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5.1.3 イジン家

2021/8/29

本日予定した更新ですが、諸事情により翌日8/30の21:00へ変更とさせていただきます。

お待たせしてしまい、申し訳ありません。

 ネメスィの足元で揺らいでいた焚き火が消え、月明かりだけが辺りを照らす夜になった。

 夜風が草原を撫でる微かな音だけが、余計に静かさを演出していた。


 それとは対照的に、白い機体に備え付けられている各種センサは目まぐるしく周囲を探り、警戒を続けていた。AIによる自動センサー制御は、日本製AMWの十八番だ。


 機械であれば、当然休む必要もない。万が一、寝込みを襲おうとする輩がいたとしても、接近しきるよりも先に迎撃を受け、粉微塵と化す。そんな凶暴さを持った兵器は、眠っている主人の代わりにしっかりと寝ずの番を続けていた。


「噂の白い魔道鎧、この目で動きを見れたのは幸運だったな」


 御堂らがいる場所から百メートル程度の距離、全高八メートルの機動兵器同士であれば近接戦闘距離と判断される位置に、彼と魔道鎧はいた。


 暗闇に溶け込むような暗い深緑の装甲は、緩やかな曲線を描き、魔道鎧が本来持ち得ないしなやかさを体現している。その肩に立っている男性も、スマートな印象を周囲に与えるであろうシルエットをしていた。


「昼間に見たときは、中々できる騎士もいるのだと思ったけれど……番もせずに寝ているとは」


 仕事のついでに魔獣の襲撃を受けた村の近くにいたこの男性は、そこで目撃した白い魔道鎧、ネメスィに興味を抱き、ここまでずっと遠見の魔術で監視していたのだ。


 普通であれば、その程度の距離であればネメスィのセンサーは相手を逆探知して御堂に知らせることができる。だが、この男性とその愛機はそうさせなかった。


「警戒心が薄いのは、授け人の共通点と言う学士がいたというのも、あながち嘘じゃなさそうだ」


 一人旅には慣れていないようだ。彼は御堂をそう評した。当然、その相手がネメスィに周囲を警戒させているとは知らないが故の発言である。


 だが、それは同時にネメスィの持つ警戒装置に無意識に甘えていた御堂の危機感の無さも鋭く指摘していた。事実、ネメスィがセンサを発動させ監視しているはずの距離内に、この魔道鎧はあっさりと侵入してきていた。


「しかし……不意打ちを受けて、あっさりと死ぬような輩だと困るのだけれども」


 いっそ、ここで仕留めてやろうか、その方が“妹”のためにもなるかもしれない。

 かなり本気でそう思案し、するりと搭乗席に滑り込む。

 待機していた魔道鎧が身じろぎする。頭部にある赤い四つの複眼が、鈍く光って闇夜に浮かび上がる。


「半分は冗談として、反応を見るくらいはできるかもしれないな──」


 言うが早いか一歩、助走のために魔道鎧が踏み出しかけた瞬間、男性は鎧が上げた片足が地面へ着くのを止めさせた。ぎりぎりのところで、足音が鳴るのを阻止できた。


「……面白いな」


 にぃと面白いものを見たと、男性は微笑を浮かべた。自分の鎧が動いた直後、視界の先にいる白い巨人の頭部がぐるりと動き、こちらを捉えたのだ。


 搭乗者がいないのに、魔道鎧が動く。他に魔道鎧を動かせる人間がいないというのは、監視していたのでわかっている。この世界ではあり得ない現象であった。


「主がいなくても動く魔道鎧、これは確かに妙な存在だ……で、それを操る主も当然、奇妙なやつというわけか」


 くっくっと小さく笑い、男性は鎧の足を後ろへ下げ、そのまま後退りするように白い鎧から離れさせる。ある程度距離ができたところで完全に背を向け、目的地へ向かって歩き出す。


 これ以上は監視しても進展はなさそうであるし、数日以内にはあの白い鎧とも、それに乗っている授け人とも会える。そうわかっているからだ、


「気が変わった、少しは妹の言うことも信じてやるか……それに、あいつの言う通りだとしたら」


 ──利用できるかもしれない。


 ***


 特に何事もなく朝を迎えた御堂は、手早く身支度を整えるとネメスィに乗り、目的地へと歩を進めた。

 それからの旅路は問題もなく進んだ。そのため想定よりも早く、事前に知らされていたものと同じ建造物が見えてきた。


「これは、城塞都市か」


 高さ二十メートルはある灰色の城壁が、ぐるりと街を覆っているように思えた。街として比べるとすれば、イセカー領の街よりも学園都市の方が的確だろう。あそこまでは大きくもないが、決して小さくもない。


 その城壁の向こうにある中央部、唯一壁の外から見える高さがある建物を見て、イジン家の城だとすぐにわかった。


「さて……聞いた話では迎えが来てくれるそうだが」


 流石に初見となる相手の街に、機動兵器でそのまま入るわけにはいかない。のだが、城壁の周りに広がる農地には、人っこ一人いない。


(……意図が計れないな)


 この世界にきてしばらく経った御堂にはわかるが、この時間は農作が行われていても不思議ではない。だというのに、それを行う農民がいないのだ。明らかに作為的なものを感じる。


 さらに言えば、人々が往来するであろう大きな城門は硬く閉ざされていた。まるで、やってきた相手を踏み入らせないためのように、


(何らかの目的があったとして……それがわからない、なんのメリットがある?)


