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4.4.2 機士らの現状における情報整理 その二

 御堂が倉庫を去ってしばらく。


「ミドール? いらっしゃらないのですか?」


 出入り口からやってきたのは彼の主人であるラジュリィ・ケントシィ・イセカーであった。思い人の姿がないかときょろりきょろりと中を見渡し、御堂の白い愛機へと近づいていく。


「ここで自身の魔道鎧を見ていたと聞きましたが、入れ違いになってしまったのでしょうか?」


 せっかく食事を用意したのに。軽食が収まっているバスケットを片手で揺らして、残念そうに息を吐く。また探しにいかなくてはと出口へ戻りかける。


「あら、これは……」


 そのおり、ラジュリィは足元に落ちているものを見つけた。それは小さめの本だった。

 何だろうかと膝を曲げて拾い上げて表紙を見てみると、最近読めるようになった言語、日本語でこれが整備用マニュアルの類であることが記されている。


(ミドールの落とし物……何に使うものなのでしょうか)


 ぱらぱらとめくってみるが、ほとんどが専門用語が書かれている。ラジュリィにも流石に内容まではわからなかった。ともかく、落とし主に届けなければと立ち上がったとき、ちらりと近くに鎮座している機体に目が行った。


「……この子に関係するものでしょうね」


 全高八メートルの人型をした白い巨人。御堂がネメスィと呼び、魔道鎧ではなく『AMW』と言う存在だと語っていた、埒外の魔道鎧(とラジュリィは認識している)を見上げた。ヒロイックな頭部を眺めて、少女はふと感慨が湧いた。


「思い返せば騎士ミドールだけでなく、貴方にも危ないところを助けてもらっていましたね」


 側まで歩み寄り、白磁のように滑らかな装甲表面に手をつける。ひやりとした、まるで鉄鎧に触れているような感触。ラジュリィの知る魔道鎧とは、また違った感覚だった。


(他の魔道鎧、私のディーフィルグンなどは、ほのかな暖かみを感じるものですが)


 通常、魔素というエネルギーの塊である魔道鎧は、常に一定の温度を保っている。更に言えば、その外骨格は大抵ガラスのような表面をしている。


(やはり、ミドールの世界で作られた魔道鎧は、私の知るそれとは根本から違うのでしょうね)


 ラジュリィは手を触れたまま軽く目を閉じ、意識を集中させる。昔、御堂が初めてこの世界にやってきた頃にもしたことだ。魔道鎧の内側に巡る魔素の流れを読み取ろうとした。けれども、


「──何も感じられない」


 普通の魔道鎧であれば、常に膨大な魔素が渦巻いているような気配を感じ取れるはずだ。だがこのネメスィにはそれが一切、一欠片も感じられない。


 本当に不思議な魔道鎧だと、ラジュリィは一際強い好奇心を抱いた。

 彼女も見習いとは言え一端の魔術師である。そして魔術師にとって、魔道鎧とは魔術の極地たる存在の一つだ。それはつまり、共通する研究分野ということになる。


「貴方のことをもっと知れれば、ミドールの心に近づけるのでしょうか?」


 愛しの異性をより深く知る。それは恋する乙女にとって必ず達成しなければならない目標であった。

 ただでさえ、異邦人の授け人である御堂の多くをラジュリィは知らないのだ。数ヶ月近くで暮らした今でも、そう感じてしまう。


 彼の家族は、元の世界での暮らしは、恋人はいたのか、交友関係は。少女にとって、それらは知りたくて仕方のないことだった。

 けれど、御堂は己について多くを語りたがらない類の人種だ。雑談に交えて尋ねてみても、はぐらかされてしまうことの方が多い。


 それは彼にとっても語りたくない、良くない記憶なのだろう。十六の少女であるラジュリィでも、それくらいは察することはできる。

 それでも、その辛い記憶をも共有したい、理解したいと思うのは、恋する乙女が抱く当然の感情だった。


 そのためにも、魔術師見習いは未知の存在を撫で上げる。


「まずは、あの人の武器を知らなければなりませんね」


 ラジュリィは簡易的な実験を決めた。体内にある内向魔素を練り上げ、手を触媒にして白磁の装甲へと流し込む。

 この白い巨人を構成する素材がどういった存在なのかを調べるためだ。


(……通りは悪いですが、魔素は浸透するのですね)


 送り込んでいる魔素をスープとすれば、一般的な魔道鎧が柔らかい白パンで、ネメスィはまるで堅焼きパンであった。染み込みはするが、その量は微量だ。


(もう少し、強く──)


