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4.4.4 機士らの現状における情報整理 その四

 この世界は魔術が発達している。ならば戦で用いられるのは全て魔術かと問われれば、否である。


 基本的に攻撃魔術と分類される術は、他のそれよりも多くの魔素を必要とする。人間であれば三回から五回、魔術に長けるエルフでも十回以上使える者は希少だ。


 だからこそ、未だに戦を支えるのは刀剣や槍、弓の類だった。魔術だけでは精々倒せて数人、上手く扱っても十数人程度。

 小規模な戦いならばそれでも良かったが、数百人以上の戦いでは、とてもではないが主力になり得ない。


 魔術を拡張、強大にする魔道鎧を使えば別であるが、数を揃えて運用するのが大変である。『この世界に通信機の類が存在しない』と言えば伝わるだろう。


 とかく、これらの理由から魔術が使える騎士、従騎士にも、ある程度は武術の心得が求められるのだった。


 ***


「ミドール殿の技を教えて欲しいの」


 イセカー領の領主が住む城、その中庭で自己鍛錬をしていた御堂は、この城に支える従騎士であるファルベス・アルベンにそう頼まれた。


 構えていた模擬刀を下ろし、腰に下げていた汗拭き用の布で顔を拭ると、小さい従騎士に向き直る。


「技と言ってもな、何について教えれば良いんだ?」


 聞き返す御堂は黒のタンクトップ姿である。多くはない布面積から筋肉質な肌色がのぞく。魔術師ではない、正しく戦士の肉体を見て、少女は少し頬を染めながらもごほんと咳払いをして冷静さを取り戻す。


「剣術については学ばせてもらってるじゃない? それのついでと言ってはなんだけど、体術についても学ばせて欲しいの」


「以前に魔道鎧で指導したものを、生身でか?」


「それね、ミドール殿の体捌きは見事なものだってことは良く知っているし」


「そんなに大したものではないのだが……」


 御堂は謙遜でもなく、自身の技量はそこまでのものではないと思っている。

 人並みの自衛官くらいは腕に覚えはあるが、その程度である。本物の強者には遠く及ばない。


 ちなみに、地球で御堂に武術の手解きをした自衛官は五人いる。


 一人目はナイフを投擲して十メートル先の鉄板をぶち抜ける。

 二人目は軍用車のドアを引っぺがして数十メートル投擲できる。

 三人目は銃火器による狙撃距離の自衛隊内における最長記録を保持している。

 四人目は百人組手を顔色ひとつ変えずに余裕綽々で成し遂げている。

 五人目は刀剣を用いて銃弾を叩き落せる世界でも有数の剣豪である。


 御堂が言う『人並み』とは、彼らと対等に戦えることを指している。当然ながら、陸上自衛隊でこのレベルに達しているのはそこまで多くない。多く見ても一割程度である。


 つまり、御堂は自身の技量をかなり過小評価している。人外の巣窟部隊で徹底的に育てられた自衛官の技量が低いはずがなかった。


「あちらでは周囲にもっと腕が立つ者が多くいた、俺はまだまだ未熟者だ」


「そうなの……ミドール殿の国は凄い戦士ばかりなのね」


 当然、そんな実情を知らないファルベスは誤解した。それを訂正することもなく、御堂は「それでも良いなら、心得くらいは教えられるが」と提案した。


「それで良いわ、少しでもミドール殿に近づきたいもの」


 自分で言って、その意味に少女は「あっ」と遅れて気付くと、頬を更に赤くした。まるで好きな異性とお近づきになりたいと言っているようではないか。


「そう言ってもらえるのは名誉だな、技術を高めることは戦う者にとって必要なことであるし、素晴らしいことだと思う」


「……そうよね」


 幸か不幸か、当の御堂はそう解釈していた。それでほっとしたような、残念なような、年頃の少女であるファルベスの感情は複雑であった。


「で、具体的にはどのような技が知りたいんだ?」


「私のような小柄な身体でも、ミドールみたいな男に勝てる技が欲しいわ」


「ふむ……」


 ファルベスの要望を聞いて、御堂は顎に手をやって少し考え始める。指南の仕方を練っているのか、あるいは教える方法がなくて悩んでいるのか、


(少し無茶な頼みだったかしら……)


 彼女からしても、自身が口にしたことは無理があるように思える。戦いにおいて体格差というのは絶対の優劣になる。それをひっくり返す術を教えてくれと言われたら、この世界の男性は皆困るだろう。


