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4.4.6 機士らの現状における情報整理 その六

 ファルベスへの指南とローネに手伝ってもらった後片付けも終え、御堂は城にある食堂で遅めの昼食を取っていた。


(……香辛料を使っているが、胡椒以外にも流通しているのか)


 今し方、煮豆と肉が入った赤いスープを食べ終えた御堂は、この世界の食事事情について考え始めた。


(胡椒は大変に貴重な代物だとは、以前にブルーロから教わった。しかし、スパイスの類は案外と気楽に用いられている)


 一度こうなると、しばらくは自分の世界に入り浸ってしまう。周囲のことなど目に入らなくなってしまうのだ。確かな悪癖であった。


(地球でもスパイスの類は乾燥させた植物の根や葉から作られていたはず、ならば原材料にあたる植物が近隣にあれば、なるほど合点が行くな)


 この推測の癖は幾度となく御堂の身を救って来たが、同時に窮地に陥れることもあった。以前、学園都市で女体化して拉致されたことが典型例である。


(案外、これも過去の地球人がこの世界で広めたことかもしれない……いや、それだとこの世界における食文化の進化具合がわからなくなるな)


 周囲に明かしていないことだが、御堂という人間は未知の事象について考察する行為が好きで、この間はリラックスすらできている。学者気質とも言え、軍人としてもある意味で向いているだろう。


 埒外の敵を前にして思考停止してしまう軍人、とりわけパイロットというのは、総じて寿命が短いからだ。


(どこまでが授けられた技術で、どこからがこの世界の住民が生み出したものか……よく考えておく必要があるかもしれないな)


 そんなこんなで延々と思考している御堂に、声をかける人物がいた。


「ミドール殿、ミドール殿!」


 強めに言われ、はっとして思考の海から浮上する。


「……オーランか、すまない、考え事をしていた」


「ミドール殿はいつもそれだな……元の世界では学者だったのか?」


「そういうわけではないが」


 呆れ顔のオーラン・アルベンが机を挟んだ対面に腰掛ける。彼はこの城における兵士のまとめ役であり、ファルベスの父親でもある。


 ファーストコンタクトでは彼から剣先を突きつけるなどされた御堂だが、今では気を抜いて話せる相手の一人であった。


「して、何か用事か?」


「休もうと思ったら偶然、物思いにふけっているのが見えたからな、まぁ世間話でもと思ったわけだ」


「なるほどな」


 それで納得し、スープの皿を横にどかした。


「だが、ただ雑談をしに来たわけでもないんじゃないか?」


「というと?」


「俺の経験則上、こう言ったときは大抵、大なり小なり頼み事をされる」


 少し渋い顔をしてそう言うので、オーランは苦笑した。この授け人が領主から頻繁に無茶な頼み事をされるのは、この男も知っていることだった。


「そうだな、頼み事と言えばそうかもしれないが……やはり世間話の類だよ」


「助かるな、それで話とは?」


 問われてうむと頷いたオーランだったが、急に「うーむ」と唸り出して視線をそらした。今更になって言いづらくなったらしい。


「何か都合が悪い話か、席を移すか?」


「いや、そこまでの話ではないんだが……」


「なら言ってくれよ、言いふらしたりはしない」


「そうか、それなら話すが……」


 説得され意を決したように顔を引き締めたオーランが、口を開いた。


「俺の娘をどう思っているか、率直に教えてくれないか」


「ファルベスをか? 急な話だな」


 特別にどうこう言う話でもない、簡単に返そうかと思った御堂だったが、


「突然で悪いが、以前から直接聞きたいと思っていたことなんだ、頼む」


 そう懇願するオーランは、机に手をついて頭を下げる勢いだった。これでは流石に適当な返事はできない。御堂は顎に手をやり、少し考える。


(ファルベスとオーランは仲が悪い親子ではない、むしろ互いに互いを思いやっている節もある)


 では何故、そんな父親が娘について第三者に尋ねるのか、一秒ほどで答えが浮かんだ。


(オーランからすれば、遠く離れた学院へ娘が行くことは不安なのかもしれない。だったらこの問いにも説明がつく)


 要するに、自分の娘が学院できちんとやれているかについて、御堂から見た視点で語ってほしいのだと、御堂は解釈した。


 当然ながら、この解釈は間違っていた。

 オーランからすれば娘を度々に惚けさせ、ベタ惚れさせる男がどういう腹積りなのか、確認しておきたかったのだ。父親として当然と言えば当然の考えである。


 しかもその男は領主の娘からも惚れられており、何なら親しい従者からも熱が入った視線で見られているのだ。これはもう看過できない状況である。


 相手が親しい騎士でなければ、胸ぐらを掴んで恫喝していたまである。

 御堂に対してそうしないのは、確かな信用があったからで、


(ミドール殿は好色家ではない、それはわかっている。そしてブルーロ殿と同じくらいには人格者でもある。だから間違いはない、ないとは思っているが……)


