1.3.1 小さな従騎士
御堂は結局、答えを出せないまま朝を迎えた。この部屋特有の、薄らとする石材の匂いで、御堂の意識は覚醒する。
また、あの夢を見た。教官たちの夢だ。上半身を起こし、頭を掻き毟った。短く整えていた髪が乱れる。それでも、迷いを打ち消したかった。
「俺は帰る、帰るんだ……日本へ」
自分に言い聞かせるつもりで呟く。しかし、昨晩の話が頭から離れない。歴史上で元の世界、地球へと帰れた授け人はいない。領主はそう言った。それが事実なら、御堂がしようとしている努力は無駄だということになってしまう。
嘘だと思いたい気持ちもあったが、あの目をした領主が偽るとは到底、思えなかった。それが余計に、御堂の心をささくれ立たせた。
「くそっ……迷ってばかりでは、この先どうなるか……」
言い方を悪くすれば、ここは異邦の地で、敵地なのだ。完全な味方と呼べるのは己自身しかなく、周囲には御堂を利用しようとする者しかいない。ラジュリィ、あの娘のことさえ、そう思えた。
「皆、俺の力が、ネメスィが欲しいだけなんだ……そのことを忘れるな、御堂 るい」
あれは決して、この世界に授けて良いものではない。叶うならば、自分の死亡をトリガーにした自爆装置でもついていたら良かったのにと思うくらいだ。しかし、人命優先で設計されたあの機体に、そんなものは用意されていない。
「ミドール様。起きていらっしゃいますか?」
扉の向こうから、自分のお付き従者であるローネの声がした。
「……ああ、起きているよ」
御堂は、刺々しくなった心境を隠すように、穏やかな口調を心がけた。相手が従者だからというわけではない。心を許しているわけではない。今は敵対すべきでないから、建前の仮面を作る。見抜かれていても構わない。その行為自体が、意思を伝える一つの手段になっているのだ。
「ラジュリィ様がお待ちですので、支度されましたら、中庭までお越しください」
彼女がそれに気づいた様子はない。ローネは本来、御堂につきっきりでいることが役目だったのだが、御堂の固辞によってそうはならなかぅた。今では、半分はラジュリィの従者で、半分は御堂の世話役である。
負担を掛けて申し訳ないと言ったら、御堂が叱られてしまった。下の者の心配を客人がするものではないと言う。
「わかった。すぐに行く」
御堂の返事を受けて、ローネが立ち去る足音を確認する。そしてベッドから降りると、身支度を整えることを始める。機体から降ろした予備の野戦服と操縦服は、従者が綺麗に洗ってくれていたので、これには困らなかった。
***
城の中庭に、城主の娘であるラジュリィと従者のローネ、その二人に加え、もう一人の少女が、御堂を待っていた。その名をファルベス・アルベンと言う。
亜麻色の髪をボブカットに切り揃えたこの少女は、齢十五歳で従騎士、騎士の補助役に任命された才女である。普段はこの城の騎士であるブルーロに着いているが、今回はその主に許しを貰って、ここに来ていた。
その目的は、授け人である御堂 るい、通称ミドールである。率直に言ってしまえば、彼女からの彼に対する心象は悪い。
理由は複数ある。ラジュリィとファルベスは幼い頃から、遊び相手になっていた仲である。無論、領主の娘と兵士長の娘では、身分に開きがありすぎるので、対等というわけではない。
それでも、ラジュリィは今もファルベスを可愛い妹分として親しくしていて、ファルベスもラジュリィを「姉様」と呼んで慕っている。
そんな彼女は将来、ラジュリィの騎士になるために、弛まぬ努力を続けていた。その成果が、領主ムカラドからの、異例となる従騎士への叙任であった。
そこに現れたのが、御堂であった。ファルベスからして見れば、ぱっと出の男が自分の敬っているラジュリィに気に入られ、あまつさえ騎士にするなどと言われている。これを許せるかは別にして、黙って許容してみせるほど、彼女の精神は成熟していなかった。
主であるブルーロや父のオーランから御堂の話を聞いて、更に憤った。騎士に指名されるという名誉あることを、あの授け人は拒み続けているという。自分が努力してもまだ手に入れられない地位を、その男は無碍に扱っていると感じたのだ。
まだ御堂の顔を直接見たことがないファルベスは、なんとかブルーロにお願いをして、御堂の様子を探る機会を得たのだ。なおその主からは、
「お前はまだ幼さが残る。ミドール殿の姿勢を見て、少しでも学ぶのだ」
このように言われているが、彼女の頭にその言葉はもう残っていない。あるのは、御堂に対する強烈なライバル心と、敵愾心である。そんな相手から何かを学ぼうという気概が持てるような年齢ではなかった。
それが、彼女が剣術と魔術で優れていても、騎士になるには全く足りていないとムカラドから評されてしまう理由なのだが、それには気付けていない。
その彼女の前に、御堂が姿を現した。いつもの野戦服姿である。
(あれが、ラジュリィ様やムカラド様が認めている、授け人……?)
