5.3.2 手荒い歓迎
「トーラレル・アシカガ・イジン様、ご来場ー!」
二人が会場へ入るや否や、入り口に控えていた従者が声を張り上げた。広い会場に響いたそれに反応して、中にいた貴族たちが揃ってこちらを向いた。
トーラレルは自身へ向いた好奇の視線を飄々と受け流すようにさっと一礼し、それとは逆の値踏みと侮蔑が混ざった視線を受けた御堂は、さっと会場内にいる貴族を観測した。
(人数は、思っていたより多い……いや)
山盛りの料理や酒類が乗った複数の机の周囲には、机の数に比例するだけの着飾ったエルフがいた。半分は普通の貴族だと姿勢と立ち振る舞いからわかる。それとは違う人種が、この会場のもう半分を占めている。
(明らかに訓練を受けているらしいエルフが多い……護衛なのか、それとも荒事用の人員かは区別がつかないが)
腰に何かを携えていることが明らかな者だけで十数人。これら全てと周囲の警備兵が潜在的敵対勢力となると、流石の御堂も楽観はできない。
(元から容易いとは思っていなかったが、これが備えというわけか)
「ミドール、何かわかったの?」
御堂の出す空気が鋭いものになったことを察したのか、トーラレルが少し落ち着かない様子になっていた。これは良くないと気配を潜めて、「なんでもないさ」と返す。
「敵陣にいるからな、少しでも相手を良くみておこうと思ったんだ」
「ミドールらしいけど、あまりあからさまなのは良くないって母上が言っていたよ」
「そうだな」
「これはこれは! トーラレル様、ご機嫌麗しゅう!」
顔を寄せて話していた二人を牽制するように、男性の声が割って入ってきた。細身の中年くらいに見える男性と、それに付き添ってもう二人が貼り付けたような笑みを浮かべてやってきた。
「いやいや、久方ぶりにでもお美しいと言い直さなくてはならないですな、お召し物も良くお似合いで」
「……ありがとうございます」
「本当に母親譲りの美しさですな、ボースハフ殿も幸せ者だ」
「然り、羨ましいことですなぁ」
口々に勝手なことを言う貴族らに、トーラレルは隠すこともなく不快さを表すように鋭い視線を向けた。
「一応断っておきますが、私はラギュシ家と婚姻を結ぶつもりはありません」
「ですが、貴女はこの場にいらしたではありませんか」
「この舞踏会は婚姻とは無関係のはず、それにいざその真意を訪ねられたならば、拒否させていただくつもりです」
毅然とした態度で言い切る。が、相手三人は厭らしく子供のトーラレルを見下し嫌悪感が湧き出るような薄ら笑いをしている。
「ははぁ、ですがボースハフ殿は貴女を是非お迎えしたいと仰っておりますし、それを無碍とするのは……」
「同じ共和国貴族としてどうでしょうなぁ……?」
「先方から家同士を強めるための切っ掛けを与えられておいて、その言い草はよろしくないかと」
「だから、それは向こうから一方的に押し付けられたもので、我が家は元より応じるつもりは!」
「まぁまぁ落ち着いてくださいトーラレル様、ボースハフ様から真摯な言葉を受ければ、その気持ちも落ち着きましょうぞ」
「年頃ですからな、気恥ずかしさもあるのでしょうや」
「私の妻も素敵な男性を前にすると、素直になれんと言っておりましたなぁ」
もはや隠す気もなくトーラレルを子供扱いし、小娘が我が儘を言って駄々を捏ねているを諭しているつもりのような三人に、トーラレルが憤って声を荒げる数瞬早く、御堂が動いた。
「失礼、こちらのトーラレル様は、今回の場で双家がしている誤解を解くつもりでここにいらしているのです。そちらがご想像しているようなことでは決してありません」
トーラレルを背に回して隠すようにして、御堂が前に出た。後ろで大人しくしていただけの人間が口を挟んできて、三人はあからさまに不機嫌そうな顔色になった。
「なんだ貴様は、薄汚い人間がなぜここに?」
「自分は魔術学院で講師をしているミドールという者です。今回、トーラレル様の付き添いとして、イジン家より依頼されて参上しました」
「魔術学院の? はんっ、あそこも質が落ちたと聞いていたが、このような無礼な男が講師をしているとは……噂は本当のようだな」
「無礼で申し訳なく、しかし預かっている学徒に要らぬ誤解を被せるわけにも参りませんので」
