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5.3.1 舞踏会の戦場へ

 舞踏会当日の早朝。ネメスィが梱包されたコンテナの前で、御堂は会場で行う段取りを確認していた。


「ネメスィを出すのは催しの時だけで、それ以外は待機させておいた方がいいんだな」


「はい、基本的に授け人様にはトーラレル様のお側についていただいて、必要な時のみ魔導鎧などに行っていただければと」


 確認を取られたイジン家の従者が頷いて肯定した。

 表向き、本来はトーラレルと共に他家の催しに招待されるという扱いなので、兵器であるネメスィ他魔導鎧は箱詰めにされた状態で運び込まれる。流石に、乗ったまま会場入りするわけにはいかない。


「武器類の持ち込みも当然成りませんが、小刀程度であれば懐に入れられましょう」


「それも聞いているが、なんとも警備が緩いことだな」


「魔術が扱える大きさの杖程度しか警戒されないのです。杖を持った警備の兵に短刀の一本や二本で挑む愚か者はいませんから」


「それもそうだな」


 自分がその『短刀のみで魔術師を制圧できる人間』であることは出さず、同意して懐に手をやって感触を確かめる。


 ジャケットの裏にいつものコンバットナイフ、衣服の裏からすぐ取り出せる位置に投げナイフを数本隠していた。大人数を相手取るには心許ないが、数人の警備員を正面突破するくらいなら問題ない。


 全長二十センチ以上の刃物は咎められるのではないかと気になって尋ねたが、短杖など僅かな魔素が宿っているものでなければ、まず気付かれないとのことだった。


(魔術に特化しているからこその死角というわけだな)


 帝国だったならばそうはいかなかっただろう。そこに国による武器文化の違いを色濃く感じた。


「向こうに到着するのは夕刻になりますので、それまでは馬車にお乗りいただきます」


「道中の移動を魔導鎧で、とはいかないものな」


「左様でございます。先方に余計な警戒心を持たれますし」


「何より梱包が面倒だものな」


「その通りです」


 それからしばらく従者と打ち合わせを行い、駆竜が引く馬車へ乗り込む。帝国で見るのとは少し姿形が異なる竜を物珍しいと見ていると、しばらくしてトーラレルもやってきた。


「お待たせしたねミドール」


 馬車のドアを開けて乗り込んできた彼女は舞踏会に招かれるに相応しいドレス姿だった。自然な流れで自身の隣に腰掛けた彼女を見て、御堂はこの娘もきちんとした貴族令嬢であることを再認識させられた。


「待ってはいないさ、そちらの用意は終わったのか?」


「うん、と言っても僕は少し着飾るだけだから、準備することもほとんどなかったけれどね」


 そう言うトーラレルの姿は学院で見るのとはまた違った印象を御堂に与えた。


 彼女が着ているドレスはシンプルな意匠をしていた。すらりとしている体に合わせてか、無用に派手な飾りはつけず、体のラインを損なわないように僅かに小さな飾りを散らばめているだけで、丈の長すぎない生地に淡い緑色がよく映えていた。


「随分と気合を入れた服装をしたな」


「ふふ、本当は軍服で行ってやろうと思ってたんだけど、あんまりあからさまだとよくないって母上に言われてね」


「それで逆に、というわけか」


「そういうことさ……らしくないかな?」


 訪ねてきたので、当然のように首を振って否定する。


「元からトーラレルにはそう言った服装が似合うと思っていた。一人の可憐な少女には違いないのだからな」


 あまりにキザっぽいことを言うので、トーラレルは一瞬ぽかんとして、次に照れ臭さで俯き、合わせた指をもじもじと動かした。素っ気なく返されると思っていたので尚更である。


