1.2.5 城下町
そのようにして、御堂は数日の間に、兵士たちに混ざって城壁の修理をしていた。また、城下町の方へ出ては、重機械が必要そうな作業を手伝ったりした。
表向きの目的は、領主たちに自分の価値、使い方をアピールするためだ。戦うだけが能ではないということを、知っておいてもらいたかった。そんな中、裏の目的を達成するために、御堂は動いていた。
「授け人の話ですかい?」
「ああ、なんでも良いんだが、何か知らないか?」
「んん、そうですなぁ」
こうやって、街の住民と話す機会があれば、過去の授け人について訪ねるのだ。今も、街の建築資材の運搬を手伝い、話せるようになった大工的な大男に、話しかけていた。
「授け人の伝説は、俺たちにしてみれば、子供の頃から聞かされてるお伽話ですからなぁ、騎士様が知りたがるようなこと、俺らが知るはずもねぇですぜ」
「……そうか、変なことを聞いて悪かった」
「いやいや、騎士様が授け人かもしれないって話は、俺も聞いてますでさ。お伽話を知らないのも、無理ねぇでしょ」
「何……?」
御堂は、自分のことが城下町の住民にまで知られていることは初耳だった。
「俺のこと、誰から聞いたんだ?」
「うちの嫁でさ、井戸端で話し込んでたら、耳に入ったって言ってましたぜ……それで、本当なんです?」
「何がだ」
「すっとぼけないでくだせぇよ騎士様。あんたが本当に、授け人かってことでさ」
それに対し、御堂は顎に手をやり、少し考える素振りをした。自分はすでに、ネメスィというAMWの存在を見せている。この男がしているのは質問というよりも、確認の意図が強いだろう。そこまで一瞬で考えて、御堂は答えた。
「一応、城ではそう呼ばれている。何も授けちゃいないがな」
「またまたぁ、魔道鎧で下々のために働いてくれるってだけでも、俺たちからしたら授けものなんですぜ、騎士様」
「そうなのか、しかし、今更だが、あんたたちの仕事を、俺が奪ってしまっていることになる。それは良いのか? 給金に響くのではないか」
もし、彼らの仕事が日本で言う日当形式だったら、御堂はこの大工たちが受け取るはずだった日当分の労働時間を奪ってしまったことになる。それを懸念したのだ。
この作業を御堂に紹介したのは、今も着いてきているラジュリィである。仕事を受けるに当たって、そのことを確認していなかったのだ。しかし、大工はそれを聞いて大笑いした。
「何を言うんだか騎士様は、俺たちは作業分の代金を最初に受け取るのが基本ですぜ。あとは、早く終われば終わるだけ、こっちの得ということでさ」
「……それなら、良いのだが」
そこで御堂は、自分と男性の会話を少し離れたところで見ている、何人かの子供を見た。こちらを不安そうに見る彼らは、薄汚れた貧しい服を着ている。手ぬぐいを身につけていたので、辛うじて、ここの作業員だということはわかる。
(この子たちは、その日の日当を得て生活しているのではないのか)
正規に給金を受け取っている大人は良くても、こうした下働きの子供にとって、自分は迷惑だったのではないか。その視線に気付いた男は「んん?」と、御堂と同じ方を見た。それで、この騎士が何を心配しているのかを悟った。
「はっは、騎士様は優しいお方だなぁ、大丈夫でさ、下働きのガキどもにも、ちゃんと予定日分の金は渡してやりますんでね」
それを聞いた子供たちは、不安そうな顔から一変し、大口を開けて声をあげた。自分たちも騎士の厚意の恩恵を受けられると知って、大喜びで小躍りまでし始める。
「ああいう子供は多いのか?」
「いいや、この街じゃ珍しい方ですぜ。他の領だと、結構いるって聞きますがな」
「なるほど……」
この男の言う「珍しい方」という言葉が正しければ、この街は、子供のみで仕事をして生活している、言わば孤児が少ないのだろう。それはつまり、治安が良いことに繋がっている。
「領主は、上手く治めているんだな」
「ああ、ムカラド様は良いお方でさぁ、ここで暮らしてもう長くなりやすが、不安なことなんてほとんどありゃしない。働くにも生きるにも困らない。良い街ですぜ、ここは」
「そうなのか……長話に付き合わせてしまった」
「いやいや、また手伝ってくださいよ。奇妙な服を着た騎士様」
男はそう言って、野戦服を着た御堂の背中を叩くと、そのまま作業員たちの輪へと入っていった。
「騎士ミドール。お話はもう良いのですか?」
「ええ、すみませんラジュリィさん。放ったままにしてしまって」
「いいえ、騎士ミドールが自分からこの世界や街のことを知りたいと思うのは、私にも理解できますから、存分に、民と語りあってください」
