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4.4.8 機士らの現状における情報整理 その八

「ちょうど良い場所、と聞いたのだが」


「ええ、ぴったりの場所かと」


 困惑する御堂がやってきたのは城下町の一角にある、角張った形をした大きな建物の前だった。

 町民が入れ替わり出入りしているこれまた大きな扉の横には、この世界の言語で『イセカー劇団、現在開演中』と書かれている。


「ブルーロの言うことなのだから間違いないのだろうが……」


 この禿頭の騎士がおふざけでここに連れてくるということをしないのはわかっている。

 であれば、その意図は何かとなるが、考えればすぐわかった。


「ここで行われている劇がこの大陸における史実に沿った内容で、各国の歴史や関係性を劇に盛り込んでいると言ったところか?」


「流石はミドール殿、話が早い」


 はっはっと快活に笑うブルーロに背中を軽く叩かれ、御堂はやれやれと劇場の看板を見上げる。

 東京などにあった巨大な広告を彷彿とされるその板には、雰囲気があるイラストで三人の人物と、三体の魔道鎧らしき人型が描かれている。


「して、そろそろ……」


「ブルーロ様、ミドール様、お待たせしました」


 ブルーロが口を開いた直後、出入り口から御堂と親しい従者の少女、ローネが小走りでやってきた。手にはチケットらしき紙を持っている。


「流石は常連、任せて正解だった」


「ありがとうございます」


「失礼かもしれないが、ローネにこんな趣味があったとは意外だった」


「普段の此奴からは想像できませんでしょう?」


 一枚ずつチケットを受け取った二人はうんうんと頷く。ローネはこほんと小さく咳払いをして、


「よろしければ中まで案内致します。私は詳しいですので」


 ふいと顔を背けたその言い方に少女特有の少し拗ねた感情が見られて、大人の二人は苦笑した。


「はっは、すまんなローネ」


「悪い意味で言ったんじゃないんだ、普段の君は大人びているから、印象と合わなかったんだ」


 平謝りする二人に、ローネは横目を向けて「お二人に対してそのようなことは思っていません」とやはり拗ねたような口調で返した。


「さてさて、ここで話し込んでいると劇が始まってしまいますな。ローネ、案内してくれ」


「かしこまりました」


 従者を先頭に、二人の騎士は建物の中へと入って行った。

 薄暗い広場で係員にチケットを提示し、通路を抜け、劇場の中へ入る。そこもやはり、最低限の灯りしかない。

 前から後ろへ段々となっている座席列の最後尾に入り、座席に椅子を落ち着かせる。その左右にブルーロとローネが座った。


(……日本の映画館に近いものを感じるな)


 硬いながらも布張りの座席を手で撫でてそんなことを思う。正直、雑多に椅子が並べられているだけの舞台を想像していたので、少し驚いていた。


「さて、今回の劇の内容については……ローネから聞いた方が良いでしょう、よろしいですかな? ミドール殿」


「ああ、劇を知っている彼女から聞ければ幸いだな」


 ブルーロから視線で説明を促され、小さく頷いたローネが解説を始める。


「この劇は“祖国の始まり”という題です。これだけでは自国を賛美するものに思えるかもしれませんが実際にはそうではなく、元々は一つだった民が今のように国を持った経緯を劇にしたものです」


「なるほど、建国の歴史とそれにまつわる伝説を元にしているというわけか」


「その通りです。なので、ブルーロ様はこの大陸の歴史についてご説明するためにこの劇を使おうとしたのかと」


「ミドール殿も人の子と仰ってましたからな、人が知識を良く吸収するにはこう言った手段も有効かと思いまして」


「それは理解できるな」


 実際、楽しんで学んだことほど印象深く、脳に強く記憶される。御堂にもそういった感覚があるし、知識としても知っている。


「さて、そろそろ始まりますかな……劇の内容について補足すること等あれば、私から説明させていただきますが、いかがでしょう」


「静かにしてなくていいのか?」


「どうせ皆も話ながら見ますので、多少の小声など誰も気にしません」


 そういうものか、日本とはまた違う文化を感じ取った御堂は「じゃあ、よろしく頼む」とブルーロの提案を承諾した。


 しばし待つと太鼓を叩く音がして、舞台の幕が上がった。

 まず語り部が舞台袖から出てきて、口上を述べた。これが何をモチーフにした劇かを話しているが、概ねローネが説明した通りであった。


「それでは、ごゆるりとお楽しみください」


 最後に挨拶と共に頭を下げた語り部が舞台袖へはけ、ゆったりとした音楽が流れ初めて、役者たちがやってくる。服装は奇抜で目立つものなのは、劇としては普通だ。


「あの三人は各国の王族の始祖役ですな」


 ブルーロの説明に合わせるように劇は進んでいく。


 三人の始祖は多くの民を導き手として、文字通り手を取り合って国を繁栄させていた。

 その三人はそれぞれが違う役割を持っていた。

 技術を司る者、魔術を司る者、そして神秘を司る者。語り部の紹介を聞いて、頭の中で整理する。


(技術は帝国、魔術は共和国、消去法で神秘が聖国だろうな……だが)