ファルベスはまずその身体付きを見て、拍子抜けした気持ちになった。それほどまでに強い男と言うのだから、筋骨隆々とした大男だと思っていたのだ。しかし、御堂のそれは、すらりとスリムで、無駄な筋肉はついていない。もし、彼女が地球の生物を知っていたら、豹のようだと感じただろう。
それから、その面構えを見て、ファルベスは呻いた。同時に、少しだけ、ラジュリィが御堂に熱を上げる理由を察してしまった。ラジュリィと武術一筋で、男に対して興味を持ったことのない彼女からしても、御堂 るいのルックスは評価せざるを得なかった。
(だ、だけど……見た目が良いだけでは)
騎士として求められるのは、優れた武功と品性である。どちらも揃っていなければ、御堂を大事な姉様の騎士として認められない……と思っていたのだが、前者に関しては、一人でラジュリィを賊から救い出し、バルバドを打ち倒してみせたということで証明されてしまっている。
(じゃ、じゃあ品性よね。強いだけでがさつな男に、姉様を任せるわけには……)
「騎士ミドール! 今日はどこへ行かれるのですか?」
「はい、先日の魔獣騒ぎで止まっていた作業を進めたいと、兵士長から伺っていますので、それに従したいと思います」
「ふふ、騎士ミドールは本当に働き者ですね。ねぇローネ、貴方もそう思うでしょう?」
「はい、ミドール様は、人のために尽くすことが大層お好きなようです」
「そういうわけではありませんが、人々を助け、守り、救う。それが“機士”の役目だと自負していますので」
「なっ……」
御堂がラジュリィに微笑みかけて口にしたその言葉は、ファルベスの胸を小さく打った。
(それが“騎士”として当然のことだと、素面で平然と言ってのけるなんて……もし、それが本心なのだとしたら……)
この男は、騎士としての立派な心構えを持っているということになる。ファルベスはそう理解してしまった。認めざるを得ない。ミドールと言うこの戦士は、強いだけでなく、品性も立派な正に騎士に相応しい人物なのかもしれないのだと、
「ぐ、ぐぬぬ……」
ファルベスは歯ぎしりした。自分の中で想像していた、力自慢だけが取り柄の男という人物像が粉々に打ち砕かれ、思っていたよりずっと立派な人物だということがわかったことが、ショックですらあった。
「あ、紹介が遅れました。この城の従騎士であるファルベス・アルベンです。ファル、こちらが話していた騎士ミドールです。挨拶を」
ファルと愛称で呼ばれて、彼女は苦々しい思いを隠そうと努めた。しかし、むすっとした表情は隠せていない。その態度と彼女の名前を聞いた御堂は深読みした。
「アルベン……? もしや、オーランの?」
「……はい、オーランは父です。授け人殿」
ぶっきらぼうに返すファルベスに、ローネが眉を顰めた。授け人である御堂に対して失礼ではないか、と言いたげだったが、それよりも先に御堂が頭を下げた。
「そうだったのか……いや、君の父には初対面で要らない恥をかかせてしまった。申し訳ない」
御堂は、彼女の父親に恥をかかせたことを、根に持たれていると思っていた。ファルベスからすれば、それも、御堂が気に入らない原因の一つである。
「もう、騎士ミドールはまだそのことを気にしてらしたのですか? あの件はもう終わったことではありませんか」
「いえ、しかし……」
「しかしも何もありません。もうこの話を出すのは禁止です。良いですね?」
「……わかりました。ラジュリィさん」
「ふふ、よろしいです」
早速、自分のことを蚊帳の外にして和気藹々とし始めた(ように見える)二人に、いや、御堂に、ファルベスは刺すような視線を向けた。それに気付いたローネが、こっそりと小声で釘を刺す。
「ファル。わかっているとは思いますが、ミドール様に無礼を働くことは……」
「……承知しています。ローネ姉様」
そう応えるファルベスだったが、ちっとも承知しているようには思えなくて、ローネは心配になった。




