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4.4.1 機士らの現状における情報整理 その一

 御堂の愛機であるTk-11『ネメスィ』は、日本の技術研究所が生み出した工学技術、技術者たちの汗と涙の結晶とも言える機動兵器である。


 陸上自衛隊の主力AMWとして採用されてから数年経つが、未だに有視界近接戦闘における性能的優位性において、他国の最新鋭機に追随を許していない。


 その機体に最新技術を搭載した先行量産型が、御堂の操る『Tk−11type3』だ。

 複座式の試験機だったtype1、単座型に改修し本格的な量産型としたtype2、そして自己修復機能『フォトンナノラミネート』を有するtype3と続いている。


 ちなみに、type1に搭乗しネメスィ量産化の目処をつけさせた立役者こそ、御堂の恩人にして教官である三人の内の二人である。


 実は性能テストだけではなく、対テロ作戦における実戦に幾度となく出撃し、大規模テロ組織を壊滅させるのにも一役買っていた。そんな噂もある。


 とかく、ネメスィはそれだけ優秀な人型機動兵器なのである。故に、この異世界ミルクス・ボルムゥで発生した人型兵器同士の戦闘でも今のところ負けなし、まさしく無敵の存在であった。


「チェック項目は全て異常なしだな」


 無敵のAMWの若き操り手である自衛官、御堂 るい三等陸尉はネメスィのコクピットから這い出た。肩装甲に腰を預け、手にしているタブレット端末を操作する。


 《各部関節 各装甲部位 全て修復済み》


「やはりこの世界に来てから自己修復が早まっているな……魔素とやらの影響だろうか」


 端末から機体に搭載されているセンサーを呼び出し、ある数値を表示させる。そこに表示された数字を見て、御堂は「やはりか」と自身の推測が概ね正しかったことを確認した。


(地球に存在した“フォトン粒子”、それがこの世界にも存在する……いや、むしろこちらの方が多く存在している)


 起動させたセンサーは、ネメスィの動力源である“フォトンドライブ”から出力されるエネルギー体、“フォトン粒子”の観測装置だった。


 この粒子は地球の地下深くから発掘された粒子鉱物体で、微細な電力を与えることで莫大なエネルギーを発生させる。これまでのエネルギー工学をひっくり返す不思議物質だ。


 それをAMWの動力源として扱えるようにしたのがフォトンドライブである。今ではほとんどのAMWがこれで駆動しており、それらを探知するためのセンサーなのだが、


「……地球だったら、異常な現象だな」


 センサーが出した結果を端的を表すと「探知不能」であった。機材の故障などではない。

 周囲にフォトン粒子あるいはそれに類似するエネルギーが大量に漂っているがために、探知装置として機能できていないのだ。


 当然、地球ではこんなことはあり得ない。


(フォトンナノラミネートは、出機から放出されるフォトン粒子を用いて装甲や各部関節の損傷、劣化を修復する。つまり、空気中に粒子が大量に存在すれば、それだけ修復が早まる)


 この世界に来て初めの頃にも考えていたことだが、最近になって確信が持てる材料が増えてきている。


(……そこまで間違った推測とは思えない)


 これから結びつけられるのは、フォトン粒子と魔素と呼ばれる物質は、ほぼ同類か全く同じ物質であること。それが意味することはつまり。


「この世界と地球は、俺が飛ばされるより前から一時的に繋がることはあった。授け人の存在からそれは間違いない」


 思い浮かんだ推測を、噛むように口から出して整理する。一時的にしか繋がらない、あるいは一方通行であるから、一度ミルクス・ボルムゥに連れてこられた地球人は帰ることができない。そう考えられていた。しかし、


「……だが、地球のフォトン粒子が未だに枯渇していないということは、この世界から供給され続けているかもしれない。現在進行形で繋がり続けているかもしれないということだ。つまり──」


 異世界から地球へと帰る方法が存在する可能性は、捨て切れないということだ。


 これは御堂にとって朗報に違いない。違いないのだが、御堂の心に思ったよりも歓喜の気持ちは湧いてこなかった。


(これは喜ぶべきことだ。それには違いないし、実際嬉しい。それなのに……どうして焦燥感と落胆の気持ちがある?)


