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5.1.4 緑の益荒男

諸事情により、今週の更新は2021/9/5日曜日、2021/9/6月曜日に変更します。

今後、執筆に差し障る状況が続く場合は更新日を毎週の日・月とする場合があるかもしれません。

更新を滞らせてしまい、誠に申し訳ありません。

「っ!」


 頭上を突き抜けていったのが刀剣だと気付いた頃には、相手はすでに突撃してきていた。

 重い足音を鳴り響かせながら腕を振ったかと思うと、緑の剛腕には一振りの剣が握られていた。


(実態を生み出す、トーラレルの魔術と近い!)


 推測しながらも機体を制御する。屈めた状態を溜めとして、バネのように膝を伸ばすことで推進力とする。それで相手の右脇を通り抜ける。


『ぬぅっ!』


 右腕で右側に剣は咄嗟に振れない。そう見越した通り、当主は御堂の回避を易々と許した。


「こちらの腕を確かめたい、ということでしょうか?」


 着地と同時に振り向き、同じく足を止めて向き直った真緑の鎧へ尋ねる。鎧は笑い声と共に胴体を揺らしながら『そうだ!』と肯定した。


『我が娘の伸びた鼻をへし折ってくれたという人間、その力を確かめずイジン家当主は務まらん!』


「……自分は遠慮したいのですが」


『ならんな!』


 問答をする間にも、鎧は剣を低く構える。説得は不可能だと判断した御堂も、


「機体出力を戦闘モードへ、戦闘動作は二番を」


 《了解 主機出力上昇 コンバットマニューバ ツー》


 AIに指示を出し、機体を半身で構えさせる。しかし、まだ得物は出さない。


『武器は抜かんのか授け人?』


「自分としては、当主様に危害を与えたくありません」


『ほう、つまりそちらは既に俺を超えていると?』


「兵器としての能力差は明白です」


『なるほど、なるほど……』


 確かめるように繰り返した当主は『はっ!』と鼻で笑う。相手がこちらを舐めているとは受け取らなかった。ただ純粋な分析をした上での発言だと解釈している。だからこそ、


『よくぞほざいた! 授け人ぉ!』


 若者がした安直な推測を、真正面からひっくり返してやるのが武人の勤めだと当主は断した。その意義が形となったかのように、緑のサルーべが駆け抜ける。


 その速度と重厚な見た目は大きなギャップを生み出す。それほどの猛進だった。まるで、暴れる闘牛が闘士へ突っ込んでいくかのようだ。


「これで引き去るとは思っていなかったが!」


 まさか同じ手は通用しまい、ならば刃を避けて相手を掴み、投げ飛ばして無力化するしかない。

 避ける構えも見せず、両腕を柔道に近い構えで前に出す。果たして、両者が激突する。


「なっ?!」


 そう、“激突した”。サルーべは剣を振るわず、ネメスィにショルダータックルを喰らわせたのだ。

 パワーはネメスィが上でもウェイトはサルーべが上である。勢いが乗った体当たりをもろに受ければ、姿勢を保てるはずがない。


「くっ!」


 吹っ飛んで背中から着地しそうになるのを、背中の副腕を使って防ぐ。勢いを殺さず後方へ宙返りして足を地へ着ける。だが眼前にはすでに剣を振り上げた敵がいた。


『獲ったぁ!』


 両腕で保持した剣を脇に引く、突きの構え。牙突だと御堂が認識したのを読み取って、センサーが切先の向きを予測する。そしてすぐさま弾着点をディスプレイに映した。


『覚悟ぉ!』


 次の瞬間には弾丸のような突きが見舞われた。頭部を狙う動き。それを上半身と首を傾けることで擦りに抑える。だがネメスィが姿勢を整える隙など与えず、サルーべは素早く腕を引いた。さながらボルトアクションライフルのリロードだ。


(多段突きか!)


 その読み通り、二撃目がネメスィを襲った。倒れかけている胴体左側への鋭い一撃。咄嗟に左腕前腕を迫る切先の僅か後ろに叩きつけ射線を逸らすことで、辛うじて直撃を逃れる。ほとんど反射的な防御だ。


 息を吐く暇もなく三段目、胴体正面──


『しゃあっ!』


 気合の声と飛んできた一撃がネメスィの胴体正面の装甲を捉えた、かのように見えた。剣先に押されたかのように、白い鎧の胴体は後方へ倒れ込んでいる。


 両膝を全力で折り曲げた変則スウェー、それでも姿勢を崩して倒れこまないのは、背面の副腕が上半身を支えたからだ。


「しっ!」


 その副腕を支点に両足を振り上げ、揃えた形で曲げていたバネを解放。凄まじい脚力を持って両足裏をサルーべの胴体に叩き込んだ。

 人型機動兵器の出す暴力的な馬力は、重量級の魔道鎧を蹴り飛ばすに余りあるパワーだった。


『ぐぬぅ?!』


 予想外の反撃と衝撃に、吹っ飛んだサルーべが足裏で畑を耕しながら後退した。並の魔術師ならば転倒していてもおかしくはないが、緑の鎧は片膝をついただけですぐに立ち上がる。


 流石はトーラレルの父親かと、御堂は舌を巻いた。一筋縄で行く相手ではない。


『くっ、はは、いいぞ! 実に良い!』


「これで、お認めになってはいただけませんか」


『授け人は何か勘違いしているな、俺はそちらのことをとっくの昔に認めている!』


「ではなぜ?」


『娘の婿候補を打ち倒してこその、父親であろうが!』


 御堂が「はぁ?」と疑問符を出している間に、相手が再度突進してきていた。反応がワンテンポ遅れる。致命的な隙を生んでしまった。


(絡め手か!)


