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1.3.5 模擬戦

 翌日の昼頃。御堂はネメスィに乗って、城と城壁の間にある平原にやってきていた。

 その対面、ネメスィから三十メートルほど離れたところに、茶色で丸っこい魔道鎧、ウクリェが立っている。その腕には長さ五メートル程の両刃剣を模した木剣が握られている。


「どうして、承諾してしまったんだか……模擬戦なんて」


 今更になって、御堂は自分の判断を後悔し始めていた。その理由の一つが、ネメスィとウクリェの周囲にいる兵士たちである。彼らは、この城でも知られた若き秀才であるファルベスと、バルバドを倒した御堂が戦うと聞いて、見物しに集まってきたのだ。


 結構な人数が人垣を作っている。どうやら、少しでも暇がある者は、一目でもこの戦いを見ようと足を運んだらしい。


 城の方に頭部カメラを向けると、そこにも見物客がいた。その中に、相手の父親にして、この兵士たちのまとめ役であるはずのオーランの姿まで見つけた。御堂は溜め息を吐く。


「それで良いのか、兵士長……娘が心配なのか?」


 独り言でそう訪ねるが、それが相手に聞こえるはずもない。

 ネメスィの頭部が再び前を向き、相手、ファルベスのウクリェを見据える。相手はすでに抜刀した剣を構えていて、やる気は充分に見えた。何故、彼女がここまで乗り気なのかを、御堂は推測する。


(彼女はラジュリィさんの騎士になりたいと言っていた。となると俺という存在は、まぁ、不愉快だろうな)


 長年かけて目指していた目標を、横から出てきた男に掻っ攫われる。それは面白くないだろう。御堂にもその気持ちは理解できた。御堂も、目標を達成する直前で、異世界への転移という形でそれを掻っ攫われた側の人間だ。ある意味、同じ境遇とも言えるかもしれない。


(さて、どう負けてあげようか)


 中世世界の騎士というものは、総じてプライドが高いと思える。なので、すぐに降参してみせるなどしたら、余計に怒らせてしまうだろう。


 それが後々に祟って、何か不都合が生じたりと影響があると困る。なので“良い勝負”を演出してから、負けてやる必要がある。御堂はその演出について考えていた。


 対して、ファルベスは自分の魔道鎧。改良機のため二等級に分類されるが、名前は元の鎧と同じであるウクリェの中。球形の中にある座席に尻を置いて、制御棒に両手をやっている彼女は、苛立ちを隠さない表情を浮かべていた。


 その球体の表面は、外の景色が透過しているように写っている。周囲の兵たちも正面にいる白い鎧も、鮮明に見えた。ファルベスはその相手を睨み付けた。


「私を舐めているの? 授け人は……!」


 御堂の推測通りにプライドが高い彼女は、それを傷付けられていた。何故ならば、


「魔道鎧での戦いで、剣が不要だと言うなんて」


 御堂に、木剣などの武器は要らないのかと聞いたら「この機体にそれは不要だ」などと言われたのだ。御堂に侮られていると思っても仕方が無い。ちなみに、御堂に悪気はない。


 剣術で戦うにしても“生身ならともかく”、ネメスィの装備は全て内蔵武器。そのため、手持ちで武器を扱うことがまずなかった。故に扱い慣れていないのである。しかし、ファルベスがそれを知る余地はない。


「……だけど、これは好機でもあるわ」


 ここに来た時、ファルベスはあまりこの模擬戦に乗り気ではなかった。ラジュリィからの命令が無ければ、授け人に関わろうとは思わなかった。それが何故、好機なのかと言えば単純な話である。


(ここで私がバルバドを倒した相手に勝てば、私の力をムカラド様やブルーロ様に認めてもらえるかもしれない。そうすれば……)


 ラジュリィの、愛しの姉様の騎士への近道になる。そう思って、模擬戦に挑むことにしたのだ。だが、御堂は自分を舐めきっているではないか。これは従騎士としては屈辱であった。武器を持たない相手に剣を向けることも、相手がそんなものは必要ないと言ってきたことも、どちらもだ。


「後悔させてやるわ……!」


 さて、ファルベスの怒りを買っているとは微塵も思っていない御堂は、ネメスィの足下に、ラジュリィが近づいてきたことに気付いた。頭部カメラを向ける。


『騎士ミドール! 負けないでくださいね! お力を存分に見せてください!』


「そうは言われましても……」


 色々な理由で、勝つ気はないし、力を発揮する気もないのだ。正直に言うわけにも行かないが、何か言っておこうと頭を回す。当たり障りのない台詞を言うことにした。


「相手は従騎士、自分では勝てるかどうか不安です。あまりご期待なさらないでください」


 それを聞いて、機体を見上げているラジュリィは少し不満そうになった。


『騎士ミドールは、戦意がないのですか?』


「……正直に申しますと、あまり」


『それでは、私と約束致しましょう!』


 突然、そんなことを言い出した。何? と疑問符を浮かべた御堂と、周囲にいる兵士たちへ聞こえるように、ラジュリィが大声で告げた。


『騎士ミドールが負けたら、その程度の力しかないということで、帰る手段を探しに行くのは諦める! というのはどうでしょうか!』


「なっ、それは」


『その代わり、この城の従騎士に勝てたら、その力を父上に認めさせることができます! 悪くない条件だと思いますよ!』


 そのラジュリィの言葉に反応したのは、御堂ではなく周囲にいるギャラリーの兵士たちであった。


『おお、ラジュリィ様も良いことを思いつきなさる!』


『授け人殿が負けることがあれば、この城に残ってくださる!』


『勝てば、ムカラド様が我らが恩人の授け人殿に褒美をくださるぞ!』


 本人は承諾もしていないのに、そのように勝手なことを言って盛り上がっている。御堂は、またやられた。とこめかみに手をやって呻いた。


(あの娘、言質を取るのが上手い……これは、負けるわけにはいかなくなってしまった)


