表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/178

5.2.2 父の不安と長男の思惑

 今度は当主の私室へと連れてこられた御堂は、流石に今回はまずいかもしれないと思っていたのだが、


「見事だったぞミドール! 流石はトーラレルの婿になる男よ!」


「恐縮です。あと婿にはなりません」


「この頑固者め!」


 結果だけ言えば、御堂が当主の息子を文字通り叩きのめした件について咎められることはなかった。


 むしろ、こっそり状況を見ていたらしいレジンスは、御堂の格闘センスを褒め称えてすらいた。まるで自分の息子を褒めるかのようであった。


「それにしても、エスピールを真正面からのせてしまうとはな、息子自慢になってしまうが、あれでも我が領地どころか共和国全体で見ても上位に入るエルフだぞ、彼奴は」


「ええ、実際のところを言えば、エスピール様が挑発に乗らず冷静なままだったら、自分は今頃ここにいなかったかもしれません」


「はっ、あの程度の挑発に乗せられる奴が、年齢も経験も勝るお前に勝てたかは疑問しかないわ。いや、伸びた鼻をへし折ってくれたことを感謝せねばなるまいな?」


「しかし、一介の騎士がしてしまうにはまずかったことは事実ですし……」


「馬鹿を言うな! あいつが自分から喧嘩を吹っ掛け、それをお前が買った。ただそれだけのことよ! 身分が上の者が下の者にそれをして、勝利した者を身分の差を使って蔑ろにするなど、俺の目が黒い内には断じてやらせん!」


 御堂の背中をばしばしと叩くレジンスに「御心遣い、感謝致します」と返し「俺とお前の仲だ!」と背を一際大きく叩かれたところで、この話題は終わった。


 背もたれが高い椅子に座り直したレジンスが、次の話題を切り出す。


「して、実はエスピールも今回の件に絡んでおってな、それについて話がしたい」


「トーラレルの兄ということで、舞踏会に参加されるのでしょうか」


「それもあるが、少しややこしいことになっていてな……何から話したものか」


 事の発端から話すか、最低限の情報だけ出すかで、レジンスは腕を組んで悩み始めた。御堂は黙って結論が出るのを待つ。たっぷり三分ほど待った末に、


「よし、お前にならできる限りのことを話して良いだろう! 俺からの信頼の証よ!」


「自分程度に、勿体無いことです」


 小さく頭を下げてから背筋を立てて聞く姿勢に入った御堂に、レジンスはうむと頷いて話し出した。


「ああ見えてエスピールは妹想いでな、トーラレルもその下のセシリタも大切にしていた。が、魔術学院を出た辺りからか、それを素直に出さなくなった」


「年頃の男子ならば、よくあることですね」


「ああ、俺にもそんな時期があった。だが、それがどうにもよくない方向に向かっていそうなのだ。それが、今回の件に関わって来ている」


「……エスピール様が、イジン家に不利益となることをしようとしていると?」


 御堂はことについて、大体の察しがついた。

 つまり、エスピールは件の貴族と結び付いて、トーラレルとの婚姻を後押ししているかもしれない。その可能性について示唆している話であると推測した。


 それを当主もわかった様子で、またうむと大きく頷いた。


「そうと決まったわけではないのだが、それを否定する材料もない。彼奴なりにトーラレルのことを想っての行動ということも考えられる」


「更に言えば、イジン家があの貴族と関係を持つことが領地の発展に繋がるかもしれないとも?」


「あるかもしれんな、実際利益だけを見れば我が領地にも利が入るだろう。そんなことで手に入れるものなど、俺は絶対に認めんがな」


 そこまで聞いて、御堂も無意識に顎へ手をやって考える。


(兄が妹を案じて行動していると素直に取るべきか、何らかの思惑があってのことなのか……まずはそこからだが)


 これを考えるには、エスピール個人のことを御堂は知らなすぎる。父親であるレジンスも推し量れないことでもあるのだが、先程していたトーラレルとのやり取りからして、長らくイジン家から離れていた様子にも見えた。