 素直に喜べない自分がいる。なぜなのか、具体的にしたくないが心当たりがある。「これは、あまり良くないな」御堂は溜息を吐き、首を振って思考を切り替える。

 今は帰れる可能性が見出せただけで良しとすることにした。


「点検モード終了、機体を待機状態へ」


 《了解 点検項目検索終了 主機停止 お疲れ様でした》


 その言葉を締めに、AIは黙り込んだ。端末をコクピットハッチ脇にしまい、御堂は装甲を伝って機体から床へ降りた。


 たん、と小気味の良い音と共に着地して、御堂は軽く伸びをして首を回した。


「まだしばらくは戦えそうで何よりだな」


 唯一の問題は、背中の弾薬がそろそろ尽きることくらいか。そう呟いて倉庫を後にしようとする。そのおり、ふと視界の端に映った巨体に目がいった。


 御堂が現在仕えている主人、ラジュリィ・ケントシィ・イセカーの専用機、『ディーフィルグン』だ。現在は四本の巨大な脚部をたたみ、倉庫の中央に鎮座している。


「……いつ見ても規格外としか言い様がないな」


 AMWやこの世界の機動兵器である『魔道鎧』も、全高は八メートルになる。人間からすれば当然巨体だ。しかし、この四つ足に二本の腕を持った怪物は、それよりも二回りは大きい。


 主体は青、所々に散らばった琥珀色のカラーリング、それに彩られた巨体は一見すると蜘蛛の怪物だった。違うのは足の数と人型の上半身があることだ。


 御堂はこの魔道鎧の力を数回目にしている。一度目は御堂が雇用されている魔術学院での模擬試合。同格以上の強さを持った操縦者相手に、互角に渡り合っていた。


 二度目、この時に見たのはこの姿ではないディーフィルグンだ。この蜘蛛の背面にある巨大な腹部には、小柄な魔道鎧が格納されている。それは可憐な乙女をモデルにしたような造形をした鎧で、その見た目とは裏腹に凄まじい戦闘能力を有していた。


 どちらも、御堂の知る魔道鎧という兵器のカテゴリ内から逸脱した性能を有している。


(そして、これだけ異質な機体がこの一機しか存在しないとは考えられない)


 それは予感よりも確信に近い。これだけの力を有した兵器が味方にしか存在しないと考えるのは相当な楽観主義者で、軍人としてナンセンスな者だけだ。


 これを踏まえれば、同等か、最悪の場合はそれ以上の存在が敵にまわることがないとは決して言えない。

 そう考えるだけ、御堂はこの世界を知らないし、把握できていない。


(もし、このレベルの敵が出てきたとして、俺は対抗できるか?)


 率直な考えを述べれば、問題なく対抗できるだろう。それどころか、やろうと思えば簡単に撃破できる。ネメスィに備えられた武装はそれだけの性能を有している。だがそれは、飛び道具が使える場合でのみだ。


 もし、近接格闘によるクロスレンジ戦闘に限られた状況に陥った場合。この怪物を撃破するのは相当に骨が折れることは、容易く予想できた。


 そしてネメスィの持つ最大の優位である飛び道具に搭載された弾数は、そう多く残っていない。


「……フォトンバレットが実弾であることが祟ったな」


 後頭部を掻いてぼやく。フォトン粒子を弾頭にまとわせて発射するそれは絶大な威力を発揮するが、補給ができないとなっては効力半減である。兵站が整わない最新兵器とは、それだけで大幅に戦力が低下する。


(そういえば……)


 地球にいた頃、ちらりと耳にしたことがある噂話を思い出す。フォトン粒子を光学兵器のように撃ち出す兵装が、ネメスィ用に開発されているという話だ。


 先程の粒子と魔素の関連性が的を得ていれば、間違いなく有力な武器になっただろう。


(こればかりは、悔いてもどうしようもないか)


 今はできる限りの備えをすること、そんな難敵に出会さないように祈ることくらいしか、御堂にできることはないのだった。

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