 通りが悪いならば、より多くの量を送り込めば違うはずだ。そう考え、手を押し付ける力を強め、比例するようにより強い魔素を込める。すると、一つの変化が起きた。


「……内側で循環し始めた?」


 少量だが、魔素の一部が装甲の内側まで届いたかと思うと、中で魔素が動き出したのだ。血液が血管をめぐるような、そんなイメージがラジュリィの脳裏に浮かぶ。


(じんわりと、暖かさも生じてきましたね)


 先程まで冷たい鉄のようだった表面から、血が通った皮膚のような温度が感じられる。


(以前に触れた時に感じたものと近くなりましたね)


 あのときの感じ方も、人体のような印象だった。心臓から全身へ血液が巡るように、莫大な魔素を生じている中心部から、手足へ魔素が流れて行っている。そう例えるのが最も正解に近かった。


(この魔道鎧、AMWは私たちの知るそれとは全く違う技術で作られている……それは間違いありません。しかし──)


 自身の知る存在から、そこまでかけ離れた存在とは思えなくなった。同じ魔素で動いているのだ。ならば決して、理解できない存在ではない。仕組みと強さは、魔道鎧からかけ離れているが、


「……この仕組みが、貴方の強さの根源なのでしょうか」


 こつりと、温かみを生じた白に額を当てる。御堂も自身で述べていたが、ラジュリィやその周りの人物を守り、救い続けられたのは彼一人だけの力ではない。


 彼、いや“彼ら”の強さの源は、ネメスィの力に御堂の技術が合わさってこそ生じるものだ。どちらかが欠けても、あの活躍は成し得なかっただろう。


 それがラジュリィには羨ましくもあった。魔道鎧に嫉妬するなど大人気ないことだけれど、一心同体と表すしかない存在というのは、この少女が求め続けている場所だ。


「彼にとっての貴方となるには、どうしたら良いのでしょうね」


 そんな独り言を漏らし、小さく息を吐く。


 御堂に助けられているだけでは、一心同体の存在にはなれない。それはわかっていた。だから、先日の戦いでは彼と肩を並べて戦ってみせた。それでも、至るには遠く及ばないと感じた。


(同じだけの力を得られれば、なれるのでしょうか?)


 己の愛機、ディーフィルグンでならば、彼とネメスィに勝てるだろうか? 少し考えて、ラジュリィはすぐ首を横に振った。


 とてもではないが、勝利できるという確証は得られなかった。似たような速度を持つ緑の女騎士、憎き恋敵が操るイルガ・ルゥならば、何度戦っても負ける気はしない。


 だが、御堂のネメスィにはどう足掻いても勝ち目がない。これもまた彼が述べたことで、兵器としての完成度が違い過ぎる。

 御堂が手加減をしていても、きっと難なくディーフィルグンは無力化されてしまうだろう。

 もしも本気で敵対したとしたら、あっという間もなく、自分の命は消し飛ばされるに違いない。


「……怖い想像をしてしまいました」


 ぽつりと漏らして、座る巨人を見上げる。双眼を持つ洗練された造形をした頭部が、なんとなく自身を見下しているように思えて、ラジュリィはむっとした。


(ですが、それだけ相性の良い存在同士というのは、やはり羨ましいですね)


 小さな苛つきと同時に、そんなことも思ってしまう。

 思い人の愛機であり、長く戦いを共にしてきたであろう相棒。小さな少女を見下ろすこのネメスィは、正しく御堂にとってのパートナーと呼べるだろう。


(パートナー……)


 先日、御堂から自身のことを指し示して言われた言葉。言われたときはその意味も良く知らず、無邪気に喜んでいただけだった。今は少し違う。


「ふふ、ミドールも私のことを想っていてくれたのですよね」


 ディーフィルグンによって日本語を学んだ今の彼女には、その単語の正しい意味を理解できていた。

 故に喜びは更に強くなり、これが御堂の不器用な愛情表現とも取れる言動だと知ったことで、己の中にある恋慕も強まったと自覚していた。


「あなたはミドールと長い間柄なのでしょうけれど、私も負けませんよ」


 ネメスィの装甲から手を離し、白く硬い肌にこつりと拳を押し付けた。


 魔道鎧に嫉妬するとは、我ながら子供っぽいかもしれない。自嘲しながら、ラジュリィはバスケットを持ち直して御堂を探しに倉庫を出たのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ネメスィに心(感情?)があるならば、きっと苦笑いしている事でしょう。
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