5.1.7 歓迎会と依頼
フィクションで見たような覚えがある純白のテーブルクロスが敷かれた長い長い食卓机には、豪華としか言い表せない料理が並んでいた。
イセカー領でもそうは見ない、ふんだんに調味料が使われている料理の群れはバリエーションに富んでいた。肉類だけでなく、帝国ではあまり見ない魚類、緑が多く新鮮だとわかる葉野菜。他にも果実まで並んでいる。
(イセカー領とは色々と逆だな)
どちらかと言えばシンプルな料理が多く出ていたイセカー領の城で慣れた舌には、少し味が濃く感じられた。それでも十分以上に美味いと感じられる出来ではある。
「どうかな、講師ミドール」
御堂の正面に座るトーラレルがはにかんで尋ねた。先ほど聞いていた彼女の用事などからして、何について聞かれているかは把握できている。ついでに言えば、声に若干の緊張が聞いて取れている。
「ああ、帝国や学院では口にしたことがない物が多いが、どれも美味しいな、作り手の腕が相当に良かったと見れる」
「そうかい……よかった」
表面上は隠しているが、トーラレルは内心ガッツポーズをしたいのを堪えるのに必死であった。
彼女は御堂が訪れるより先に料理の下準備をし、来訪を察知するや否や調理の最終調整に入り、御堂と父親を部屋に案内してから急いで厨房へ駆け、最後の仕上げを終えたのだ。
秘密にしているが、トーラレルが用意したのは御堂の前に並んでいる料理だけである。
他は城の料理人たちが用意したものだった。見た目は専門職が作ったものと見分けがつかない完成度である。
ただし、地球の教官らの訓練による能力で、御堂は薄らとそれに気付いている。口に出さないのは、その意図を理解している証拠だ。
「トーラレルにはイジン家としての教えを幼少より叩き込んでいるからな! ミドールも満足できる味だろう!」
御堂の左隣に座って料理をすごい勢いで、かつ礼儀正しく食べるという器用なことをしていたレジンスが自慢気に言った。
同意するように頷いてから、会話の切り出しとして今疑問に思ったことを口に出す。
「料理に関しても、その教えに入るのですか?」
「無論だ! 兵糧は戦の基礎部分であり、その質は兵の士気に関わる部分だ、蔑ろにできるはずがない!」
「確かに、自分の所属していた組織でもそこは重要視されていました」
日本の陸上自衛隊のレーションは、他国のそれらに比べれば良い味をしていたことを思い出して、しみじみと頷いた(同時に、教官たちが「数年前は予算削減で酷い味になっていた」と実感のこもった昔話をしていたのも思い出した)。
「そうか! ミドールのいた軍もよくわかっているではないか! そのような場にいたのなら、並外れた技量を持っているのも頷ける!」
要するに、生粋の軍閥であるレジンスは軍人の視点で『食事の質は大事』だと話している。これには御堂も素直に納得した。
(この世界の食文化は地球の西洋中世よりはずっと発達しているが、現代ほど広い地域でそうなっているわけではない。美味い食事というものの価値は、当然高くなるわけだ)
帝国にいた頃から推測していたことだが、レジンスの話からするに共和国でも同じことらしい。事実、御堂が救った農村の規模と生活レベルもそれを裏付けている。
「ますます気に入った、今回の頼みを機に真面目に婿入りしてほしくなったぞ!」
「それはつまり、今回の依頼はトーラレルに関係することであると?」
「そうだ!」
大きく首を縦に振ったレジンスは口元をナプキンで軽く拭う。御堂も手にしていた食器を皿に置き、聞きの姿勢に入った。他も同じように食事をする手を止める。
少しの静寂のあと、当主はことの発端について語り出した。
「我がイジン家は近いうちに、近隣の領地を治める貴族と関係を結ぶことになっている。表向きはな……それがミドール、お前を呼んだ原因だ」
「それが不都合だと?」
「立場的にも、心情的にもな。相手はここ数年で領地を拡大した貴族なのだ」
「領地を広げる……戦争もなく、ですか」
これは御堂の知る中世、近世における統治システムに矛盾している。
領地を持った貴族がそれを広げるためには、戦争で勝利し、奪った他国の領地を得るくらいしか手段がない。
あるいは同じ国の他貴族が何らかの理由で潰れ、それを存続するか貰い受けるか、奪った場合だけだ。
これ以外で有限であり増殖しない、領地というパイを多く手にする方法はない。
(当主の口調や雰囲気から察するに、後者で大きくなった貴族だな)
でなければ、武人然たるレジンスが口調に不機嫌さを混ぜる理由はない。そして、その推測は正しかった。
「彼の者は同じ共和国内の同胞を貶め騙し、懐を肥えさせている。己の欲を巧妙に隠しながらな……この事実を事実と知っている者も多くはない。皆、消されてしまう」
「イジン家は共和国内でもそう容易く軽んじられない存在だと聞いています。それがその貴族が手出しをしてこない理由と見ても?」
「若干の世辞を感じるが、それも事実だ。あのような小物に何かされた程度では、我が一族は小揺るぎもせん」
であれば、何を警戒する。御堂の推測癖は、ここまで出てきた情報を即座にまとめあげた。
(──イジン家の長女という存在を得る方法が相手にある。この世界における貴族制度を考えれば、答えは一つか)
「その顔、俺が言うよりも先に解を得たようだな」
