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5.2.3 長男と妹の講師と

 ノックと声かけをした部屋から「入れ」と短い了承の声がしたので、御堂も入室の合図に「失礼します」と告げて扉を開けた。


 医務室らしいベッドの上に仰向けで寝そべっているイジン家の長男は、両手を枕にして足を組み、ふてぶてしい態度で御堂を出迎えた。彼の格からすれば、ある種で“らしい”態度だった。


「先ほどは大変無礼な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 まず謝罪からと深く頭を下げた相手に、エスピールは深く息を漏らした。


「さっきも言っただろ、そういうのやめてくれよな……勝った側にそれをされると、余計惨めに感じる」


 なるほど、これはレジンスの息子だ。内心で子は親に似ると思いつつ、顔を上げて寝そべっている少年の顔を見据える。


 後ろに流した短い金色の髪、トーラレルやセシリタの兄であることを証明している薄緑の瞳。その目尻は気怠げに垂れているが、自分を射抜くような力強さも感じさせる。


 御堂と同じかそれよりも高い身長に合う長い足を組んだ彼は、自身を観察する視線が鬱陶しいと手の平を振った。


「そう警戒するなよ。喧嘩を売ったのは俺だし、お前がした挑発も勝負の世界じゃ使って当然の手段だ」


「いえ、それでも──」


「くどい! 勝者がああだこうだ言うなよな!」


 語気を強められ、御堂も続けようとした謝罪を止めた。数秒の間が空いて、


「それでも一つだけ、身分の差に関係なく謝罪させてくれませんか」


「しつこいなお前……くだらない内容だったら蹴り飛ばすぞ」


 こう言った場合の御堂が頑固で面倒臭い相手だと見抜いて、エスピールは顔を背けて了承した。謝罪しても聞く耳は持たない、という意思表示であった。

 それでも、御堂は先ほどより浅く頭を下げて口を開く。


「勝負とは言え、君の信念を踏み躙るようなことを言ったこと、本当にすまなかった」


 それは騎士が貴族にするものではなく、大人が子供にする謝罪だった。呆気に取られたエスピールに構わず続ける。


「君の技量は素晴らしいものだった。冷静さを保たれていたら、俺が負けていただろう」


「……憐れみか?」


 顔を背けたまま不機嫌を隠さず尋ねた少年に、御堂は「それは違う」と首を振った。


「憐れむような弱さなんてなかったさ。強いて言うならば、若さを感じた、良くも悪くもな」


「遠回しに弱いって言ってるんじゃないか、それ」


「それも違うな、感じたのは期待だ。決して弱さじゃない」


 口調が講師のそれになった言葉に、エスピールは自身の学徒時代を思い出した。いや、自分が学徒であった頃、このように言ってくれる講師など誰一人いなかった。


「……どういう意味だよ」


 続いて言われるだろう言葉に不思議な期待を感じ、続きを促した。


「これだけの技を持った者に熟成された人格も伴ったら、将来はどのような強者に成長するのか……年上であり講師である自分からすれば、年甲斐なく楽しみに思えた」


 言葉尻に微笑みが感じられて、エスピールは顔を御堂に向ける。自身の目を見据える御堂の表情は、相手を憐れんだり小馬鹿にするような意図は一切感じられない真摯なものだった。


「俺が真に言いたかったのはこれだけだ。時間を取らせた」


「……お前、その喋り方のほうが似合ってるぞ」


「いえ、自分はあくまで一介の騎士ですので」


 次の瞬間には元の口調に戻り、口元を一文字に引き締めた御堂を見て、エスピールはぷっと吹き出した。

 この器用そうに見える男が案外不器用なのだとわかったし、妹が惚れ込む理由の一端もわかった。


「謝罪は受け取ったし、俺もこれ以上お前に不躾な態度を取るのはやめる……けど、その畏まった話し方はほんとにやめろよな。背中がむず痒くなる」


「これはけじめですので、ご容赦ください」


「頑固だな、お前……」


 この人間に妹が惚れ込む理由と同時に、妹が恋愛沙汰で苦労している理由の一端も理解できてしまう。


「わかった、口調は勘弁してやる。ただし、様付けはやめろ」


「ですが」


「だからくどいぞ! 俺とお前は矛を交えた仲なんだから、それくらい気を許せよな」


 どこまでも父親そっくりである。レジンスに伝えたら喜ぶかもしれないなと思いつつ、これ以上突っぱねても話が進まないと見た御堂は「わかりました、ではそのように」と了承した。


