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5.2.4 妹の策略

 イジン家での夕食は昼食より賑やかだった。夫妻に子供が三人、そこに客人である御堂が加われば、否が応でも話題は弾む。


 長男で久々に実家へ帰ってきたエスピールが旅の報告を終えれば、あとはもう御堂の話題になる。イジン家の兄妹で一番の実力者の長男を簡単にのしてみせた技量は、軍閥の一家からすれば興味津々の話題だ。


「して、ミドールはエスピールをどう見た? まだまだ未熟であろうし、呆れさせてしまったかもしれん」


「とんでもない、若さ故の手の早さは見えましたが、この世界風の剣術では相当の力があると思えました。このまま成長していけば、自分程度には手に負えない強者になるかと」


「はっは、ミドールは世辞が上手い! だが、世辞は世辞でも褒めているには違いない! よかったなエスピール!」


「背中がむず痒くてたまんねぇよ……」


「恥ずかりがりめ!」


「自分で言うことでもありませんが、誇れる腕前だと思いますよ」


「がああ背中が痒い!」


 男連中がそんな会話をしている隣では、黙々と食事をしていたトーラレルが母と妹から質問攻めを受けていた。


「トーラレルはあの実力に惹かれたのね? 確かに聞いた話だけでも惚れ惚れするくらい強そうだし、無理もないわね。もちろん、私には夫が一番素敵に見えるけど」


「……母上、講師ミドールは父上と違います。力が強いだけの男性ではありません」


「惚気ちゃって、でも貴女が話してたのは彼の強さについてばっかりだったじゃないの、そう思ってもしかたないじゃない」


「私も……姉様の話を聞いたから、あの人も父上みたいな人かと思いました」


「うっ」


 夏季休暇でイジン家へ戻ったトーラレルは、家族に『素敵な師ができた。将来的に家へ迎え入れられたらと考えている程に』と散々に自慢していた。

 だがレジンスとジェローネ、セシリタが聞いたのはその師がどれだけ強いかという話ばかりで、その人柄についてはあまり語られていなかった。


「それはその、講師ミドールが人として優れていることは、言わずとも伝わると思ったんです」


「要するに、彼の好きなところを語るのが恥ずかしかったのね?」


「……そんなことは」


 否定するトーラレルだったが、俯くその顔は薄ら赤く染まり、ナイフとフォークは皿の上にある肉を細切れにし続けている。


「初々しいわねトーラレル、私が若い頃にそっくり」


「私にも、これくらい好きだと思える人ができるでしょうか?」


「大丈夫よセシリタ、この堅物娘にだってできたのだから、可愛らしい貴女になら素敵な男性が見つかるわ」


「母上、今ものすごく失礼なことを言われた気がしますが?」


 長々とした雑談混じりの夕食が済むと、御堂は客人用の個室に案内された。

 連れていかれた部屋の扉を開けば、いつぞやに宿泊した一等級部屋を彷彿とさせられた。それくらいの装飾がされていて、広かった。


 客人のために用意されたからか無駄に豪勢に見えるその部屋は、魔術学院で使っている部屋の四倍は広い。一人で使うには少し開放感があり過ぎるくらいで逆に落ち着かないが、好意を無下にするわけにもいかない。


 ネメスィに積んであった荷物を案内役の従者から受け取って、律儀に礼をしてから部屋に入り、扉を閉めた。

 観察するように中を見渡すと、まず天井からぶら下がる電球めいた照明器具が目に入った。それが照らす室内は夜にも関わらず明るい。ここだけ現代地球の文明が持ち込まれたかのようですらあった。


「これも魔術で動いているものか?」


 しかし、他に置いてある家具には風変わりなものはなかった。御堂の勝手なイメージでは、魔術で動く不思議な道具ばかり設置されている部屋だと思っていたのだが、拍子抜けである。