 身のこなしが軽いエルフならまだしも、人間同士ではそうもいかない。体重に手足の長さ、膂力の違いは少女には大きなハンデであり、コンプレックスでもあった。


 魔術が多少扱えても、結局は剣術や体術が使えなければ騎士として戦えない。周囲の大人はそう思っているに違いない。ファルベスはそう思い込んでいた。


 それを覆すための技を乞おうとしたのだが、御堂にもそれは叶わないのかもしれない。無理を言った自己嫌悪の念と、御堂への罪悪感が出て、思わず俯いてしまう。もしかしたら、嫌われてしまうかもしれない。


「あの、無理な頼みだったなら、断ってくれても良いのよ?」


 らしくもない、気の落ちた声音だった。む、と彼女を見た御堂は続いて「しまったな」と自身の失態を理解した。こちらの態度を見たファルベスに頼みを断られると勘違いさせてしまったようだ。


「ああ、すまない、また考え込んでしまった」


 悪い癖だ。そうぼやいた御堂は、ファルベスの髪を手のひらで軽く叩いた。少し驚いて顔を上げた少女に、彼は安心させるように微笑んでみせる。御堂は彼女の不安を見抜いている。


「安心してくれ、俺はそう言った技に関しても師に叩き込まれている。ファルベスに教えるのは造作もないことだ」


「……本当?」


 まだ不安げな少女に、腰を曲げて目線を合わせる。いつもの真っ直ぐな黒真珠の瞳は、この男が持つ真摯さを伝えてくる。


「任せてくれて構わない、むしろ俺のような者の教えで良いのかが気になるな」


「も、もちろん! 私が知っている中でもミドール殿は凄く強い騎士なんだから、もっと自信を持って欲しいわ!」


 一転して興奮気味に褒め言葉を出す少女に、御堂は苦笑で返した。


「それは持ち上げ過ぎな気がするが……褒め言葉は素直に受け取っておくか」


 さて、と腰を戻して後頭部を掻いた御堂に「では、今日からでも始めるか?」そう問われ、ファルベスは二つ返事で承諾した。


「先に水浴びと着替えを済ませてくる。このままだと汚れてしまうからな」


「ええ、何か用意することはあるかしら?」


「革鎧を外して、動きやすい服装にしてくれればそれで、他の準備もこちらで済ませておく」


 模造刀を肩に乗せ、城内に戻る御堂を見送って、ファルベスは胸を撫で下ろした。


(やっぱり、良い人よね)


 初対面の頃、初めて御堂のことを知った際、ファルベスから見た彼はラジュリィの側にいる権利を奪い取る敵に見えていた。


 そして一対一の勝負をして、文句のつけようがないくらいの大敗をした。名誉も誇りも失い、もう終わりだと泣き出した彼女を慰め前を向かせたのは、他でもない彼である。


 少しして城が襲撃されたとき、劣勢に追い込まれ死にかけた少女を助け、彼女とその周囲の人間も全て救ってみせたのも御堂だった。


(傲慢でも威圧的でもない、騎士なのに全然貴族らしくないのに……)


 ファルベスの知る騎士とは強者であり、それを当然の権利のように周囲へ行使する者だ。ブルーロのような例外も居るし、ファルベス本人もそうなりたいとは思わない。それでも、この世界の一般的な騎士はそうなのだ。


 御堂も力を周囲に行使することに変わりはない。方向性が真逆なだけだ。

 民を威圧し傲慢振るのが騎士なら、民を慈しみ共存するのが御堂である。


 彼は決して、下々の相手を粗雑に扱うことを良しとしなかった。それは学院へ行ってからも一貫して変わらない、ファルベスから見た御堂の人物像だ。そこには確かな優しさと真摯さがある。憧れの対象でもあり、そして──


「……ラジュ姉様が羨ましい」


 ぽつりと、無意識にそんなことを呟く。自分が貴族のお嬢様だったら、もっと彼と親しい仲になれたかもしれない。そう思ってしまうことが増えた。けれど、親しい主人とはまた違う形で、ファルベスも御堂と接することができている。


(だけど、こういう触れ合いは従騎士でないとできないのよね)


 共に戦う者、指南してもらう者という立場は、逆に貴族令嬢ではなり得ない場所だ。そう考えれば、今の関係も悪くないかもしれない。ほんの少し、優越感が生じて頬が緩む。


「ミドール殿、早く戻ってこないかしら」


 ところで、ファルベスは一つ失念していた。

 まず、御堂は武術の指南をする際、少女に身体を密着させても全く気にしない人種であること。

 そして柔術の訓練は、基本的に身体を密着させるか手足に触れて行うこと。


 前回、剣術について教わったときに自分がどうなったのか、頭の中を嬉しさで埋めた彼女が思い出せたかと問われれば、否である。

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