「それで、謝罪だけしに来たわけじゃないんだろ? 何が聞きたいんだ」


 身を起こしてベッドに腰掛けたエスピールに「お前も座れ」と顎で催促され、御堂も置いてあった椅子に尻を乗せた。


「自分はトーラレル様の婚約に関することで呼ばれました。これについてはご存知でしたでしょうか」


「まぁ、手紙で話だけは聞いてたな。ここに戻ったのも久しぶりだから、親父から直接にじゃないが……トーラレルに様付けも禁止な」


「……自分はトーラレルの相方として舞踏会に出て、婚約を迫ってきている貴族を牽制して欲しいと頼まれました」


「つまり、あいつの婚約を阻止するための切り札がお前ってわけだな。親父も変なことを考え……いや、トーラレルのやつが言い出したんだな」


 あいつがやりそうなことだ、一人でうんうんと納得した素振りをして、


「どうせお前が聞きたいのは、これについて俺がどう動くかだろ?」


 一発で御堂がやってきた目的を言い当ててみせた。これも領主の息子としては備えて当然の能力だろう。

 下手に隠すよりも正直に尋ねた方が良いと判断し、御堂は頷いて肯定した。


「はい、今回の策を任されるにあたって、エスピールさ……エスピールの思惑を知っておきたかったのです」


「……なんか半端な口調になってんな」


 呆れ顔を向けてくるので『お前がやれって言ったんだろう』と言いかけたのを自重した。


「よろしければ、お聞かせ願えませんでしょうか」


「そうだな……お前にならいいか」


 言いつつ、腕を組んでうーんと悩むように唸り始める。話しだすまで御堂が待つこと十五秒。


「一つ、俺の名に誓って言うが、トーラレルを貶めようだとか、家に不都合を与えようだとか、そういう目的は一切ない」


「なるほど、エスピールなりにイジン家のことを想っていると取っても?」


「当たり前だ。いずれ継ぐ家と家族を貶める長男がどこにいる」


 聞いて、御堂はほっと安堵した。語って見せた彼の眼に嘘をついているような気配なかったし、口振りからしても本当に家族を想って行動しようとしていると確信が持てたからだ。


「詳しい目的についてはまだ言えないけどな、敵を騙すにはまず味方からってやつだ」


「わかりました。ただお手伝いできることがあれば言ってください。自分で良ければ力になります」


 御堂の申し出に「子供扱いするなよ」とぶっきらぼうに返したエスピールだが、またふと考える風になってから、


「それじゃあ、頼まれごとをしてくれよ」


「頼みですか、自分にできることでしたら」


 あっさりと了承した御堂に『こいついつかこの性格で損するな』と、周囲からすれば今更な感想を抱いた。それからちょいちょいと耳を寄せろとジェスチャーをして、御堂がそれに従うのを待つと、小声で話しだす。


「……気恥ずかしいから、誰にも漏らすなよ?」


「わかりました、自分の名に誓って」


 この世界風に秘密を守ると誓う。エスピールはよしと決心して、御堂への頼みを告げた。


「俺からお前に頼みたいことは一つだけだ。トーラレルを守れ、何があっても、絶対にだ」


「……承知しました」


「その顔は、元からそうするつもりだったという顔だな?」


 心情を面に出さないようにしていた御堂だが、エスピールはお見通しだと言わんばかりに意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「自分はトーラレルの講師ですから」


「婿としてじゃなくてか?」


「無論です。あくまで講師と学徒、大人と子供ですから」


「ちんちくりんだけど、一応はあいつも成人してるんだぞ?」


「自分からすれば、まだ幼い少女ですよ」


 頑として妹に婿入りするつもりはないと言う御堂に、その兄はなるおほどと自分の耳を撫でて、


「お前、熟した女が好みなのか? 俺の母親くらいの」


「そういうわけではありません」


「……同性愛者か?」


「違います」


 今度は心情を隠しもせず『親子揃って何を言ってるんだ』という顔をしたので、エスピールは面白いと父親そっくりに笑った。


「まったく、頼もしいこった……俺も俺で色々動くけど、さっきの頼みと約束だけは違えるなよ」


 しばらく笑ってから表情を真面目にして、御堂に右手を差し出した。その手に右手を合わせると、互いにがしりと握り合った。完全な和解の握手を済ませて、男二人はふっと小さく笑い合った。


「お任せください、自分のできる限りを尽くして、彼女を守ってみせます」


「よし……ついでだから、事が終わったらトーラレルを貰う準備も済ませておけよ?」


「それはしません」


「頑固なやつだな」


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