「もしよければなのですが、自分からエスピール様を探ってもよろしいでしょうか」


 御堂の提案に、レジンスは「ほお」と意外そうな声を出した。


「お前自らが、彼奴の考えを探ると言うことか。先に直接やりあった相手に、そうできるか?」


 遠回しに『殺し合いに発展しかけた相手と、そう言ったコミュニケーションが取れるのか?』と聞かれている。対し、御堂は迷いなく肯首してみせた。


「まだ数回口を交わした程度でしかあの方を知りませんが、早々に問題となるようなことのはならないと、自分は考えています」


「ずいぶんと自信があるようだが、根拠は?」


 訝しげさと同時に、興味津々と言った様子の表情で顔を覗き込んでくる当主に、御堂は言い切った。


「レジンス様が教育してきた息子であるエスピール様が、己を負かせた相手に陰湿な行為をしないと、自分は確信できていますので」


 その回答を聞いたレジンスは「ううむ」と唸り声を上げた。数秒何かを考えるように眉を曲げていたが、次の瞬間にはばんっと机を両手で叩いて立ち上がった。


「良くぞ言った! ならば彼奴の想い、ミドールに探ってもらうこととする!」


「御許可頂き、ありがとうございます」


「お前への信頼とは別で、彼奴を育てた俺なりの父親としての意地も含まれているがな! それもついでに確かめてくれ!」


「しかと承りました。それでは」


 深く一礼した御堂が背を向けて退室するのをレジンスは黙って見送り、足音が離れたのを確認すると、


「やはり欲しいな……ムカラドの奴に頼み込んだらくれないだろうか」


 俺とあいつが一騎打ちでもして勝ったらくれたりしないかな、いや娘同士で戦わせて勝った方が貰い受けることにすれば、などなど、実行に移したら間違いなく大荒れするであろうことを考え始めたのだった。


 ***


 医務室ではベッドに横たわったエスピールがいた。

 とっくに意識は回復しており、目立った外傷もないと医師は断じていた。それでも休んだ方が良いという意見を聞き入れている。


(あの授け人、トーラレルが言うよりずっとやばい相手だった)


 目が覚めたときからずっと、自分を打ち負かした御堂のことを考えていた。あの時は挑発を受けてこれまでにないほど頭に血が上ったが、冷静になってみると自分が未熟だったと思い知らされる。


(剣や格闘術が上手いだけの奴はごまんと居る。だが、ああ言った絡め手も上手い奴はそういない)


 しかも、身分の差を踏み越えてまで相手の心理を揺さ振る度胸がある騎士など、数えるほどもいないだろう。実際、あんな罵倒を言われたのはエスピールの短い人生の内でも初めてのことだった。


(トーラレルは正面きって負けたとか言ってたが、そりゃ勝てないわけだ)


 妹の剣術も相当に優れているが、それでも力が足りていない。これは年齢と性別から来るどうしようもないことである。本人もそれを自覚しているため、とにかく速さを追求したわけだ。


 何なら、剣裁きの速さだけ見たら兄よりも妹の方が上とまで言える。エスピール自身もそう認めていた。

 しかし御堂はそれを真正面から捩じ伏せている。並大抵の技量ではない。それでも総合力が上である自分なら勝てると踏んでいたのだ。偵察した際に御堂が見せた無防備さからして、そう判断していた。


「それが、蓋を開けたらびっくり仰天って感じだな」


 この世界の通説には『授け人は警戒心が薄い者が多い』という説があり、古い学術書に書かれていたそれは間違いではなかった。

 だが、『それが本人の強さに直結している』と記載されていたのは、とんだ間違いであった。


「……俺もまだまだ未熟だった、か……」


 口に出してみると、どうにも胸の奥がムカムカとして来た。同時に一つの喜ばしい確信も得られた。


「あいつなら、俺の策に利用できる」


 間違いなくそうだろう。自身の策の成就に大きく近づいたことに、エスピールの頬尻が上を向く。そのタイミングで医務室の扉がノックされる。


 入室の許可を求めてきた声は、件の授け人のものだった。エスピールはさらにほくそ笑んだ。


(ついでだ……あいつがどういった人間なのか、もう少し知っておくか)


 利用するには都合が良い。そんな打算をした上で、エスピールは相手に入っても良い旨を声に出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