 見物人がいなければ、最悪、無茶な約束など反故にすれば良いが、これだけの人数に聞かれてしまっては、そういうわけにはいかない。これらが全て、ラジュリィの策によって成されていることだと知ったら、御堂はおののいただろう。


「わかりました。全力を尽くさせていただきます」


『はい、応援していますよ、騎士ミドール!』


 笑顔でラジュリィは人垣の方へと戻って行った。その後ろ姿を見送り、御堂は先ほどまで頭に描いていたプランを白紙に戻した。負けるわけにはいかなくなってしまった。


(逆に考えれば、勝てば悠々と帰るために動けるということだ。デメリットばかりではない)


 御堂はそう考えることにした。しかし、それは少し違う。ラジュリィは、ムカラドが力を認めるだろうと言ったが、それだけだ。誰も「帰るための活動を認める」とは言っていない。勝ち負けに関わらず、ラジュリィに損はなく、御堂に得はなかった。


(それに、この世界で従騎士になるほどの兵士の腕前は、外に行くにしても知っておくべきだな)


 そのことにまだ気付いていない御堂はそう理由をつけて、モチベーションを湧かせた。


『では、両者、準備は良いですね!』


 人垣の中央に立ったラジュリィが片手を上げた。前傾姿勢を取るウクリェと、自然体で直立しているネメスィ。両者を見て数瞬、間を置いた。


『始めっ!』


 その小さい手が振り下ろされる。直後、ウクリェが真っ直ぐに突進を仕掛けた。


『いくわよっ、授け人!』


 突進と言っても、AMWによる高機動戦闘に慣れている御堂からすれば、それはあまりに遅かった。故に、回避も容易かった。木剣を突き刺すように構えてきたウクリェを、ぶつかる直前で横に数歩引いただけでいなす。


 勢いの乗ったウクリェが、足を捻って方向転換する。流石に人型兵器としての特徴はAMWと変わらない。その旋回速度は速い。身をひるがえした丸っこい巨人が、木剣を横薙ぎに振るう。


「おっと」


 だが、御堂はそれをまた二歩ほど身を引いてその軌道から機体を外す。追撃に下からの振り上げが来るのを、横に動いただけで避ける。

 ファルベスの攻撃の手は緩まない。上段からの振り下ろし、薙ぎ、突き。だがいずれも、ネメスィの装甲をぎりぎり掠めるだけで、当たらない。


『何故、反撃してこないの!』


 苛立ったファルベスが言いながら、木剣を振り回す。観客は「いけいけ!」「攻めろファルベス!」などと囃し立てる。それに応えるように、ウクリェはがむしゃらとも取れるように斬撃を繰り出している。

 だが、攻撃を避けられても仕切り直さずに、ひたすらに攻撃を続けるウクリェは、御堂から見れば隙だらけだ。


 相手に反撃を許さず、攻勢を崩さないという方向で見れば、評価できなくもない。だが、それをするには相手が悪すぎる。そのことに気付けていない時点で、まだまだ未熟だと見えた。


(この世界における剣術とは、この程度なのか?)


 御堂は少し拍子抜けした。御堂の知っている、自衛官でもあり剣術家でもある女性の技は、これとは比べものにならないほどに凄まじかった。その先入観があって、御堂は余計に白けた。


『このっ!』


 しかし、十五歳の少女に、あれと同レベルの技を期待するのは酷というものだろう。御堂は、若くして従騎士に抜擢される人材の強さが良く理解できたので、締めに入ることにした。


(終わらせるか)


 ファルベスの十手目の攻撃を躱したのと同時に、ネメスィが相手の懐へ大きく踏み込んだ。


『えっ?!』


 突然、攻勢に出てきた相手に驚くファルベス。構わず、御堂は伸びきった相手の腕を掴み上げ、足を払った。前方へ勢いがついていたのもあって、ウクリェは簡単に姿勢を崩した。そのまま、掴んだ腕を引っ張り、相手の全体を縦に半回転させた。


 乗り手の従騎士は悲鳴すらあげられなかった。上下が反対になった魔道鎧は、重力に従って後頭部から地面に落下した。ウクリェは土と草を巻き上げて倒れて、動かなくなった。


「……搭乗者の安全は機構的に保障されていると、事前に聞いていたが」


 ぴくりとも動かない魔道鎧を見下ろして、御堂は少しやり過ぎたかもしれないと反省した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 御堂はさっさと見切りつけてどっか行ったほうが良いと思うわ
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