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4.4.9 機士らの現状における情報整理 その九

 ラジュリィたちのイセカー領滞在の期間も終わり際となったある日。


「イジン家からの文など、珍しいものだな」


 イセカー領の書斎にある椅子の上で、領主のムカラド・ケントシィ・イセカーは従者から受け取った手紙を、観察するように手元で遊ばせていた。


「術師たちに確認させましたが、特に危険はないかと」


「何かあっては困るが、用心するに越したことはないか」


 下がってよし、そう告げて従者が書斎から立ち去ったのを確認する。


「イジン家のあいつとは、もうしばらく連絡を取り合ってなかったか」


 帝国のイセカー領と共和国のイジン家は共に国境沿いの防衛を司る辺境伯であり、国境線を挟んで隣り合った場所に存在する間柄だった。


 昔、と言っても本当に遥か昔には剣を交えたこともあったが、ここ百年と少しは小競り合いもない。むしろ、互いに貿易を行う程度には良好な関係を築けている。


 これもまた、イセカー領が他の帝国領から『エルフに肩入れする腑抜け』だとか『帝国貴族としての誇りがない』など、謂れもない陰口を叩かれる原因でもある。

 もっとも、当の両家はそういった輩に一切の反応を示さないし、少なくとも皇帝はその行いを認めていた。むしろ、皇帝はその関係を狙ってムカラドを辺境伯として置いた節まであった。


 とかく、国は違えどもイセカー領とイジン家は“仲の良い”貴族同士なのだった。


「ここのところは忙しい、というよりかは騒がしかったからな……」


 ただでさえ多忙であったところに舞い込んできていたあれこれを思い浮かべながらも、手紙の封を切って中身を取り出す。


(さて、あいつもただの世間話を文で送ってきたりはすまい)


 堅苦しい挨拶の文を飛ばし、さっさと内容を読み込む。少し長々と書かれていた文章を数分かけて読み終えた。そして、もう一度数分かけて読み返す。


「ううむ……」


 思わず三度目の読み直しをしようとしたところで、手紙の内容が現実のものだと認めざるを得なくなった。

 大きく息を吐いて、椅子の肘掛けを指で叩く。何か考え事があるときにするムカラドの癖だ。


(何かしらの要求か、取引の類が来るとは思っていたが……)


 その読み自体は当たっていた。イジン家の当主から送られてきた手紙には、“あるもの”に関係する取り引きについての要求、というよりかは、


(文面を砕いてみれば、懇願しているようですらあるが……)


 丁寧な言い回しで事務的な文面であったが、付き合いの長いムカラドにはわかる。文を書いた男の『助けてくれ、頼む!』という声が聞こえてくるようだ。


 あの武人、あるいは騎士の概念を固めて焼いたような男が、何があればこのような手紙を送って寄越すというのだろうか、これを受け取ったのがムカラドでなければ、イジン家の威厳が地に落ち兼ねない内容だ。


「して、何があったのだろうかな」


 それだけの窮地に立たされていることは想像に容易い。だが、それと取り引きで要求されているものがどう関係するのかがいまいち結びつかない。


「あいつも肝心な部分を書かんとは、羞恥心でも出たか、あるいは……」


 ムカラドは手紙に書かれていない情報を脳裏から引っ張り出し、点と点を繋ごうとし始めた。


(どうして、ミドールの名がここで出てくるか、単純な武力ではあるまい)


 そう、手紙にあった要求を端的に言えば『そちらにいる授け人、ミドールを数日で良いからこちらに置かせてほしい。できれば内密に』という意外な内容だったのだ。


「武力が欲しいだけでミドールを求めるのもおかしい。そも、共和国は授け人を昔ほど良く思っていないはずだ」


 口に出して呟く。その通りで、共和国は授け人をそれほどありがたい存在と思っていない。異世界からやってくる彼らが総じて魔素を持たない、魔術を使えない『魔無し』だからだ。


 過去の共和国ではそんなこともなかった。授け人たちに幾度となく恩恵を受け、存亡をかけた出来事があった際にも、彼らが共和国を救ったという歴史もある。


 だというのに、彼の国が授け人を軽視し始めたのは数十年前、魔術至上主義の貴族が数を増してからだ。


「あちらもこちらも、その辺りは変わらんか」


 帝国も似たり寄ったりな状況である。皇帝の意向で、遥か昔より授け人からもたらされた技術はいまだに研究が続けられているし、帝国自体は技術向上に貪欲だ。


 だが、皇帝の下についている貴族には、『生半可な技術よりも魔術が優れているのだから、そちらを優先するべきだ』と声を大にして言う者も増えている。


 傾向として、そう主張するのは若い領主らや貴族が多い。

 ムカラドはそれを聞いても特に興味もなく「これもまた時代の流れか」としか思わなかったのだが、いざ自分の手元に授け人がやってきてみると、その主張を疑問視せざるを得なくなった。