御堂が無意識の内に表情に出していた思案顔に、レジンスはにやりと頬じりを上げた。この当主は強い戦士も好みだが、それに加えて頭が回る戦士が特に好みであった。
「……勘違いかもしれませんから、当主様からご説明を受けても?」
「いや、それでは面白くない。例え間違えていても俺は気にせんから、言うてみろ」
口調と手で「さっさと言え」と促され、早々に諦めた御堂はこほんと咳払いをしてから、それに従うために口を開く。
「まず前提として、トーラレルは自分のことを“講師として”慕ってくれているということで良いでしょうか」
「うん、僕は講師ミドールをものすごく慕っているよ」
当のトーラレルが満面の笑みで肯定した。それまで黙っていた娘が話に口を挟んだことを咎めず「俺もそう聞いているぞ!」と混ざってくる当主に「それはそれとして」と短く返し、
「そう言った関係を持つ自分は、戦闘においてはそれなりに優れた技量を持っていると自負しています」
自惚れかもしれませんが、と付け加えかけて止める。それは先ほど戦った当主を侮辱しているも同然だからだ。失言しかけたことを反省する。誤魔化すようにまた咳払いを挟んで、結論を述べた。
「そうした実績を持つ男と軍閥であるイジン家の長女。それを引き合わせた理由は一つしかない。ここまでは合っているでしょうか」
「なぜそこで話をやめる? 最後まで申せ!」
「いえ、流石にこれ以上を自分が言うのは憚れるかと……」
「大の男が照れているだけであろうが! 可愛いところもある奴よ! 気に入った!」
がははと笑う当主に『もしやこの男は自分が何を言っても気に入ったと言うのでは?』という疑問を浮かべざるを得なかったが、なんとか表情筋に反映されることを抑え込んだ。
「父上、あまり講師ミドールをいじめないで欲しいですね、彼は繊細なんですよ」
「そうか! そうでなければあのような戦いはできんわな!」
トーラレルに嗜められて、レジンスは「では答えを教えてやろう!」と御堂の肩をどんと叩いた。
「正しく、お前の察した通りだ! 近日、彼奴が主催する舞踏会がある。そこにトーラレルの出席が求められているのだ」
「そして、イジン家は立場上それを断れないと」
「うむ、彼奴は政にも手を出している。それを武器にこちらの動きを抑えようとしているのだ」
「……厄介な相手ですね」
似たようなことでトラブルに巻き込まれたこともある御堂は、実感のこもった口調で言い、レジンスも「まったくだ!」とそれに同意した。
「相手が相手でなければ、直接乗り込んで首謀者を叩き斬っていたところだ! 卑怯な手を使いおってからに!」
興奮して鼻息を荒くする当主を見て、この人なら本当にやりかねないと感じてしまう。婦人であるジェローネがストッパーなのだろうと御堂は予想した。
「あらあら、一人で行くつもりだったら寂しいことね? 出来ることなら夫婦揃ってと言ったじゃない」
「おお、そうだったな!」
夫を止めるでもなく、むしろ煽り立てていた。戸惑いを隠せず眉を曲げてしまう御堂だが、二人の様子に一つ納得できてしまう点があった。
豪快に笑う夫人と、口元を手で隠して小さく笑う婦人。
(これは、確かにトーラレルの両親に違いない)
武人の血は受け継がれているようだと、御堂は奇妙な納得感を得てしまった。
「さて、そうするわけにはいかんわけだから、ミドールに頼むわけだ」
「わかりました、武力鎮圧をするとして──」
「待て待て! そうではないのだ!」
「……イジン家と交流を持つ立場の自分が、相手に武力を見せて威圧するのでは?」
「変なところで鈍い奴よな! トーラレルが苦労するのもよくわかる!」
突然察しが悪くなった御堂にどう説明すればとレジンスが悩み始める。代わりにジェローネが話を継いだ。
「ミドール、私たちがお願いしたいのは、舞踏会でのトーラレルの相手なのよ」
「踊りの相手をしろと?」
「それだけじゃなく、貴方がトーラレルの相手であると見せつけて来てほしいの」
お願いできるわよね? そう尋ねる婦人に、御堂は何とも言えない感情を顔に出しつつも「できる限りのことしかできませんが」と頷くしかなかった。
実を言えば、御堂もこれは想定していた。先の武力を示すというのも少しあり得るかもしれないと思っていたが、本命はこちらだと見ていた。
しかし、それを素直に言えば間違いなくトーラレルは調子に乗る。何ならイジン家の家族もその背中を押す。その結果がどうなるかは、深く考えなくともわかった。
「ただ、自分にできるのは仮初でしかありません。そればかりはご容赦ください」
「仮初から始まる関係だってあるのだから、私は構わないわ? ねぇトーラレル、貴女もそうでしょう?」
「はい、母上。講師ミドール……いえ、“ミドール”に認めてもらうことを焦るつもりはありませんから」
「うむ、その通りだ! 急いては事を仕損じるというミドールの国の言葉もあるからな!」
御堂は揃って笑うイジン家一家を前に、どうすれば相手にペースを握られずにいられるのか、本気で対策を考えなければならないと思うのだった。
そんな彼を、トーラレルの妹であるセシリタは丸い瞳でじっと観察していた。心中にはここで名前が出なかった『長男』のことが浮かんでいる。
(兄様はこの人を見てどう思うのかしら、あの戦い好きの兄様は……)
なんだか、嫌な予感がする。しかし、それを伝えてなんとかしてくれると思える相手は思い浮かばなかった。