 ムカラドはイジン家が御堂を陥れようとする可能性もあると言っていた。一瞬、そのための策かと思ったが、すぐに否定する。

 そうするなら、城壁内に入ったところを攻撃した方が確実だからだ。相手がこちらを知っているならば、平野地帯でネメスィと戦うことの無謀さくらい、知っているはずだった。


「こちらとは無関係の何かがあった、と考えるのが自然だな」


 呟いて、ふっと息を吐く。ともかく、向こうがこちらを見つければ、何らかのリアクションがあるだろう。どう対処するかはそれを判断してからでないといけない。


「少し待って、最悪はここでもう一泊か……」


 気を緩めてヘッドマウントディスプレイの金具を一つ外し、そんなぼやきをしたときだった。


 《警告 動体反応感知 十二時方向 距離五〇〇》


「数は?」


 《一機と推定 機種判別不能》


 警告を発したAIによって、緩みかけていた思考が一気に引き締められた。片手で金具を締め直しながら、前方五百メートル、つまり城壁の正門を睨みつける。


 城門がゆっくりと開いていくと、その姿が見えた。真緑の魔道鎧、御堂が知る中ではサルーべが近いだろう。共和国で広く運用されている量産型、三等級の魔道鎧だ。


「サルーべ? いや、その亜種か」


 だが、その真緑の鎧は御堂が知るそれよりも厳つかった。追加装甲だろうか、胴体四肢が分厚くされ、刺げ刺げしい印象の代わりに重厚さを見せつける。御堂がそれを見てサルーべだと思ったのは、頭部だけが原型機と同じだったからだ。


 城門が開ききると、それを待っていたかのように魔道鎧が大きく踏み出す。そして城壁から離れた位置に来ると、足を止めて静止した。立っているだけだというのに、奇妙な威圧感がある。


(何か仕掛けてくるか?)


 敵対していると断じれはしないが、友好的とは決して思えない相手の一挙動をも逃さないようにと目を張る。

 じっと身構えるネメスィに構わず、真緑の鎧はすっと片手を振り上げた。すると、その後ろにある城壁から凄まじい大音量でそれは流れてきた。不思議と御堂にも聞き覚えがあるそれは、


「──クラシック?」


 思わず、その単語が口から漏れた。マイクセンサー越しに御堂の耳に入ったその音楽は、少し違ってはいたけれども、確かに地球にあったクラシック音楽である。


 どういうことだ、と御堂が警戒よりも困惑を強める。その戸惑いが機体に現れていたのか、相手の魔道鎧が太い声を発した。


『そちらの礼儀に沿ってみたが、お気に召さなかったか! 授け人!』


 威勢のある大きな声だった。御堂も外部スピーカーの音量を最大にして返答する。


「そのお言葉からして、こちらのことを把握してらっしゃるとお見受けしますが、イジン家の方でしょうか」


『如何にも! 俺がイジン家が当主、レジンス・アシカガ・イジンである!』


 なおも大音量の音楽が奏でられる中、真緑の鎧はそう名乗った。これには、流石の御堂も驚かざるを得ない。まさか当主本人が、このような手段で姿を表すとは思っていなかった。


「先に名乗らせてしまい申し訳ありません、自分は」


『良い! そちらのことは娘からよーく聞いておる!』


 それを聞いて、御堂はやはりとため息を吐きたくなった。御堂とムカラドの予想通り、この地へと向かう原因になったのはイジン家の長女にして御堂の教え子であるトーラレル・アシカガ・イジンだった。


『授け人は講師としても人としても非常に優れた良き人物であり、尊敬に値すると聞いている。実に天晴れな人間よな!』


「恐縮です。このような歓迎をいただけるとは思ってもみませんでした」


『うむ、うむ、そうだろう。なにせ良く聞いているのだ……今代の授け人は』


 そのとき、相手の纏う雰囲気がガラリと変化したのに気付けたのは、御堂の戦闘センスによるものだった。


『戦い甲斐があるとなぁ!!』


 機体が思考を拾うのとほぼ同時、屈めた身の上を鋭い切先が通過していった。

 流れる曲調が変化する。激しく急かすような演奏が、戦闘開始を告げた。

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