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1.2.6 魔獣

 その日も、御堂は城壁の下へと来ていた。今は大岩を運び終えて、邪魔にならないように、少し離れたところに機体を立たせている。そこから、作業をしている兵士たちを観察していた。


 兵士たちが手に持っているのは、簡単な造りのスコップやツルハシと言った道具で、木製の手押し車も何台かあった。それらの文明の利器を見て、御堂は考える。


(この世界に過去、やってきた授け人というのは、考えなかったのだろうか。自分たちが教えた技術が、どのように影響するかということを)


 これは、御堂が初めて授け人の話を聞いたときから、ずっと考えていることだった。できるからと言って、異常に進んだ文化を教えるのは、良いこととは言えない。

 例えば、無線機器を授け人がこの世界で開発したとしたとする。それは、人々の生活に大きく貢献するだろう。だが同時に、戦争、人の争いにも活用されることは間違いない。


 戦争の技術が発達するということは、それだけ規模が大きくなるということでもある。近代戦のように戦闘規模を小さくするには、とても数人の授け人が与える技術では足りない。半端な技術は、無駄に戦火を広げるだけに思える。


 なので、御堂はこの機体、Tk-11“ネメスィ”に関する情報を、わかりやすく伝えないことにした。この機体の知識から、争いのための技術が、大きく進歩してしまう可能性もあるからだ。御堂としては、それは避けたい。


(ダイナマイトを産み出して、戦争に使われた偉人と同じ轍は踏みたくないからな)


 そんな思いを浮かべている御堂の耳に、甲高い音が聞こえてきた。兵士の持つ警笛だ。何かあったらしい。


「なんだ……?」


 御堂は彼らが作業していた方にカメラを向けて確認する。兵士たちは大慌てで、城壁が崩れ穴が開いている場所から、走って逃げようとしていた。その城壁の向こうは深い森になっている。次の瞬間、その木々を倒しながら、それは現れた。


「……恐竜?!」


 現代地球人である御堂が、それを見て驚きの声をあげたのも無理は無い。木々を抜け、城壁の残骸を跨ぐようにして出現したのは、そうとしか表現できない生物だったからだ。全高十メートルはある巨体を青黒い鱗で覆っている。黄色い目は鋭く、悲鳴をあげて逃げ惑う兵士を睨んでいた。牙の並んだ大口が、よだれを垂らす。


 例えるならば、恐竜映画に登場するようなティラノサウルスに似た生物の目が、獲物を物色しているのだということを、御堂は直感で理解した。


 その恐竜らしき生物は、御堂が固まる前で、兵士に襲いかかろうと駆け出していた。一人が煽りを受けて転倒して尻餅をついて倒れる。あわや食いつかれると思われたが、その前に躍り出る人影があった、オーランだ。腰の剣を抜いて部下を守ろうとしているが、あんな巨大生物の前では、人の剣など爪楊枝のような頼り無さである。


「っ!」


 御堂は判断を下す暇も惜しいと、全力で念じていた。ネメスィはそれに応え、白い巨人の両脚は、一瞬で機体を最高速度まで持って行く。オーランに顎門が襲いかかる直前、ネメスィはその恐竜に体当たりをかました。


『ミドール殿かっ?!』


「逃げろ! 早く!」


 八メートルある人型兵器のタックルを受けても、恐竜は少しよろめいただけだった。爬虫類のような黄色い眼光が、ネメスィを睨み付ける。自身より一回り小さい人型を、敵だと認識したらしい。


「AMWにぶつかられて平然とする生物か……!」


 御堂は一瞬、その眼光に身を竦めそうになった。AMWよりも大きい陸上生物など、生まれて初めて見る。衝撃があった。


「だがっ!」


 ここで引いては生身の兵士たちが命を落とす。御堂は気合を入れて、雄叫びをあげた。外部スピーカーがそれを出力し、恐竜を威嚇する。声を受けて、相手が怯んだように見えた。隙を見つける。


「――おぉぉ!」


 更に声を出し、恐怖を振り払った御堂が念じる。ネメスィが一気に距離を詰め、かぎ爪を持った太い両腕を、ぐいと掴み上げて身動きを封じようとした。

 すぐに光分子カッターで斬り込むべきだったかと逡巡もした。だが、光分子カッターの刃渡りでは、瞬時に致命傷を与えて無力化するのは難しいと見た。


 恐竜もまた吠えて、至近距離に来たネメスィに顎を叩き付けようと振るう。その頭部を、白い巨人の翼が掴んで受け止めた。このAMW、Tk-11の翼は、サブマニピュレータ――第三、第四の腕にもなるのだ。


「な、なんだあれは!」


「翼が腕になったぞ?!」


 それを見ていた兵士たちと、更に離れたところにいたラジュリィは驚嘆した。授け人ミドールの魔道鎧は、四本の腕を巧みに操るのか? 既存の人型をしている魔道鎧しか知らない者からすれば、それは驚愕に値する。


 兵士たちが見ている前で、がっちりと組み合う両者。だが、ネメスィが巨体に押される。足裏が地面を抉って滑った。この最新鋭機の出力を持ってしても、巨大生物との体格差は覆せない。


