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5.3.3 白い乱入者

 一触即発。どちらが先に動き出して乱闘が始まるか、周囲のエルフがそれを見守り、ボースハフが『かかれ』と言いかけた。そこに、両者の間に割って入る白い人物が現れた。


「……何を、しているのですか?」


 それは白い髪に紅い瞳の少女だった。それが昼間に会った少女だと気付いた御堂があっとなり、ボースハフも同様に驚く。


「つ、遣い殿……」


「この人は、私が面倒を見ると、言いました……それを、違えると?」


「い、いやいやそんなまさか! これはほんの余興ですぞ!」


「だったら、わかりますね?」


「もちろん、もちろんです! お、お前たちさっさと下がらんか!」


 慌てた様子で兵士に指示を出すボースハフを見て、この少女との関係性が薄らと見えてきた。その前に一つ、御堂はこちらを向いた少女に恭しく頭を下げた。兵士の腕を振り解いて解放されたトーラレルも隣で小さく礼をした。


「先ほどは失礼しました。まさか貴族の方だとは思わず、その上に助けていただきました」


「気にしないで、ください……私は、そのような立場では、ないので」


「しかし……」


 御堂からすれば、ボースハフよりも格が上だと取れる貴族を相手に無礼を働くわけにはいかなかった。トーラレルやイジン家に迷惑をかけてしまうからだ。

 故にしつこく食い下がろうとするが、「ん」と少女に指を突きつけられて口を止められてしまった。


「私が、良いと、言いました……聞き分けがないのは、嫌いです」


 こう言われてしまっては下がるしかない。また小さく目礼してから身を引く。それで良しとしたらしく、少女は満足そうに無表情のまま頷いた。


「それで、そちらは早く、接待に戻られては……?」


 まだこちらを見ていたボースハフへ一方的に提案した。された方は我に帰ったようになって冷や汗を拭きながらこくこくと首を振る。


「そ、そうさせていただきます、授け人のお相手をどうぞよろしく……」


 トーラレルの方を名残惜しそうに見ながらも、すごすご下がり貴族らの群れに戻るボースハフを一瞥して、少女はじっと御堂の顔を見やる。


「貴方は、授け人のミドール、というのですね? それで、そちらはイジン家の、トーラレルさん」


 尋ねる、というよりは確認を取るような口調だった。それに小さな違和感を覚えながらも、二人は素直に応じた。


「はい、帝国のイセカー領より参りました騎士のミドールと申します。以後お見知り置きを。こちらは自分が付き添いをさせていただいているトーラレル様です」


「ミドールの言う通り、僕がトーラレル・アシカガ・イジンだよ、恩人さん」


 自分に様付けをした御堂の横腹を肘で小突いてから、トーラレルはにこりと微笑み混じりの挨拶をした。そして色白の顔、自分と同じ笹長い耳を見る。


「共和国の貴族と見たけれど、初めて見る顔だね……恩人さんのお名前を伺ってもよろしいかな?」


 その問いに、少女は数秒考える様子を見せてから答えた。


「私は、リベル・クスィーです……祝福されし名は、ここでは、言えません」


 祝福されし名を言わない。御堂は少し妙だと感じたが、トーラレルは「無理強いはしないさ」と軽く流した。

 この世界において貴族が代々継いでいく名は全てが良いものではない。中には憚れるような名前も存在する。それを態々口にする者の方が少ない。


「リベル嬢には僕もミドールも助けられたよ、改めてありがとう」


「お気に、なさらず……」


 感謝に対して特に何とも思っていない様子の彼女は、要件は済んだとばかりに口を閉ざした。そのまま立ち去るかと思われたのだが、


「……あの」


「……何か?」


「いえ、何か御用でもありますでしょうか」


「特には、ないです」


 リベルは御堂の隣に来ると、そのまま直立不動で動かなくなってしまった。さり気なく数歩ほど横にずれてみると不動を解いて、一定距離を保ってすっと近づいてくる。


(どういうつもりなんだ?)


 不可思議な少女に少し困り顔になりつつ、更に動いてみる。が、またも同じ挙動で近づいて来て、腕をまわせば肩を組めそうな距離でまたぴたりと静止する。

 白と赤の少女はどうも、御堂の隣を確保したいらしかった。


(……懐かれたのか?)