「貴様……我々の言葉に過ちがあると言うのか」
「いや待て、ミドールという名、どこかで……」
そこで一人がふとミドールという単語に引っ掛かりを覚え、「あっ!」と気付いた。
「この男、学院で我らが息子らを生意気にも小突いたと言うあのミドールでは?!」
「なっ、こいつが!」
どうやら、いつぞや御堂が叩き伏せたエルフの学徒の関係者がいたようだった。会話を聞いていたらしい周囲の貴族らも驚きを隠せず、ざわりと動揺が走った。
それから顔を不快さから怒り色に変えた三人が敵意を剥き出しに睨むが、御堂は顔色一つ変えない。
「たかが人間が、それも魔無しがエルフに楯突いたなど……万死に値する行為だぞ!」
「それにつきましては、自分も講師という立場故に学徒を嗜める義務もありますので、ご容赦いただければと」
「講師だ学徒だなど関係ないわ!」
「身分を弁えろと言っているのだ!」
「ですが、学院においては貴族ではなくただの学徒と講師の関係であれと、学院長より命じられておりますので」
「貴様……!」
一見すると貴族の言葉を聞いてきちんと返答しているようで、その実一切聞いていない態度を取る御堂に、三人は我慢ならないと怒鳴り散らした。
「口の減らない奴が、それ以上薄汚い口を開くならばっ!」
「いっそここで……!」
遂には“何もないはずの腰”へ手をやって何かを取り出そうとする貴族もいて、御堂はそれで確信を得た。これを確認するのと、早々なる撤退の機会を作るために挑発したのだ。
(どうやら、丸腰にされようとしたのはこちらだけのようだな)
従者によるボディチェックは他の貴族には行われていないらしい。つまり、この場で真に無防備なのはトーラレルだけである。本来ならば御堂もそうされていたのだろうが、肝心なところで驕りが生じて武装を許している辺り、なんとも詰めが甘い。
「これが備えだとするなら……杜撰が過ぎる」
口の中で呟いて、いきり立っている貴族の出方を伺う。今にも服の裏から短杖でも取り出しそうな三人。成人のエルフを相手取ったことはないが、この距離でこの人数、それも冷静さを失っているならば数秒もいらずに突破できる。
(先に杖を抜かせれば、それを理由に話を折ることもできなくないはずだ)
さあどう出る。すぐに動けるようにつま先の位置を整えた御堂に、一人が短杖を振り抜こうとした。そのときだった。
「皆様、お待たせいたしましたな!」
会場の奥から声が響いて、だんっと鈍器を叩きつける音が鳴った。場にいる全員がそちらを見ると、主催者であるボースハフがやってきたところだった。
騒ぎを起こしている御堂らを見つけると、下卑た笑みを浮かべたまま近づいてくる。傍らに、数名の革鎧をつけた兵士を連れて。
「ミドール……!」
その様子だけで、すでに相手の目的を察知したらしいトーラレルが不安そうに御堂の名を呼ぶ。御堂は返事をしないが、その代わりに安心しろとばかりに彼女の背中を軽く叩いた。
二人の前にきたボースハフは脂汗をかいた顔面に笑みを浮かべ、媚びるような目をトーラレルに向けた。その中に肢体を舐るような物も感じられ、少女は身震いを堪えた。
「トーラレル嬢、よくいらしてくださいましたな! これは貴女の御心もついに決まったと見て良いので?」
「お生憎様ですが、私も我が家もそちらに靡くつもりは一切ありません。それを告げに来たようなものです」
「ほっほ、そのようなことを仰らずに、こちらへ来て共に食事などいかがですかな?」
「くどいようですが、それに応じるつもりはっ」
「……なるほど、それでは致し方ありませんな」
ボースハフがそう言って下がると、傍に控えていた兵士が一斉に動いた。ざっと二人の周囲を、正しくは御堂を囲む。そしてすぐさまに腰の短杖を振り抜くと、全員が御堂の首元へその矛先を向けた。
慌てて静止しようとしたトーラレルが背後に来た兵士に捕まり、強引に引き剥がされる。
「な、なにを!」
「なぁに、貴女を誑かしている魔無しを始末する他ない、そう思いましてな?」
ここに来て早々に、相手が強硬手段を取ってきた。これは露骨にも程があると、御堂は呆れすら感じた。さり気無い動作でジャケットの裏へすぐ手が出せるように姿勢を整える。