 それでも娘に近づく男が気になってしまうのは、父親の性だった。


 して、そんな父親の葛藤になど一ミリも気付いていない男は、言葉を選んだつもりで返答する。


「まず、戦いを生業とする者から見た視点から話そうと思うが、良いか?」


「あ、ああそうだな、順を追って教えてくれ」


 本題(とオーランは思っている)を後回しにされてもどかしくなるが、我慢して話を聞く姿勢になる。


「隠さずに言ってしまえば、まだまだ発展途上だな」


「それは、娘が未熟ということだな」


「気を悪くしたならすまないが、俺は無意味に人を持ち上げることはしたくない」


「ミドール殿の人柄はわかっている、続けてくれ」


 促され、御堂は言葉を続ける。


「逆に言えば、伸び代があるということでもある。これは実際に指南をしていて思ったことだが、彼女の学習する力は相当なものだ……いつか、俺を超えるかもしれない」


「それは先の持ち上げることに入るんじゃないか?」


「いいや、紛れもない率直な感想だ。あれは強くなるぞ」


 手放しに娘を褒められ、代わりにオーランが羞恥した。頬を掻きながら、


「戦士としてはわかった、次に行ってくれ」


「次は……ラジュリィ様の従者としてだな」


「それは戦士としてとはまた違うのか?」


「大違いだと俺は思っている。ただ剣を振るだけと、主人に支え守ることは違うはずだ。そうだろう?」


「確かに、それはそうだ」


 逆に問われ、領主に仕え、守る立場にある兵士長として思うところがあった。なので、オーランは大きく頷いてそれに同意した。


「そう見た場合は、きちんと役目を真っ当しているだろう。実際、学院で騒動があった際にはラジュリィ様を助けに駆けつけようとしたし、実際に逃げるのを助けている」


「それはまぁ、娘からも聞いたな」


 実際にオーランが聞いた話では、ファルベスはラジュリィが窮地になったと言うのに間に合わなくなりかけた。という失敗談だった。

 どうにも、オーランから見て御堂はファルベスを過大評価しているように思えた。


(……もしかして、悪く思っていないから良く言っているのか?)


 御堂の言動から、そんな勘繰りをし始めた。

 単純に、御堂とファルベスの付き合いが長いためにそうなっているとは、思いもしていない。


「ラジュリィ様もファルベスを気に入っているし、ファルベスも良く慕い尽くそうとしている、理想的な関係じゃないだろうか」


「確かに、主人と騎士の関係が良好なのは望ましいことだな」


「……オーラン、何か気に触るようなことを言ったか?」


「いや、そんなことはないぞ」


 否定しているが、眉間に皺を寄せて目を険しくしている様子を見れば、誰でも不快感をあらわにしていると見るだろう。完全に無意識の表情であった。


 少し気圧されるような圧力を感じつつも、御堂は「最後に、個人的な印象だが」とオーランが最も気になっていた事柄について話し出した。


「個人的には、どう思っているんだ?」


 机に身を乗り出すオーランに思わず上体を引きながらも、


「彼女は良い子だ。もし俺に娘ができたとしたら、あんな娘が欲しい。そう思えるくらいにはな」


「……異性としては見ていないということか?」


「……ファルベスと俺は、十よりも歳が離れているんだぞ?」


「いや、婚約する間柄でそれは珍しいことでもないし……」


 そこで、御堂はようやくこの父親が何を心配して尋ねてきたのかを理解した。呆れ混じりの大きな溜息を吐いて「オーラン」と諭すような口調になる。


「元の世界に帰りたいと考えている人間が、この世界の人間に恋慕すると思うのか? しかも、一回りも二回りも歳下の少女に対して」


「いや、だが娘の様子を見るに……」


「それは兄だとか、師だとか、そういう人物に向けるものと同じだろう? ブルーロへ向けているようなのと似たような感情だ」


 否定されたオーランが「いや、とてもそうとは思えないが」言いかけたところで、御堂はさっさと席を立って会話を締めに入ってしまう。


「ともかく、変な心配をしなくてもお前の娘に手を出すなんてことはしないからな」


「いや、それはそれで……」


「では、先に鍛錬へ戻るからな」


 変な心配をさせてしまったと己の行動に反省しながら、御堂は気不味い様子でさっさと食堂を立ち去った。その背に向けて、オーランは呟いた。


「……これは別の意味で、ファルベスには絶対に言えないな」


 思わず、偶然にでも娘が今の会話を聞いていなかったかと周辺を確かめてしまうのも、娘を想う父親としての性なのかもしれなかった。

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