「神秘とは何か、でしょうかな?」


 自身の浮かべていた疑問を当てられ、「流石だな」とむしろ肯定した。


「神秘と魔術は近いようで遠い存在です。魔術が技術と同じ系統なのに対し、神秘は神の如き力、正しく奇跡なのです」


「……正直に言うが、胡散臭いな」


 歯に衣着せずの言い草に、ブルーロは肩を揺らして笑いを堪えた。


「私もそう思いますがな、過去の聖国はその力を確かに持っていたとされておるのです。今はわかりませんがな」


 なるほどと頷いて、聖国の印象が固めた。


(要するに宗教国家なわけだ……だが、この世界にある一般的な宗教とは違うようだな)


 ミルクス・ボルムゥにおける宗教は多神教である。高貴な家では家名と共にその家が崇めている神の名を名前に入れるのだ。ラジュリィも『ケントシィ』という“祝福されし名”を持っているし、トーラレルも『アシカガ』という同じ類の名を持っている。


 また神人も認められているようで、過去の偉大な人物を神聖視し、神と同一視する文化もある。トーラレルから『アシカガ』という祝福されし名を聞いたとき、御堂は日本にあった武家を思い出している。


 そう考えている間にも劇は進む。

 三人の役者は始祖が長い繁栄をもたらしたことを演じていたが、そこで舞台袖から新たな役者が現れる。


 始祖役とは対照的に地味な服装、黒髪のウィッグを被ったその役者を見て、御堂はすぐに気付いた。


(なるほど、ここで授け人が関わるのか)


 その黒髪の役者、すぐに授け人だと語られた彼の手から、様々なものが始祖へ手渡される。食べ物、薬、文化、武器、知識。あらゆる時代にそぐわない存在を始祖たちが受け取っている。


 ここで、後ろで流れていた曲が変化した。高所から地面へ落ちて行くかのような急転の音色だ。同時に舞台でも動きがあった。


 技術の始祖が武器を手に取り、魔術の始祖が大量の書物を抱え、神秘の始祖は授け人の首を掴んだ。


 先ほどまで和気藹々としていた三人は剣呑な雰囲気をあらわにし、距離を取って対峙する。


「これが建国の理由か、どちらかと言うと分裂とか断裂かもしれんが」


「そうですな、遠回しに授け人がどういった扱いだったのかも、わかられますな?」


「ここにやってきて痛感したことを思い出させられるよ」


 三人の周囲にいた民が各々に剣と杖を持ち、争っている様子が演じられる。だが決着がつく様子は見られない。

 すると、始祖たちは床に膝を着き、両手を祈るように組んで宙を仰ぐ。舞台袖から現れたのは、御堂も知る兵器を模したである甲冑を着た役者だった。


(魔道鎧はこうして誕生したわけか)


 大昔の争いが生んだ兵器、それがあの巨大なゴーレムだった。御堂は口の中で小さく「皮肉だな」と呟く。


(この世界でも、人が最後に思いつく最強の兵器は非効率なはずの人型だった。地球でも登場初期は存在を馬鹿にされていたが、この世界でもそうだったのだろうか……いや、違うな)


 きっと、この世界の住民は魔道鎧の誕生を前にして喜び勇んだに違いない。全ての神は人の姿をしているとし、偉人すらも神とする世界だ。


 圧倒的な力を持った巨人という存在は、当時の人々からすれば神秘に満ち溢れていただろう。


(以前、トーラレルが聖国の魔道鎧は別格だと言っていた。そして、その国は神秘を司っている)


 御堂の中で、一つの小さな答えが導き出された。


(魔道鎧は、魔術ではなく神秘という奇跡で生み出されている存在なのかもしれない……とは思いついたが)


 これがわかったからと言って、何かの役に立つかを考えたが、特に何も思いつかなかった。推測の欲求を少し埋めたに過ぎない。


 考え込んでいる間にも劇は進む。

 戦っていた三体の魔道鎧だが、長い月日が流れるにつれてその勢いが削がれていく。

 最後には争わなくなった魔道鎧を前にして、技術の始祖と魔術の始祖は手を取り合い、互いの持っていた授けられしものを分け合った。


 普通ならば、ここにもう一人の始祖が入って大円団だろう。だが、神秘の始祖は自身の手から逃れようとした授け人の首を絞め、命を絶ってしまった。


 その亡骸を持った神秘の始祖は、そのまま舞台袖へ消えていく。

 不穏な空気を残したまま、舞台の幕は降りた。


「……聖国が警戒される理由がよくわかった。俺が幸運だったということもな」


「然り、私たちもミドール殿に出会えたことは幸運だと思っておりますよ」


「それは嬉しい限りだ」


 これが、この世界における建国の歴史であるらしかった。

 もっと穏やかな歴史だと思っていた御堂の予想は、盛大に裏切られることになったのだった。

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