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4.4.3 機士らの現状における情報整理 その三

 鎧師というのは、地球で言うところの整備士にあたる。

 そう呼ばれる職人である彼らは、今日も主人たちの魔道鎧を手入れに取り掛かる。


「親方、今日は授け人様とラジュリィ様の鎧ですか?!」


「そうだ! わかってるならさっさと始めろ!」


「わかりましたぁ!」


 顎髭をたっぷりと蓄えた男性に怒鳴られ、モップやバケツを抱えた若者たちが散っていく。それだけで、彼らが師匠と弟子の間柄であることがわかる。


 彼らは魔術師ではないが、下男でもなかった。術として魔素を行使することはできなくとも、魔素を感じ取ることができる。その程度には魔術に詳しい。

 こと魔道鎧に関しては、そこらの騎士よりも理解があった。


「さて、と……」


 だからこそ、御堂のネメスィとラジュリィのディーフィルグンはより一層の異質さを彼らに感じさせた。


「親方ぁ! 先にお嬢様ので良いですかぁ!」


「わかってるならさっさとあのお転婆娘が惚れ惚れするくらい綺麗に磨け!」


「わかりましたぁ!」


 この職について三十年は有に超える親方は、白い巨人の脚部を撫で上げながらまた怒鳴り声をあげた。


「しっかし、こいつは相変わらずだな」


 血の通っていない死体のような感触。それがネメスィは完全な無機物であり、半分有機物である魔道鎧とは違うということを強く主張していた。


 彼の弟子たちの中には、この白い機体を不気味がる者もいた。対し、親方は彼らと少し違った印象を覚えていた。不気味さというよりも、


(嫌な感じというよりかは、怖さがあるぜ……)


 それはネメスィから発せられる殺意。というのは抽象的過ぎるが、それに近い印象を受けていることだ。長く鎧を扱っているからわかる感覚だ。


 魔道鎧は、言うなれば人型をした巨大な魔法の杖である。魔術師が術を行使するのを助け、それを膨大な力に変換する。


 武器には違いないが、使用する者に寄り添い、お互いに力を合わせあう存在だ。使い方で人を殺めもするし、救いもする。親方はそう信じている。


 だが、目の前で膝をつけている魔道鎧らしき巨人は純粋なただの兵器だ。敵対者を一方的に殺し尽くすためだけに生み出され、蹂躙することを目的としている。


 乗り手の騎士が賊の魔道鎧をこの巨人で消し飛ばす様を見た瞬間、親方はそう解釈した。数十年と魔道鎧と接してきた故の、俗に言う長年の直感だった。


(あの授け人が言う違いは、こういう面なんだろうな)


 作りや構造、仕組みが違うのは世界が違うから当然だ。それらよりも決定的に違うのは、そういう部分だった。


「あの授け人が、まぁ“良い人間”で良かったぜ」


 それが唯一の救いと親方は思っている。


 この機体を取り扱うにあたり、直接あれこれと指示を出してきた授け人の若い騎士は、頑固な親方でも好印象を覚えるくらいには礼儀正しく、職人のことを理解していた。

 鎧師に対して高圧的な態度を取る騎士も多く、親方が尻を蹴飛ばした回数も少なくない。それでも領主から軽く咎められるだけなのが、この人物が担う仕事の重要さを示していた。


「お人好し過ぎるとも思うが、そうでなきゃこれを扱うには危ねぇよなぁ」


 だから、この巨人の力を正しく扱えるのだろう。

 乱暴者、それこそ他者を害することに何の感慨も覚えないどころか、それを楽しむような人間がこれの使い手だったら──嫌な想像をしてしまい、親方は顎髭をぐいと撫でた。


「親方ぁ!」


「研磨剤は倉庫の上から三段目の引き出しだっつっただろうが! いい加減覚えろ!」


「すみませぇん!」


 覚えが悪い弟子にまた怒鳴る。若い連中は未熟だ、当然ながら。この親方にも、当時の師に怒鳴られ殴られた時期がった。


「んだが、こいつを前にしたら俺も未熟だな……」


 整備をすると言っても、この巨人に彼らができるのは表面を磨き上げることだけだ。中身のことなど一切わからないので調整のしようがないし、そも整備のための魔道具が全く通用しない。


