例え武器を無くしてでも、地を這いずってでも、敵は必ずそこで倒すことが最重要とされていた。何故かわかるか?」
唐突に身の上話を切り出した御堂に、生徒たちはまた顔を見合わせて、わからないと機体の首を振らせた。
「俺たち兵士が負けて殺されたら、その次に殺されるのは無防備な民だからだ。それを防ぐことが兵士としての信条なのに、手札が無くなったら諦めるなんて言うのは、間違っていると思わないか?」
『それは……』
『確かに、そうかも知れませんが……』
戸惑う生徒たちを見て、御堂は異世界人と地球人、日本人の国防意識の違いを感じ取っていた。中世的な価値観で言えば、民を守る優先順位が低いかもしれない。騎士としてのプライドが何より優先だと言われても、おかしくないのだ。
「俺には騎士の精神などがわからない。だが、領地を守ることが己の使命だと思うなら、覚えておいてくれ、自分たちが負けたら、その次は民が犠牲になるということを……部外者の俺が言うのも、おかしな話だがな」
最後に苦笑した御堂につられて笑う者は、そこにはいなかった。




