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5.1.6 イジン家の人々

「紹介しよう! 我が妻のジェローネと、トーラレルの妹であるセシリタだ!」


 部屋に案内された御堂は、紹介された当主婦人と教え子の姉妹という少女に頭を下げていた。レジンスに面を上げろと促されて向き直る。

 この場には招かれた御堂と当主のレジンス、それに今名前が出た二人しかいない。トーラレルは用があると言って部屋を出て行っている。


 ジェローネは金の長い髪を後ろでまとめ、細い印象を受ける女性だった。同じ金髪を短くしているセシリタは十歳と少し程度の年齢に見える。こちらもあまり肉がついていない痩せた体をしている。


 トーラレルは姉妹共々、母親に似たのだなと感じる。その証拠に、透き通るような薄緑の瞳は爛々とした光を持ち、当主と同じ意志の強さを思わせた。


「はじめまして授け人、私はジェローネ・アシカガ・イジン、娘のトーラレルと、先ほどは夫がお世話になりましたね」


 にこりと微笑んだ彼女はこの世界の婚姻関係からして、若くても三十代だと御堂は推測したが、それよりも一回り以上は若く見えた。


「良い女だろう! 欲しいと言ってもやらんから、トーラレルで我慢するんだな!」


「ははは、ご冗談を」


 愛想笑いで当主の言葉を軽くいなし、「それで、ご用件について」と切り出そうとした。


「まぁ待て! まずは食事にしようではないか、俺は俺と戦った戦士を労いたくて仕方がないのだ!」


「それが良いですね、授け人もよろしくて?」


「当主様がよければ、ご相伴いただこうかと」


「よろしい! では支度をさせよう!」


 言い出すや否や、レジンスは樫原調度の扉を勢いのまま開け開きて駆け出してしまった。置いていかれた御堂もこれには、ぽかんとして見送るしかなかった。


(……当主が自ら料理でもするのか?)


「ごめんなさいね、あの人はいつもあんな調子なのよ」


「いえ、自分程度の男が言うのもなんですが、大変男らしい勇ましさかと」


「お世辞がお上手なのね、そうして私の娘も口説き落としたのかしら?」


「それについては謝罪した方がよろしいでしょうか」


 目を伏せてみせた御堂に、婦人はまた小さく笑った。そしてずっと自身の後ろに隠れているセシリタを「ほら、貴女も挨拶しなさいな」と手で押した。


 前に出された少女は、御堂を恐れているように目を合わせようとしなかった。


(まぁ、見知らぬ男というのは小さい子にとっては不審な相手でしかないだろうな)


「あら、普段はこんなに人見知りではないのだけれど」


 セシリタのこの様子は普段通りではないらしい。御堂はふむと少し対応方を考えてから、それを実行に移した。


 腰を落として片膝を着き、目線の高さを合わせる。それから出来る限り柔らかい声音を意識して、御堂の仕草に反応したセシリタに話しかける。


「セシリタ様、もし自分が何か失礼を働いてしまっていたのなら、申し訳ありません」


 そう己の不明を謝罪し、小さく頭を下げる。対し謝罪を受けた方は予想していなかったことに少し驚いた様子で、そこで初めて御堂の顔を見た。


「共和国の礼節に疎い故の失礼があったのなら謝罪します。どうかお許しいただけないでしょうか」


 くりりとした丸い瞳を正面から見据え、御堂は続けた。丁寧調の言葉に、まだ十二歳の少女はむしろ圧された。

 母親はそのやり取りが面白いらしく、手で口元の笑みを隠しながら見守るだけである。


「あの、その」


「何かお話があるならば、落ち着いて、ゆっくりと仰ってください」


 柔らかく頬じりを上げ、「自分は待ちますよ」という意思を言葉と表情で伝える。それで氷解したのか、セシリタは小さい口を開いて話し出した。


「ありがとう……トーラレル姉様から聞いていたものと貴方は、違うなって思ったの」


 小さく羞恥が混ざりながらも、しっかりとした声量からは本来の性格が伺えた。「聞いていた話というのは?」という御堂の問いにも、こくりと頷いて答える。


「姉様の言っていた授け人は、父上のように強く勇ましい戦士だと聞いていて、もっとがつんとした男の人だと思っていたの。だけど、今日会って父上と母上と話している貴方は、とても柔らかい人みたい」