 それが相手の策だと理解した頃には、回避できる距離ではなくなっていた。虚を突かれたが、御堂の思考力ならばまだ対応できる。


(やむを得ない!)


 決意した御堂が武装の展開を強く念じた。両腕の白い袖から薄緑に輝く刃が飛び出す。


「片腕は覚悟していただく!」


 無手だったはずの相手が急に得物を生み出したことに、当主は一瞬だけ戸惑った。それを御堂は見逃さない。


 右の光分子カッターが左回りに舞い、降り下ろす前の剣腹を捉えて切り飛ばす。それに追従する形で機体全体が回って、左後ろ蹴りが緑の胴体を打ち据えた。


 たまらず仰け反った相手の左肩に三連撃目のカッターを叩き込む。一瞬の抵抗感のあと、重厚さを無視して肩の装甲を寸断した。だが、それだけだった。


『なんとっ!』


「避けられた?!」


 秒もかからずに機体に傷を負わされた当主と、左腕を叩き斬るつもりで放ったはずの攻撃を回避された御堂は、同時に驚愕した。


 先に我へ返った御堂が後ろへ飛びすがり、様子を窺う。


(仕留めきれなかったが、無力化はした!)


 あとはこの茶番を終わらせる提案をするだけだ。そう思って声を出そうとしたそのときだった。再度、緑の鎧がくっくと胴体を揺らして笑い出した。


『これはこれは想定外だ! これほどの使い手、共和国でもそうはいない……帝国には存在すらしないだろう!』


「お褒めいただき光栄です。それは認めていただけたと思って良いですか?」


『くどいな、先も言ったが俺は最初から授け人を認めている!』


「ではこれで確認できたはずです。茶番は終わりにしませんか」


 茶番、という単語が出た直後、サルーべの動きが静止した。


『茶番、茶番か……授け人にしてみれば、この程度はお遊戯に等しいということだな?』


(……しまった)


 完全な失言をしてしまったと気付いたが、もう遅かった。サルーべの両腕に再び剣が出現している。完全に相手の闘争心を煽ってしまっている。


「申し訳ありません、今のは失言でした」


『良い! 許す!』


「それでは──」


『許しはするがその強さ、より深く試したくなったわ!』


 ぐっと前傾姿勢になったサルーべが、先までとは比較にならない速度で突進してきた。こんなところまで娘とそっくりであった。


『付き合え! 授け人ぉ!』


 強い殺気を感じ取り、御堂の頭から手加減や配慮と言った言葉が完全に消え去った。


「っ、両腕を!」


『チェェェストォォォ!』


 両側から挟み込む軌道の斬撃が気迫と混ざって襲いかかる。喰らえば胴体を上下真二つにされる一撃を、御堂は全力で迎撃した。


「覚悟していただく!」


 前方へ迫り出した翼からもう二振りの光分子カッターが飛び出す。合計四本の刃が敵目掛けて正確無慈悲に舞い踊った。コンマ単位の中で、真緑の腕と魔術で具現化した剣が粉々になってバラけた。


『なぁっ……?!』


 当主からしてみれば、何が起きたのか認識し切れない。白い機体の翼が動いたかと思った瞬間、自分は得物と両腕を同時に失ったのだ。それだけわかっただけでも、戦士として優れている。


「せあっ!」


 そのまま勢いを殺せず突っ込んできた相手を受け止めず、ネメスィは片足でサルーべの腰を引っ掛けて後ろへ転がり投げ飛ばした。脚力だけで再現した巴投げだ。

 両腕を失って受け身も取れないサルーべは、一瞬の滞空の後に背中から激しく地面へ打ちつけられ、


『うっ……ぐあ……!』


 暴力的とも言える衝撃を搭乗者に与えることになった。耐Gスーツも着ていない生物がこれに耐えることなどできはしない。

 しばし呻き声を発していたサルーべは、仰向けに倒れた状態で完全に機能を停止した。益荒男と呼ばれたレジンス・アシカガ・イジンは、己の敗北を感じながら意識を手放している。


「……これは」


 やってしまった。命の危機があったとしても、貴族の当主を相手にして良い仕打ちではなかった。明らかなやり過ぎを自覚して、御堂はがくりと項垂れる。いつの間にか止まっていたクラシックの演奏も相まって、非常に気不味い雰囲気が漂っている。


 そして城壁からこちらへ駆けてくる、おそらく街の衛兵のものだろうサルーべ数体にどう言い訳をすれば良いか、必死に思案し始めるのだった。

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