そう言って、微笑むラジュリィ。彼女には、御堂も本当の目的を話していた。最初の内は隠していたのだが、それよりも素直に話して、町民との顔を繋げて貰った方が有益だと判断したのである。話を聞いて最初の内は、ラジュリィも相当に不機嫌になった。だが、何故かローネが何か伝えると、機嫌が直ったのだ。それどころか、こうして積極的に協力してくれる。
「そうさせてもらいます」
その理由はわからなかったが、今はそれに甘えることにした。
御堂は機体を道の脇に寄せてから、近くにあった酒場らしき建物へと入った。ラジュリィもそれに続く。
そこは西部劇にでも出てきそうな雰囲気の店だった。まだ昼間だと言うのに、酒を飲んでいる男たちが、結構な数いる。誰も彼も、ワインのようなアルコール飲料らしき液体を飲んで、雑談をしたり笑い合っている。
(景気も悪くないのか)
まだこの世界の経済概念に疎い御堂だったが、それでも、この城下町は活気にあふれている良い環境だということは、この場からも察せられた。
彼ら彼女らは、ラジュリィの姿を認めるとジョッキを高く掲げて挨拶とした。
「ラジュリィ様、今日もお散歩かい?」
「お嬢様がこんなとこに来るもんじゃないっていつも言ってるだろうになぁ」
「堅苦しい城よりも、自由をお求めになるのさ、ラジュリィ様はな」
「ちげぇねぇや!」
そんな会話をしてから、一斉に下品な笑い声をあげて、ジョッキの中の酒をあおり飲む。不敬ではないのかと、御堂はちらりとラジュリィを見る。
「皆さん、飲み過ぎてはいけませんよ? 夜の仕事に差し障りますからね」
だが、彼女は気にしていない様子で微笑んでいるだけだ。
(随分と、町民に慕われているんだな)
先ほどの領主の話と言い、この貴族親子は民から高い評価を受けているらしい。これは、御堂も評価せざるを得ない。内心で賞賛すらした。あの父から良く学べば、この少女は将来、良き為政者になれるかもしれない。
人々のざわめき、食器のぶつかる音を聞きながら、御堂とラジュリィが奥にあるカウンターに腰掛ける。すると、髭が濃い細面の店主がやってきた。
「ご注文は?」
「酒以外で、何かないか」
「ここは酒屋ですぜ?」
「すまない、仕事中は飲まないことにしてるんだ」
「仕事中に酒屋に来る騎士様ねぇ……ラジュリィ様、よろしいので?」
いつの間にか御堂の隣に腰掛けているラジュリィに、店主が片眉を曲げて問いかける。態度からして、彼女とは顔馴染みみらしい。
「ええ、これが騎士ミドールの仕事でもあるのです。私は茶をください」
「茶があるのか……俺も同じものを頼む」
「……承りました」
店主は御堂をちらりと横目で見てから、炊事場がある一角へと向かっていった。少し、馬鹿にされた気がした。余所者を見る目でもあった。
「騎士ミドールは、お酒を嗜まないのですか?」
「職務中の飲酒、それもAMW……鎧を操縦する際に飲むのは厳禁です。事故の元となりますから」
「本当に真面目なのですね。騎士ミドールは」
何がおかしいのか、くすくすと笑うラジュリィ。御堂はその辺りの感覚の違いが、現代人と中世風異世界人の差なのだなと感じる。
「ところで、ラジュリィさんはここに来たことがあるのですか?」
「ええ、食事をしたこともありますよ。ここの料理は、城のものと比べても美味しいのですよ」
そのように城下町に気軽に出かけたのが、拉致された原因なのではないかと御堂は思ったが、口には出さないことにした。これを言うと、また彼女の機嫌を損ねてしまう。
「お褒めいただき光栄で……お待ちどう」
会話をしている間に、店主が茶を運んできて、御堂とラジュリィの前に配膳した。椀に入って湯気が立つそれは、赤茶色をした半透明の液体だった。
(匂いは、麦茶に近いな)
椀を手に持って匂いを嗅いでから、御堂はゆっくりと茶をすする。
「……良い茶だ」
御堂は率直な感想を漏らした。日本の機械で作った量産品では、この味は出せないのではないかとすら感じた。茶葉が良いのか、入れた者の腕が良いのか、もしくは両方だろう。店主の方を見ると、片眉と片頬を上げて「どうだ?」という表情を浮かべていた。
「そうでしょう? 私のお気に入りなんですよ」
言って、彼女も茶を飲む。御堂は茶を味わいながら、店主にも話を聞いた。この街での生活のこと、授け人の伝説のこと。店主は口下手ながらも、素直に答えてくれた。
しかし、御堂が知りたかった情報である「元の世界に帰った授け人」の話は、ここでも聞くことはできなかった。