「ともかく、やっとまともな入浴ができるな」


 簡単な水浴びや持ち歩きの石鹸での洗浄をしてはいた。だが、現代日本人である御堂にはそれでも辛いものがある。


 陸上自衛隊の自衛官は泥と汗に塗れるのには慣れている印象があるかもしれないが、機動兵器のパイロットである御堂はそういったことを求められないため、不慣れだった。


 というわけで、湯水をたっぷりと使える入浴は御堂の身と心を癒すには充分過ぎたし、蓄積していた疲れがどっと表面化するのも当然だった。


 予備の寝巻きに着替えた御堂が「いかんな」と呟いてダブルベッドに倒れ込んだのも仕方ないことであるし、照明の消し方を確かめるのも忘れて寝入るのも、無理のないことだった。


 ***


 トーラレル・アシカガ・イジンは軍閥の娘である。疾風怒濤的考えの父と母を持ちその教えを受け継いだ彼女もまた、攻め手が得意だ。


 微風のように舞い、突風のように刺す。これは魔素を手繰り寄せ具現化する魔術と、それに伴う風の操作に長けた家系の家訓である。


 そんな彼女でも一つ、攻めるに攻めきれない相手が存在した。御堂こと『講師ミドール』である。彼はいくらトーラレルが攻め込み、肉薄し、斬り込んでも、それこそ気体のようにするりと避けてしまう。


 トーラレルからすれば、彼こそが風の使い手だった。


(だけど、本陣に引き込んでしまえば……)


 目的地へ向けて長い廊下を進む彼女は、頬がにやけるのを抑えられなかった。どうやっても逃げられてしまうのならば、逃げられない場所で戦えば良い。


 すなわち、自分の実家に連れてきてしまえば良いと考えたのだ。御堂について話した両親は予想通り彼を気に入ったし、誤解をしていたらしい妹もすっかり懐いた様子だった。

 手紙を出していた兄が戻ってきたのは想定外だったが、思い人はなんなくあの乱暴者を手懐けていた。


 ついでに、魔術学院では機会がなくて披露できていなかった手料理を振る舞うこともできている。予定外のことが起こりつつも、順調にトーラレルの策は進んでいた。


「あとはこのまま、最後の一手まで突き込めば……」


 ふと、自分の服装を見下ろす。いつもの軍服仕立ての制服でも、家で着ている私服でもない。トーラレルのスマートな肢体は、薄い布で体のラインが浮き上がる寝巻きで包まれていた。


 普段はこのようなトーラレルの好みと合わない装いはしないのだが、この日のためにこっそりと用意していたのだ。これは家族も知らないことである(だと、本人は思っている)。


(あわよくば、あわよくばだ……!)


 趣味の少女向けの小説に書かれていた描写を思い出して、頬が赤く染まり足取りも落ち着きなくなる。第三者が見れば、文字通り浮かれていると言い表しただろう。


(ラジュリィには遅れを取っているけれど、ここで逆転できれば僕の勝ちさ!)


 しばし学院で衝突する相手であるらラジュリィ・ケントシィ・イセカーは、度々トーラレルに自慢気に語るのだ。


『私は騎士ミドールとど、ど、同衾したこともあるんですよ!』


 これを聞いたとき、表面上は『へぇ、そうなんだ』と軽く流してみせたトーラレルだが、内心ではこれまでなかったくらいに焦っていた。


 恋する乙女として、恋仇に先を越されるなんてことはあってはならないことであり、断じて許せないことでもあった。


 だからこそ、トーラレルは詰将棋のように準備と段取りを整え、御堂を手に入れるための罠を張ったのだ。


「あとは、彼に僕の魅力を見せれば……!」


 覚悟を決めるために目的成就のための手段を口に出す。

 考えている内に、御堂がいる客室の前に辿り着いた。あとは扉を叩いてから部屋に入り、御堂を誘惑するだけだ。


(大丈夫、そういう効能がある薬品は石鹸やらに混ぜ込んでおいたし、ミドールもそういう気分になっているはず、僕がその気にさせられるかが勝負どころ!)


 意を決し、トーラレルは戸を軽く叩き、返答も聞かずに扉を開けて部屋に踏みいった。

諸事情により、本日の更新が難しくなってしまったため、次回は2021/10/3の月曜日に投稿します。

読者の皆様にはお待たせしてしまい、申し訳ありません。

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