《脚部膝関節に過負荷 クラスDの損傷》


 関節部が嫌な音を出し始め、AIが負荷を知らせた。力負けはしていないが、上からのしかかるように力を加えられる。このままでは流石にまずい。しかし、御堂は訓練を受けた自衛官である。それには無論、体術、“自分よりも大きい相手に対して有効な技”もある。御堂は念じて、それを機体で再現した。


「――うぉぉっ!」


 相手の片腕を放したネメスィが身を屈め、相手に背を向けるように回転する。相手の顎と片方の腕は掴んだままだ。そのまま、えいと気合いを入れて、相手を背負うように腰を折った。自分と同じ重量三機分を持ち上げられる膂力が発揮され、恐竜の脚が地から離れた。受け身を取らせる必要は無いので、一番遠心力が働くタイミングで、拘束を解いてやる。


 変則的な背負い投げが炸裂した。


 恐竜は宙を飛び、十メートルほど行ったところに落下した。衝撃音と共に地面へ身を横たえた恐竜は、自身の身に何が起きたのか、理解できない様子だった。すぐに起き上がらない。それを逃す程、御堂は甘くはなかった。


「これでっ!」


 残弾を気にする余裕はない。相手が動き出す前に仕留める。翼が可変し、砲身となった。周辺に兵士がいないことを確認、照準は一瞬。発砲で轟音が鳴り響いた。

 その音に身を竦めたオーランや兵士たちが、恐る恐る顔を上げる。そこには、胴体と首に大型徹甲弾を撃ち込まれたことでばらばらに砕け散った、怪物の亡骸があった。


「これは、殺っただろうな……」


 恐竜の遺体が、この状態から動き出したら困ると思いながら、御堂は確認するように呟いた。それが確かにもう生きてはいないという実感を得ると、大きく息を吐く。額には冷や汗をかいていた。あんな生物を相手にした戦いなど、初めてだった。日本どころか地球でも経験しようがない。


「火でも吹かれたら、どうしようかと思ったが……」


『ミドール殿!』


 そんなことを呟いたとき、ネメスィの足下にオーランと兵士たちが駆け寄ってきていた。御堂は機体に降車姿勢を取らせると、ヘルメットを脱いでコクピットから出た。機体から見下ろす限り、怪我人も死者もいないようなので、御堂は安堵した。


「みんな無事か!」


「ああ、おかげで命を救われた! ありがとう!」


「素晴らしい戦いぶりでしたな!」


「授け人殿!」


「あれを一人で倒すとは、やはり授け人は凄まじいな!」


 機体から降り立った御堂を兵士が囲い、賞賛の声をあげてはしゃいだ。それだけのことをしたのかと、御堂がオーランに聞く。


「あれはバルバドと呼ばれる、恐ろしい魔獣だ。村を襲い、人や家畜を貪り食う。あれが数体に、村や小さい町が全滅したなんて話も聞く。駆除するにも、魔道鎧が複数でかからねばならない。正に怪物だな」


「そうだったのか……」


 魔道鎧、この世界の機動兵器が複数体でなんとかする相手を、御堂は一機で倒してしまったのだ。御堂は、自分が失態を犯したことに気付いた。AMWの、ネメスィの力を兵士たちに誇示してしまう形になってしまったのである。これは、あまりよろしくない。


「それにしても鮮やかな腕前だった。ミドール殿の魔道鎧も凄まじいが、それだけではないと見るな」


「……どういう意味だ?」


「ミドール殿の操縦が、良かったということだ。流石は授け人と言ったところか?」


 オーランの褒めの言葉は、御堂にとって渡りに船だった。すぐに判断し終え、考えた嘘を口にする。


「ああ、この鎧はあのバルバドというのに力負けしていたからな。自慢じゃないが、俺の腕じゃなければ、負けていたかもしれない」


「言うなぁ、授け人殿!」


「だが言うだけのことはある!」


「ああ、ミドール殿は、相当の乗り手だ」


 周囲の兵たちもオーランも、御堂の発言を鵜呑みにしたようだった。得意げに笑みを浮かべる裏で、御堂は胸を撫で下ろす気持ちだった。なんとか、機体ではなく自分が優れているから、あの怪物を倒せたということにできそうだ。これで、ネメスィのことを知りたがる者が増えることは防げるはず。


 御堂はそう考えていたが、これを離れたところから見ていたラジュリィは違った。彼女は、魔道を使おうと集めていたマナを霧散させて、人の輪に囲まれている御堂ではなく、その側に跪いている鎧、ネメスィを見た。


(また見れましたが、あの魔術はいったい……)


 翼から放たれた二発の魔術らしき飛び道具。二回目に見ても、あれは彼女の知る魔術とはかけ離れた現象だと思えた。故に、知りたい。あの鎧のことも、操り手である御堂のことも。


(一人の魔術師見習いとしては、興味を持たずにはいられませんね)


 少女にそう見られていることも知らない御堂は、兵士たちに胴上げされていた。

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