5.2.5 夜の一転攻勢
次話更新は2021/10/10、10/11となります。
更新日が安定せず、読者の方々には申し訳ありません。
今しばらくお待ちいただければ幸いです。
2021/10/10追記
本日に予定していた更新ですが、どうしても今週中に執筆時間を捻出できなくなりましたので、次回更新を来週2021/10/16まで延期します。
告知を無視する形になってしまい、申し訳ありません。
はたして、意を決して部屋に突入したトーラレルを待ち受けていたのは、ベッドにうつ伏せで寝ている御堂であった。小さな寝息から察するに熟睡していることがわかる。
照明も付けっぱなしであったので、それだけ疲れが出ていたのだと察せられた。
緊張で固まっていたトーラレルは脱力し、肩を落としてしまった。油断するとへたり込んでしまいそうになるほどの無念であった。ここまでの用意が無に期してしまった。
「せっかく準備したのに……」
秘密裏に手に入れていた秘薬や誘惑するための衣装などで入念に段取りをしていても、その相手が寝入っているのでは無意味となってしまう。御堂の疲労具合まで計算に入れていなかったトーラレルの失策であった。
まさか起こしてまで作戦を続行するわけにもいかない。とりあえず部屋の灯りを消して部屋を暗くして、そのままとぼとぼと部屋から出ようとした。
そのとき、ふと閃いた。
「今なら、どうき……添い寝もやりたい放題なんじゃ?」
改めて寝ている御堂を見てみれば、掛け布団もせずベッドに倒れ込んでいる様はあまりにも隙だらけで、入室の物音にも反応していない。
「……ごくり」
トーラレルは生唾を飲んだ。主目的を逃したかと思っていたが、見方を変えればこれは好機である。散々ラジュリィに自慢されていた行為を、自分も行う機会を得たのだから。
「……講師ミドールはしかたないなー、布団もかけずに寝るだなんてー」
最後に残った羞恥心を押し留めるため、自分自身に対しての言い訳を棒読みで口にしながらベッドに近づく。なるべく足音を殺しているが、そうしなくとも御堂は起きない気がする。
「しかたないから、僕が布団をかけてあげないとー」
御堂の横で役目を果たしていなかった薄手の掛け布団を手に取り、御堂の体にふわりとかけつつ、その隣へ滑り込むように潜り込んだ。横たわり、反対を向いている御堂の後頭部を見て実際の距離感を認識すると、顔に血が上がってきた。
一つの掛け布団に包まっているからか、隣にいる想い人の体温か、それとも自身の発する火が出そうな感情によってか。トーラレルは皮膚にじんわりと汗が湧き出すのを止められなかった。
(……こうして近くで並ぶと、あのときを思い出すな)
御堂との出会い初めての組手で敗れたとき、勢い余って倒れ込んだ自身をしっかりと受け止めてくれた、見た目よりがっしりとしていた感触が思い出される。同時に、うずうずとした疼きも生じる。
(また、抱きしめてくれないかな)
明確な好意を持つ前にあったことを、今になってもう一度体験したいと思ってしまう。それは数ヶ月は前のことだったので、詳細な感覚の記憶は薄れてしまっている。なので、感触を忘れてしまう前に上書きし直してほしい。
そう願うのは、恋する乙女からしてみれば当然の考えと言えるだろう。だが、
(もしも僕が羞恥に耐えられてお願いしたとしても、断られてしまうだろうね)
トーラレルも前々から気付いていたことだが、御堂から見た自分──いや、“自分たち”は庇護対象としてしか思われていない。少しは異性として意識させることもできているだろうが、恋心や恋慕に繋がっているとは到底思えない。
その理由の一端は知っている。御堂が元いた世界での成人の基準が、ミルクス・ボルムゥでのそれと違いすぎるからだ。雑談混じりで得た情報から、トーラレルはそう認識していた。
二十歳というこの世界基準では遅すぎる年齢で成人と認められ、そこで初めて『そう言った関係』になれる。その常識を授け人となった今でも引きずっているからだ。
トーラレルの推測は概ね正解であるし、本人もそれが正しいと確信していた。
だが、何が問題か把握できても解決策が見つからないのではどうしようもない。
(だからこそ、体で迫ればあわよくばと思ったのだけれど……)
火照る顔とは逆に、頭は冷えてきた。こんな手段で御堂とそう言った関係になれたとして、彼は認めてくれるだろうか。そう考えてすぐにそうならないと思えた。
(ミドールは誠実な人だ。そういった行為があったら、責任を取ると言ってくれるだろうけど、それで生まれた繋がりを是として考えてくれないだろうね……)
冷静に考えれば、この一連の流れは好意を伝える上ではかなり悪手であった。御堂が寝ていてくれて逆に助かったとすら思う。
(だけど、もう少しだけこうしていても……)
すぐにでも離れて部屋から出なければならない。わかっていても、今の状況に甘美さすら感じて実行に移せない。そして一瞬でも御堂の体に触れたい欲求を抑えきれず、おずおずと手を伸ばした。