 ついでに言えば、持ち主も干渉を酷く嫌がっている。特に操縦席は絶対に触れさせられないと見た目に似合わない剣がある表情で言っていた。


 だが、それでは鎧師の名折れになると親方もしつこく食い下がった。しばらく睨み合った両者だが、先に授け人が折れて「清掃だけに留めてくれるなら」と、親方たちがネメスィに触れることを許したのだ。


 なので、彼らは白い巨人をモップがけし、表面を磨く作業だけをしている。


 しかし、白磁の装甲はそれすらも必要ないと感じさせた。傷一つなくつるやかな鏡のような表面は、見方を変えれば芸術品とも言えよう。


 無慈悲な兵器でさえなければ、年甲斐もなく頬擦りをしたくなるくらい見事な鎧である。親方も時折、惚れ惚れしそうになることがある。


(こいつを作った魔術師は、すげぇ感性してやがる)


 ウクリェほど恰幅が良いわけはないのに、力強さを感じる胴体。サルーべのような細さはないのに、俊敏に動くとわかる四肢。整った頭部にある双眼は、誉れ高き戦士のような相貌を強調している。


(これだけでも、こいつが三等級や二等級とは別もんだとわかるが……)


 より特別感を生むのは、背中に生えた巨大な翼である。現在は折り畳まれているそれは鳥が持つような薄いものではなく、複雑な構造をした筒である。


 それが見た目に反し、動き出すと猛禽類の翼としか形容できなくなるのだ。

 以前に城が襲撃を受けた際、巨人が飛び回る様を見た親方は、弟子たちにそう伝えていた。


(初めて見た時もやばいと思ったが、あの授け人に話を聞いたときなんか、腰抜かしそうになったぜ)


 以前、この鎧にある翼について授け人に尋ねたことがあった。


 最初は言葉を出し渋っていたが、親方がしつこく聞くと観念したように後頭部を掻いて、詳しく説明してくれた。

 親切な授け人はこの世界の住民にも通じるように言葉を選んでくれたので、親方にも理解できた。


「……とんでもねぇ奴だな、お前は」


 装甲をこつりと叩いて呟く。

 本当にとんでもない武器だ。矛であり弓であり、盾であり腕である。そして時には空を駆ける翼にもなる。


 こんなにも多機能で複雑なものを正確に操るにはどうするのかと聞けば、機体に宿っている知能が手助けをしてくれると言う。


「お前さんには、俺の言葉もわかっちまうのか」


 冗談混じりでまた装甲に手の甲を当て苦笑する。

 普通の魔道鎧には知能だとか自意識と言った類はない。魔法の杖に意思など生まれない。それが通説だった。


(そして、特別なのはこいつだけじゃねぇ)


 だった、というのは例外が現れたからだ。ちらりと、親方は皺がれた表情筋を動かして、横目で少し離れた場所に鎮座している巨体を見た。


 弟子たちが数人がかりで何とか表面を磨いている青い怪物、ディーフィルグンがこそがそのの例外だ。


「あれにも賢い知恵があるってんだからなぁ……」


 とは言ったが、それについては主人の娘であるラジュリィがそう証言しただけだ。なので真相はわからない。嘘や狂言だと笑い飛ばす者もいたかもしれない。


(けども、あのお転婆嬢さんが変な嘘をつくわけがねぇ)


 あの娘が幼い頃から接している親方には、彼女がそのような虚言をしない人物であることを良くわかっていた。


 先程、魔道鎧は有機物であると表現した。けれども、意思や意識を持たない鎧は、生き物とはまた違う存在なのだ。


 もしも、その常識に逆らうように、あの青い怪物に確かな意思があるならば、それは一種の生命体と呼べるかもしれない。


「……お嬢には悪いが、不気味なのはこいつよりも」


 ディーフィルグンの方だ、とは流石に口に出さない。だが、勝手に動き出すことはないとわかっていても、知能が機嫌を損ねて暴れ出したら──またも嫌な想像をしてしまった。


 そんなことはあり得ないと、積み重ねられた知識と経験が言う。同時に、それは通常の魔道鎧にしか当て嵌まらない常識であることも、わかっていた。


「親方ぁ! 騎士様のも洗って良いですかぁ!」


「俺に聞く前に手ぇ動かせ!」


「わかりましたぁ!」


 大声で弟子たちに叱責したのは、そんな不安を掻き消すためでもあった。齢五十と少しになる職人の心にも、理解できない存在への恐怖心と、それに比例して生じる子供のような好奇心があるのだった。


(また、あの騎士さんから話を聞いとくかな)

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