 授け人が持つ力は強大で、それを利用することは国を強くすることに繋がる。当然、その授け人次第ではあるが、少なくとも大なり小なりの影響を及ぼすのだ。


「人間が治める帝国ですらこうなのだからな」


 種族的に魔術で秀でているエルフの国ではどうなるか、想像に難しくない。


 それを踏まえ、改めて考える。


「授け人を良く思っていない国の領主が、ミドールを求めるのは……」


 ムカラドがすぐに思い浮かべられたそれは三つあった。


 一つは何らかの理由でミドールの持つ単騎での武力が必要になった。

 二つは授け人が現れたと聞き、危機感を持った共和国が罠を張ってきた。

 三つは上のどれでもなく、単純な私情が理由。


 現時点では、一つ目が最も正解に近いと思える。御堂の魔道鎧が持つ戦闘能力はそれほどまでに絶大だ。

 これを問題解決のために送って欲しいと言われるのは理解できる。実際に送れるかどうかは別として。


 二つ目は可能性の一つとして挙げたが、まずあり得ない。

 御堂の存在はすでに皇帝も知るところであり、その娘である皇女からも非常に注目されている。これに手を出せばどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。

 加えて言えば、内密にという約束と帝国への忠義、ムカラドがどちらを取るかなど考えるまでもない。


 そして三つ目。二つ目よりはあり得る話だが、その私情が何なのかがわからない。


 考え出してから、ムカラドは指で肘掛けを叩く音を強くする。


(一つ目の場合、ここまで率直な文を書いたあいつが、必要な理由を隠す必要があるだろうか……)


 これが引っ掛かる要素だった。御堂を借りたいと言うならば、なぜ必要なのかを書くべきだ。そこをぼかされては貸せるものも貸せない。


(二つ目だったとしたら、逆にこんな書き方はすまい。もっともらしい理由をつけるはずだ)


 ムカラドを騙すつもりだったら、もっと事務的な貴族としての態度をした文章を送りつけてきただろう。だが、この手紙はどちらかと言えば身内にするような内容をしている。


(……まさかだとは思うが、三つ目か?)


 いやいや、まさか。指を止めて手紙の文面をもう一度見直す。万が一そうだとして、私情で授け人を貸せとはどういう了見だ。

 普通ならばありえないと切って捨てる可能性だが、あの御堂が関わっているとそう断言できない。


 改めて、ムカラドはイジン家の当主の“人”を考慮して考える。


(あいつの交友関係からすれば……まてよ)


 ここでムカラドはやっと思い出せた。イジン家には自分の娘と同い年の娘がおり、同じく魔術学院に通っている。

 ついでに言うならば、親馬鹿であるイジン家当主が曰く、妻に似た大層な美人だと言う。しかも、非常に魔術と剣術に長けるとも。


「……いや、だがミドールとて節操なしではあるまいし」


 思わず漏らして、逆に気付いた。

 御堂自身はきちんとした大人であるし、娘を含め少女らからのアプローチをきちんと対処している(ように、父親であるムカラドからは見える)。

 好色家でもないし、異性に対して自身から求めに行く類の人種でもない。


 だというのに、彼の周囲では女性絡みのトラブルが時折発生する。娘のラジュリィしかり、皇女しかり、その度に御堂が骨を折ってきたことはムカラドも知っている。

 要するに、女難の気があるのだ。


(もし、もしもの話だが)


 イジン家の長女が魔術学院で御堂と知り合っていて、その娘が御堂に並々ならぬ感情を抱いていて、夏季休暇で戻ってきた娘が当主に御堂を呼ぶように懇願しているのだとしたら──


「……いかん、考え過ぎたな」


 思考が変な方向へ行っている。そう自覚したムカラドは手紙を机に置くと、少し頭を冷やそうと机にある水指しを手に取る。器に水を注いで、ぐいっと一気に煽り飲む。


「さて、どちらにせよ断らねばならんわけだが……」


 言いながらも、ムカラドはイジン家当主のことを考えていた。

 学院で出会い、互いに競い高め合い、種族の壁を超えた友として切磋琢磨していた親友の顔が、どうしても頭から離れない。


(あいつがもし、本当に窮地に立たされていたとしたら)


 領主としての自分と、親友としての自分。どちらを取るか、天秤が揺れる思いであった。


 その結果。


 ***


「あら、ミドールはどうしたのですか?」


 学院へ向かう幌馬車の中、周囲を見渡したラジュリィが騎士を探していた。


「何かムカラド様からの話があるそうでして、後から合流するそうです」


「ミドール殿も忙しい人ですからね」


 ローネとファルベスの話に「もう、父も人使いが荒いんですから」とラジュリィは頬をむくませた。


「そのために護衛のウクリェが増やされているというわけですか」


『はい、授け人殿に代わりまして、我々が道中お供させていただきます』


『あの方から直々に鍛えていただきましたので、どうかご安心を』


 頭上からの声。幌馬車の隣にいる二体の魔道鎧が一礼していた。乗っているのは御堂が指南していた魔術師だ。


「ええ、頼りにしていますよ」


「それでは、そろそろ出立します」


 ローネが馬車を曳く駆竜の手綱を取り、一団はイセカー領を後にする。段々と遠ざかっている城を、そこにまだ残っている想い人を思い浮かべて、ラジュリィは目を伏せる。


(胸騒ぎがするのは気のせいでしょうか、ミドール……)


 この嫌な予感が的中しませんように、ラジュリィはそう願うのであった。


 〈第四章 機士と非日常 了〉

これにて第四章完結となります。

少しでも楽しんでもらえたなら是非、評価の方をよろしくお願い致します。


諸事情により、次回更新は一週間を置いて2021/8/21から再開となります。

申し訳ありませんが、新章執筆のため今しばらくお待ちいただければと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第四章お疲れ様でした。 コロナ騒動と天候不順(大雨・長雨)そして、夏真っ盛りな時期ですが、体調に気を付けて下さいね。 第五章楽しみにお待ちしています。
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