「……トーラレル」
突然名前を呼ばれてびくりと指先が跳ねた。驚きで身を強張らせている間に、御堂が身動ぎをして顔をトーラレルに向ける。
至近距離で見詰められて、トーラレルは『男性にしてはまつ毛が長くて揃っているな』という妙な感想を抱いた。逆に言えば、それくらいしか考えられないほどに内心はパニックに陥っていた。
「あ、その、講師ミドールこれは……」
しどろもどろに言い訳をしようとするが、上手い言葉が見つからずまごついてしまう。その様を見た御堂は口を開けず鼻から小さい音を出してため息を出すと、諭す口調でもう一度「トーラレル」と少女の名前を呼んだ。
「君がそうする理由は流石に検討がつくが、それでも理由を聞かせてもらえるか?」
両手を立てて起き上がりベッドに腰掛けた御堂の目には怒りもなく、咎めようともしていない声音に、トーラレルは若干の落ち着きを取り戻した。それでも気不味そうに視線を背けてベッドに顔を埋めると、少しの間をあけて答える。
「ラジュリィさんが羨ましかったんだ……貴方とずっと一緒にいる彼女が」
「なるほど、それでこうして部屋に来たわけか」
たったそれだけの説明だったのに、御堂は頷いて完全に理解したという仕草をした。
「なにか、彼女に挑発でもされたんだな?」
「お見通しみたいだね……そうさ、ミドールが彼女とど、同衾……したと言ってきたから、それで、その……」
「……ラジュリィの見栄っ張りにも困ったものだな」
まるでそれらを否定するかのような発言に、トーラレルは「え?」と顔を上げた。御堂は困り顔で後頭部を掻いて、
「まず一つ言っておくが、トーラレルがその話を聞いただろう段階で俺は彼女と添い寝もしていない。あの娘の見栄から出た事実誇張だ」
「そう、だったんだ……」
本人からことの真相を聞いて、トーラレルはほっとした。御堂はこういったことに関して嘘を吐くような男性ではない。それをよくわかっているので、尚更安心できた。そして、やはり相手は大人なのだと再認識させられた。
自分のような若輩者がああだこうだして、すぐ手に入るような人ではない。そんな安い人間ではないのだ。それがわかっただけでもなんだか誇らしい。
(今日のことは反省しないといけないね、早く部屋に戻って――)
なのだが、
「まったく、だからあのときはあんなに迫ってきたのか……」
そんな呟きが、トーラレルの笹長耳に入ってきた。エルフはその耳の形状から、人間よりも聴覚に優れているのだ。
「……講師ミドール、あのときに迫られたって? なんのことかな?」
「えっ」
ぼやきを聞かれたと認識し、まずいと立ち上がって逃げようとした御堂の腕を、少女の手が掴んだ。細腕だと言うのに、妙な圧を感じる。
「その口振りだと、ラジュリィさんと何かあったんだね? いつかな?」
「あー、いや、それは……」
目を泳がせる御堂は気付く、ベッドの周囲にいつものダイヤモンドダストが舞っている。証明も消えた薄暗闇の中で瞬くそれは、いっそ幻想的ですらあった。
「夏季休暇中にかい? 学院にいたときにはしてないということは、その時期しかないよね?」
「お、落ち着いてくれトーラレル」
「僕は落ち着いているさ、すごくすごく冷静だよ」
台詞とは裏腹に語気には明らかな怒りがこもっているし、周囲では風切り音が鳴り始めている。掴まれている腕からも少女の感情が伝わってきて、身動きすら取れない。
「その、なんと言っていいかわからないのだが……」
「謝罪は不要だよ講師ミドール、悪いのは貴方じゃない……あの青髪が全部悪いんだよね?」
「それもまた語弊があるが」
「だけどこのままだと、僕は学院で出会い頭に彼女へ攻撃魔術を放つことになってしまうよ」
恐ろしいことを口走るトーラレルだった。そんなことがあれば魔術学院は風と氷による大破壊に巻き込まれてしまうだろう。なんとしても阻止しなければならない。
「勘弁してくれ……!」
「なら、どうすればいいか、聡明なミドールならわかるよね?」
その言葉とこれまでの会話と根本の原因などが御堂の脳内で一瞬の内に組み上がり、学院の危機を防ぐための答えを導き出した。しかし、それは成人男性としてあまりにも憚れる行為であった。
「……どうしてもか?」
「何を思いついたのかはしらないけど、それしかないかもしれないね?」
意地の悪い言い方をされて正解だと悟った御堂は数秒唸った後に、観念したように息を漏らした。
「……ラジュリィにした以上のことはできないぞ」
「ふふ、それで構わないさ、今はね」
最初の罪悪感と弱気はどこへ行ったのか、トーラレルの一転攻勢は見事に御堂を差し切り、彼女に想い人との添い寝という権利を与えたのだった。
なお、例によって御堂の超合金理性が破られることもなく五分もしないで普通に寝始めたために、トーラレルが翌朝猛烈に不機嫌となったのは言うまでもない。