 昼にパンを与えただけで貴族がこのような態度を取るものだろうか、怪訝そうな御堂に少女は目もくれない。

 ただ隣にいるだけで、御堂を視界に入れている様子もない。ただ前方をぼうっと見て、それでもまた御堂が動いてもそれに合わせて移動する。


(まるで猫だな)


「……ミドール、彼女に何かしたのかい?」


 側から見ると挙動不審な動きで前後左右に移動する二人のやり取りに何か感じるものがあったのか、トーラレルの声はやや不機嫌な声音になっていた。


「いや、昼間に少し話しただけなんだが……リベル様、やはり何か御用が?」


 名前を呼んでそう尋ねてみると、彼女はやっとまともな反応を示した。顔を御堂の方へ向けて、じっと何か言いたげな表情をする。


「……あの」


 相手側からのレスポンスがない。こう言った類の人を相手にしたことがない……わけでもないのだが、それでもほぼ初対面でやられると対応に困る。どうしたものかと後頭部に手をやると、ようやく彼女から言葉を発した。


「呼び方、それ、やめてください……様付け」


「呼び方ですか?」


「はい、もっと、気安く、してください」


 どうやら御堂からの接し方が気に食わなかったらしい。デジャブと呼ぶにしても何度か似たようなやり取りをしているなと思ってしまう。


「ですが、他国の貴族の方に対してそうするわけには」


「そちらの、トーラレルさんには、気安く、してます」


 言って、御堂を挟んで反対側に立つトーラレルの顔をまたじっと見る。御堂に向けている無表情より、睨みが混ざっている風にも取れたので、トーラレルも口をへの字にして「なんだい」と無言に返した。


「彼女と自分は、魔術学院で講師と学徒の間柄ですので……こう言った場でするには、あまり良くないかもしれませんが」


「僕とミドールの仲なんだから、別に気にしなくても良いんだよ。僕との仲だからね」


 強調しながら御堂の腕を取って見せる。同時に少し勝ち誇ったような微笑も忘れない。それを見たリベルの目がすっと細く鋭くなったが、御堂からは見えなかった。


「あの、二人とも……」


 見えずとも場の空気が重くなったことは察せたので、何か仲裁の言葉を言おうとするが、具体的な言葉が浮かばず失敗に終わった。


「……わかり、ました。講師と学徒なら、問題ないのですね?」


 再び御堂を見上げた少女の目が座っている。何やら意地子になっているようにも思えた。会ってすぐの相手だが、ここにきて初めて年相応なものを感じ取れた気がした。


「そうとも言えますが……」


「では、そうなります、私も、学院へ行きます、それなら問題、ないですね?」


「いや、そうすぐに行きますとできるものでもないのでは?」


「そうだよ、学院へ通うには手続きが必要だし、途中編入するなら試験だって必要になるよ」


 トーラレルの言う通り、魔術学院は公的機関であるため、そう簡単に学徒へなれる場所ではない。多少なりとも魔術の才が必須であるし、貴族と言えどもフリーパスで途中編入とも行かない。


 入学時期に学院の門戸を叩かなかった正当な理由がなければならないし、半端な時期から入っても周囲についていけるだけの能力があることを証明しなければならない。


 ラジュリィも途中編入で学院へ入ったが、彼女は由緒正しき貴族であるイセカー家の長女であるし、編入試験など片手間でクリアできている。


 これらの問題もあり、軽々しく学院へ入るとはできないのだが、


「それも、問題ありません、私は魔術が、得意ですので」


「いや、それだけの問題じゃ……」


 どうも良くわかっていないらしいリベルに呆れたトーラレルが何か付け加えようとするが、その前に彼女は「あ、いけません」と一方的に話題を打ち切って歩き出してしまった。


「私は、準備があるので、一度失礼、しますね……また、後ほど」


 そう告げて、リベルは止める間もなく貴族らのいる方へと向かい、人混みの中へと消えていった。


「……なんだったんだろう」


 気配も雰囲気も不思議な少女に、二人はなんとも言えない不思議な気分になったのだった。


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