 だが、隣からくっくと笑いを堪える声が聞こえたので、すぐ我に返った。


「……ミドール、からかっているね?」


「気付かれたか」


 もう、と肩を軽く叩いて怒りを表明する。すまないと苦笑いしながら謝罪されて、トーラレルは、緊張していた気が解された自分がいることに気付いた。


 御堂はトーラレルの仕草が固く、丸腰で敵地に乗り込むことへの緊張に苛まれていると気付いていたのだ。だから、冗談の一つでもやってみせて少女の気を紛らわそうとした。


「……そういうところ、ずるいと思うな」


「大人というのは存外ずるいものだ。これから相手取る敵もそうだしな」


「あれとミドールを同一視はとてもできないから、それは否定させてもらおうかな」


「そうは言うが、俺だって聖人君子ではないぞ」


「良いも悪いも引っくるめて、私はミドールという大人はあれと違うと断言するよ」


 自分の顔を真っ直ぐ見据えてそんなことを言われ、御堂も少し照れ臭くなった。頬を指で掻いてから、「あまり持ち上げないでくれ」そう頼んだ。


「俺だって照れ臭くはなるんだ、あまりからかわないでくれ」


「さっきのお返しだよ、それにこれは本心だからね。それともミドールは、自分があれと同じ類の小賢しい人間だと自称するのかな?」


「ふむ……」


 ではどう答えるべきか、そう御堂が考え出したので今度はトーラレルが小さく笑った。

 二人きりでこうして話すだけでも楽しい。これから戦場に出向くことになる少女にとって、この馬車の中はこれ以上なくリラックスできる空間だった。


 しばらくして馬車が走り出し、和やかな雰囲気を保ったまま、一団はボースハフの治めるラギュシ領へと向かうのだった。


 ***


 道中で休憩を挟みながらついたラギュシ家は、当主の性格が滲み出ているかのように悪趣味であった。

 夕暮れの日を浴びるその屋敷は派手というよりもケバケバしさを感じさせるような装飾が施され、ちょうどトーラレルの着ているドレスと対極的なデザインとなっていた。


「無駄に金色が多いが、共和国のエルフはこういった装飾を好むのか?」


「同じ共和国の貴族として言うけれど、違うからね」


 初めてみた建築物に呆れるトーラレルと、以前一悶着があった賭博場を思い出していた御堂の二人は馬車から降りる。それからすぐにやってきたラギュシ家の従者に連れられて、舞踏会の会場である屋敷へと向かった。


(イジン家のような城になっていないのは、貴族としての役割の違いからか)


 ラギュシ家があるのは国境より奥まった位置にある土地であるため、外敵を警戒する必要がないということだろう。それにしても無警戒にも見える防備なのは、当主の心理状態が表れているのか、あるいは、


(不足の事態があっても問題がない“何か”が用意されているかもしれないな)


 あの当主がそこまで頭が回るとは思いたくないが、ああ言った手合いの人物ほど小狡い手段の知見がある。でなければイジン家に匹敵する規模の家にすることなどできていないだろう。


 敵を過小評価するのは愚か者がすることだ。御堂は警戒の意を引き締め、派手な壺や絵、甲冑が居並ぶ廊下を進んでいく。


 長い廊下を歩き、両開きの扉の前に来たところで従者が「お客様、今一度服装を改めさせていただきたく」と待機していた警備の兵を呼んだ。


 その兵士が手にした短杖を抜き、トーラレルの全身に杖を向けて何かを調べていた。魔素の流れとやらを確認しているらしい。十秒ほどでそれは終わって、次に自分の番かと御堂が前に出ようとしたが、兵はさっさと元の位置へ戻ってしまった。


「そちらのお客様は結構でございます」


「いいのか?」


「はい、“魔無し”の人間が何を持ち込んだところで、なんの問題もありませんので」


「なっ?!」


 従者は小さく礼をしながらも、ストレートに御堂を侮蔑してきた。突然の物言いに瞬間沸騰したトーラレルが息を荒げようとするが、


「なるほど、魔術師が集まっている場ではそれも道理だな」


 先じたミドールがあっさりと流してしまう。虚を突かれたようになった従者は少し驚いた様子を見せてから、今度は深く頭を下げた。


「……ご理解いただき、ありがとうございます」


 ご理解、の意味を察している御堂は「気にするな」とだけ返した。だがトーラレルは意図がわからないのでまだ憤っている。


「ミドール!」


 それも指を口もとにやって静止されたので、不満そうにしながらもトーラレルはひとまず矛を収めた。それでも従者を睨むのは止めない。


「このくらいのことはいいさ、中に入っても?」


「はい、どうぞごゆるりと」


 この程度の挑発、ジャブにもならない。従者を使って嫌がらせを仕掛けてくるボースハフの肝の小ささを内心で小馬鹿にしながら、御堂は舞踏会へと足を踏み入れた。

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