「柔らかい、ですか」


「そう、きっと優しいんだなって思って、だけどそれで、その……」


「この子、貴方が夫と似たような男性だったらどうしようかって思っていたみたいなのよ」


 言い淀んだ少女の続きを母親が引き継いだ。

 父親と似た男だと何がまずいのだろうか、そう考えて、御堂はふと「父親の洗濯物を一緒に洗いたくない娘」という、しょうもない例えを思い付いた。


「……貴女は当主様がお嫌いで?」


「まさか!」


 オーバーリアクションで否定したセシリタの態度に、むしろ御堂はほっとしすらした。もし肯定されたら、娘を可愛がっていることが窺い知れるレジンスがあまりにもかわいそうだったのである。


「では、なぜ?」


 御堂の問いかけに、「父上は温度が高いから」とセシリタは返した。「温度が?」

 と怪訝にする相手に頷いて説明する。


「戦士としての熱が高い人だから、尊敬はしているの。だけど同じ温度の人が近くにいたら、合わさって良くないことになってしまうから……」


「……なるほど」


 この少女の感性がなんとなくわかってきた。一つの推測を御堂は得ていた。


(物事を比喩的に捉える子だ。小さい子には良くあることだし、特に不自然な振る舞いでもない……短く言うなら、詩的な少女か)


 ならばと、それに応じて解釈した通りの態度をしてみせるのが御堂である。


「それはつまり、自分と当主様が似た者同士であると、勢いが行きすぎてしまう事態になってしまうのではないかと、そう心配されたのですね?」


「わかるの?」


「はい、仰りたいことは理解できました」


「……やっぱり、私の感じた通りの人だった、貴方はとてもひんやりとした涼しい人なのね」


「冷静に見えると受け取っても良いのでしょうか」


 確認に、セシリタは母親そっくりの笑顔を浮かべた。


「うん、父上とは真逆の人……そんな貴方なら、人間でも姉様と一緒になるのは良いことかも、姉様も見た目はひんやりしてるけど、中はとても熱い人だから」


「後者は自分もわかります。が、一緒になるという予定はありません」


 そこだけはしっかりと否定する。「そうなの?」と首を傾げる少女に「そうです」と再度返して立ち上がった。再び大人の視線の高さになった御堂からは、ジェローネもまた目を細めて上機嫌に見えた。


「この子は不思議な物の捉え方をするでしょう? 不慣れな相手は大抵、それをよくわからなくて困るのよ? 貴方は随分、女の子の気持ちがわかるのね」


「滅相もありません。自分のような頭の硬い男には、年頃の少女が考えることは不可思議の塊のようなものです」


 否定した御堂に、婦人は面白いことを聞いたように小さく声を漏らして笑った。


「あら、誤魔化しは下手くそね。それとも無自覚なのかしら?」


「お好きに見ていただければと」


「では好きに評することにしましょうか、ミドール?」


「お手柔らかにお願いします」


 どうやら婦人の不評を買わずに済んだらしい。御堂は内心でほっと胸を撫で下ろす気になった。先と違い、トーラレルの妹もこちらを不審がる態度は抜け切っていた。


(掴みは上々、と言って良いか、これは)


「待たせたぁ!」


 樫木の扉がばたんと鳴らして開いた。戻ってきたレジンスと、その後ろには久しぶりに顔を見るトーラレルがいる。そしてそのさらに後ろからぞろぞろと使用人が入ってくる。その手には皿に乗った様々な料理があった。


「トーラレルが張り切りおってな、持ってくるのに時間がかかったわ!」


 言いながら娘の背中を軽く叩く。トーラレルは慣れた様子で「少し痛いです、父上」と対処してから、御堂の方を向いて、見事な一礼をしてみせた。


「ようこそ講師ミドール、僕の元へ来てくれて嬉しいよ」


「その言い方は語弊があるから、やめてくれ」


 堪え切れず息を漏らした御堂に、イジン家は各々の笑い方で応じたのだった。

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