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5.2.6 悪徳貴族への対策案

 翌日の朝。広い食堂で御堂はレジンスと二人きりとなっていた。他の家族はすでに退室している。


「さて、トーラレルがずっと不機嫌な件についてだが、ミドールは何か知らんか?」


「自分にはさっぱり見当もつきません」


「そうか、てっきりうちのトーラレルがミドールと同衾したのに、全く手を出されなかったどころか意識すらされなかったことで気を損ねているのかと思ったが、見当違いだったようだな」


「そのようなこと、あるはずもございません」


 イジン家で三度目となる食事を終えた御堂は、朝食後すぐレジンスに捕まっていた。朝からずっと機嫌が悪い娘について尋ねてきたが、その口振りからして、昨晩トーラレルが御堂に夜這いをかけたことは把握していないらしい。


(それにしては随分と勘が鋭いが……偶然か)


「これについてはあとで直接トーラレルに聞けば良いか」


「いえ、失礼ながら女性には女性なりに調子を崩す日もあると聞きます。それを男からあれこれ聞き出すのは、いささかよろしくないかと」


「む……確かにそうかもしれんな」


 なんとかレジンスに娘と添い寝した件を知られないように誘導する御堂は、


「それよりも、明日にどう動くべきかを確認したいのですが」


 と話題を更にずらした。レジンスも「そうだったそうだった」と先までの話題を忘れたかのように話に乗った。


「舞踏会が明日に迫ったわけだが、具体的な打ち合わせもまだであったな、授け人を家に招いたことで浮かれておったわ」


 失敗失敗、苦笑いしつつ自身の頭を叩いたイジン家当主は「さて」と真面目な空気をまとった。


「舞踏会の名目は我が家と主催者の家の交友関係を示すための場となっている。こちらにはそんな気は毛頭ないが、向こうはそう吹聴してまわってるのだ。まったく腹立たしい」


「呼ばれている貴族は、それを信じているので?」


「そもそも信じないような対応をする者は呼ばれておらん。故に舞踏会におけるこちらの味方は皆無と言っていいな」


「なるほど……」


 話を聞いて、御堂はこれが相当に難しい案件だと知った。相手の狙いは単純明快で、自分たちのシンパしかいない場にトーラレル他イジン家の者を呼び出し、そこで一方的に婚姻について話を進めるつもりだろう。


 そして周囲でこの話を聞いた他の貴族は、さも決定事項のように周囲へ触れ回る。これによって既成事実を作ろうと言うのだ。


(なんとも、絵に描いたような悪徳貴族だな)


 こちらにとって圧倒的に不利な舞踏会など断ってしまえば良い。そう考える者もいただろうが、それで済むと言うほど貴族間の関係は単純ではない。


(イジン家が舞踏会を断れば、表向きは友好関係を結ぼうとしている相手貴族を蔑ろに扱ったと周囲に見られかねない。いや、そうなれば相手は喜んで周囲に喧伝するだろうな)


 そうしてイジン家の立場を悪くしてから、もう一度関係を迫ってくるだろう。『娘を差し出せば無礼は見逃してやる』とでも言いながら、更にこれも断ればどうなるかと脅し文句でも付け加えて、


「……随分と嫌らしい相手のようですね」


「ほう、この問答だけで相手の本質を見破ったか?」


「推測に過ぎませんが、なんとなくは」


「その顔を見れば、何を思い浮かべたかはわかる。そして、その推測は間違ってないだろうよ」


 そこで、とレジンスが御堂の肩をがしりと掴んだ。薄ら痛みを感じるほどに力がこもっていて、内心にあるだろう煮えたぎる思いを表現していた。


「ミドール、あのような卑劣な輩に娘をやるなど絶対に看過できん。だが家を守るには俺だけではどうにもならん。エスピールも何かしようと動いているようだが、あの若輩者だけでは頼りない」


 一気に捲し立て御堂の目を真っ直ぐに見る父親に、御堂は浅く頷いてみせた。それは頼みに対する了承と、必ずなんとかしてみせるという意思表示が混ざった仕草だった。


「自分のような外者では頼りないかもしれませんが、できることの全てを尽くします。お任せください」


「……それは娘の講師としてか?」


「それもありますが……彼女個人を知る者としての思いもあります」


「聞かせてみろ」


 普段であればはぐらかすことであるが、娘を助けてくれと頼み込んでいる父親に向かってそのような態度は取れない。


「彼女は才能に溢れ努力を怠らない、良い娘です。そのような娘を、卑劣な手段を用いてまでして連れ去ろうという手合いには、然るべき鉄槌を下さなければなりません」


「それだけか?」


 問われ、これには御堂も一息吐いて落ち着かせてから答えた。


「自分などには勿体無いほどに素晴らしい女性を守ろうというのに、これ以上語るような動機が必要でしょうか」


「……少し煮え切らないが、及第点にしておいてやろう!」


 がははと笑ったレジンスは心底嬉しそうに破顔し、御堂の肩を強く叩いた。


「して具体的にどうするかだがな、これは単純なことよ」


「何か策が?」


「策など必要もない。何せ、彼奴らは事が自分の思い通りに運ぶのが当然と思っている輩でな、それ故に予想外の状況に弱く、同時に我慢弱い」


「なるほど、読めました」


「うむ」


 レジンスの話からして、相手は家の権力と資金力に物を言わせて強引に目的を達成しようとする類だろう。


 その手の輩というのは、目的達成のために段取り自体は組めてもアクシデントやトラブルには滅法弱い。失敗や想定外をも力技で押し通ってきたがために、対応力が培われていないのだ。


 しかも聞く限りで想像できる人物像から、件の貴族は冷静さが足りている者とは思えない。率直に言えば、人間性は幼稚である可能性が非常に高い。


 この手の人物が権力を持つというのはたちが悪い事例である。だが、対抗できるだけの力があれば、これほど与し易い相手もいない。


 相手が力を振りかざすならば、それを上回る“理不尽なまでの想定外”を叩きつけてやれば良いのだ。それを成すのが正しく御堂という存在に他ならない。


 のだが、ここまで思い至った御堂には一つの疑問があった。


「それで、自分のネメスィはどう活用するのでしょうか? 流石に生身で敵陣に乗り込んで荒事ができるほど、体術に自身はないのですが」


 それを聞いたレジンスは「謙遜が過ぎるぞ!」と嗜めるように言ってから、安心しろとばかりにウインクして見せた。


「ああ、それこそが今回の要となるのだ。舞踏会の演目にはな、魔導鎧を用いた演武が入っていてな、互いの家同士で用意した術者が技を披露することになっている。そこで力の差を見せつけてやればいい」


 つまり、イジン家の用意した魔導鎧を御堂というトーラレルと親しい人間が見せることで、そう易々と娘を渡すつもりはないとアピールするつもりなのだ。そう御堂は解釈した。


「なるほど、そこで自分が舞いだけを見せれば良いと……少し自信がないですが、やれないこともないでしょう」


 ネメスィに搭載されている動作パターンには、似たようなことができるデータも搭載されている(教官たちの悪ふざけによるもの)。対応できなくもない。


「舞いだけ? 何を言っているミドールよ! それではお前を態々呼んだ意味がなかろうが!」


 が、御堂の予想とは違うようなことが告げられた。ここまでの話では生身以外での戦闘はないようにしか思えなかったので、確認のためにも再度尋ねる。


「しかし、戦闘がない演舞では自分に発揮できるのはネメスィという希少な存在を見せつけることくらいしか」


「誰が舞いだけだと言った! 演“武”なのだから、戦いによる優劣を見せるものに決まっているだろうが!」


「……それでこちらが勝った場合、相手はそれを簡単に認める類ですか?」


「認めんだろうな! 当然のように実力行使でお前を消しにかかるだろう! 何せ目撃者は我が家の者以外全員が向こう側なのだからな!」


 さも当然のように危険な状況に陥ると告げられ、御堂は後頭部を掻いたのだった。

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