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4.3.15 帝国貴族の在り方について その十五

「共和国の魔導鎧ではないですね……」


 あっという間に御堂と分断されてしまったラジュリィの前に、黒い魔導鎧が立ち塞がった。


 それは勤勉であるラジュリィにとっても初めて見る型だった。一等級であればそれも不思議ではない。だが魔術師が各々にハンドメイドで作られるのが一等級魔導鎧だ。同型があるその等級の鎧など聞いたこともない。


 そもそも、こんな場所にこのような過剰戦力がいること自体、おかしな話だった。これは一貴族の家宝にも相当する存在なのだ。明らかに異常な存在であった。


『失礼、イセカー家の御令嬢とお見受けする』


 その黒い魔導鎧が、腰の両側に手をやって武器を手にした。刃渡り四メートルある鋭く湾曲した双剣だ。自然体でそれを構えた敵に、ラジュリィも袖の光剣を再展開して応じる。


「ええ、私はイセカー家……この地を治める領主の娘です」


『そのような方がこのような場へいらっしゃるとは、少し転婆が過ぎますな』


「何とでも言いなさい。父に代わり貴方たちを成敗しに来た、ただそれだけです」


『なるほど、なるほど』


 頭部を頷かせるように上下させた黒い鎧の双剣が、淡く光り始める。白い光を帯びたその刀身は、ティーフィルグンの腕にある光剣と同一のものだった。


「本当に出処が気になる鎧ですね。乗り手共々、名を伺っても?」


『この鎧とこの私に、名乗るものなどありませぬ』


「そうですか」


 これが問答の終わりを示した。黒い西洋鎧が左足を下げ、瑠璃色の踊り子が腰を低くする。


『シッ!』


 先に飛んできたのは黒だった。地を滑るような挙動で、授け人が操る白と同じような速度と勢いで懐に入り込んでくる。


「くぅっ!」


 反応できたのは、白い巨人の動きを良く知っていた故だ。下から掬い上げるような一撃に、上体を全力で反らすことで応じた。迫り出した胸部の数センチ先を刃が通り抜ける。


 ラジュリィも反撃に出る。反らした姿勢を戻すことなく、むしろ後ろへ倒れ込みながら身を捻る。流れるような動きで片腕の光剣を振るい、先端で黒い装甲を斬りつけようとした。


『良い動きだ、ですがな』


 しかし、相手はそれを上回った。変則的な薙ぎ払いをわかっていたかのように容易く打ち払う。そして完全に姿勢が崩れた少女へ、空いたもう片方の刃で襲い掛かってきた。


 避けきれない、そう判断できたのが彼女にとっての精一杯だった。だから辛うじての防御が間に合った。


「ううっ……!」


 胴体へ凶器が届く前に、更に一回転した少女の片腕にある掌から光の粒が集まりだした。それが光剣と化した剣を“正面から受け止めた”。


『ほう、流石はイセカー家ですか』


 だが、と相手は無慈悲にもう片方の刃も叩き付けてきた。対し、避けようがないディーフィルグンは残りの手で同じことをする他ない。両手で双剣を受け止めることになった瑠璃色の少女は、乗り手に過大な負荷をかけさせた。


「っ……!」


 頭に響く痛みを堪えるように、集中力を途切れさせないようにラジュリィは念じ続ける。


 ディーフィルグンの得意技は空気中にある魔素の操作である。魔素の塊である光剣を止めるのも不可能ではない。ラジュリィ以外では成し得ない離れ業だ。


 そして更に、彼女には類稀なる魔素の操作能力が備わっていた。


「これでっ!」


 更に押し込んでこられた相手の剣を、むしろがっちりと握り締めた。黒い鎧の動きを止める結果となり、その無防備な背中へ控えていた猟犬二匹が飛び込む。


 弾丸と化した短槍が黒い胴体を貫く──かと思われた。


 がきん、と硬い金属音がしてラジュリィは目を見開いた。敵の背後に、折れて砕けた短槍の破片が舞い散ったのが見えたからだ。


 操作が不十分だったか、短槍の矛先が刃こぼれしていたか。何が奇襲が失敗した原因なのかが、頭の中でぐるぐるとした思考として回り出す。そしてそれは、辛うじて行われていた集中を乱す決定的な一手となった。


『不意を突いたつもりでしょうな、しかしこの鎧には』


 効きませぬ。黒い鎧が更に力をこめて押された直後、コントロールが弱まった手先に刃が到達する。それが纏った光が、少女の両指をずたずたに引き裂いた。


 魔素を操る媒体が崩壊し、華奢な腕ごと両断される。そのイメージがラジュリィの脳裏に走った。


(いや、いやです……こんなところで──)


 これまで感じたことがない、明確な死への恐怖と後悔が心に波を立てた。涙を流す時間すら与えられず、このまま殺されてしまうなど、許容し難かった。


「ミドール……!」


 愛する者の名を呼ぶ。それに応えたのは、その授け人ではなかった。


「な、あ……が……?!」


 それは知らない言語だった。頭の中、頭蓋骨の内側に直接反響しているかのような錯覚がある。理解できない異国の言葉が、濁流のようにラジュリィの思考を蹂躙する。


 思考ができない。視点が定まらない。呼吸すらままならない。

 数秒か、数分か、数時間か、それとも刹那の時間だけか。

 濁流と化した言語が脳へ染み込んだかのように、ラジュリィは突然に理解を得た。


 まるで元から知っていたかのように、知識経験技術が手に入ったかのようだった。どれも、この魔導鎧を戦わせるためのものだった。同時に気付いた。この鎧を生み出したのは授け人だ。そう、自分の思い人と同じ。


「あ、はは、ははは」


 ああ、これが、この教えをくれたのは──


「ミドールの国の、言葉!」


 途端、ラジュリィの操る少女の動きが変わった。こちらを仕留めようと押し付けてきていた胴体に、猛烈な蹴り上げを入れる。


『がっ?!』


 強固な装甲を持っていようが、衝撃を殺せるわけではない。退けぞった黒い鎧だが、それでもすぐに姿勢を整えて数歩下がった。そこを二線の光線が駆け抜ける。下がらなければ、男は斬り飛ばされていた。


『ここに来て、良く動きますな……!』


 関心すら含めた言葉と共に、黒い鎧が双剣を舞わせる。右から左から、交互に大振りと小振を混じえた斬撃が飛んで来て、瑠璃色の少女を斬り伏せようとする。


 それに応じるようにティーフィルグンは踊る。光剣の軌道が見えているように重心の定かではない、ゆらりゆらりとした動き。その間隙として、両袖の光剣が黒い鎧を貫こうと踊る。


『ただの令嬢ではありませんでしたなっ』


 初めて、男の声に焦りが入った。目の前の少女は、先ほどまでの戦い慣れていない子供ではなくなっている。まるで不定形の幽霊でも相手にしているかのような、寒気すら感じる不気味さがあった。


 男が気付けば、黒い魔導鎧はどんどん後退させられていた。一歩一歩、斬撃を避けながら確実に間合いを詰めてくる瑠璃色に、知らぬ間に恐怖心が生じていた。


『押し負けてなるかっ!』


 ここまで冷静だった魔導鎧の動きに、乗り手の心理状態が現れた。つまり──隙が生じた。


 上段から大振りの両振りが繰り出される。鋭く速い一撃だ。先まで圧倒されていたラジュリィには、回避も防御も叶わなかっただろう。


「遅いです」


 攻撃への感想として、一秒程度の短い呟きが発せられた。

 その更に半分の一瞬で、黒い鎧の両腕の肘から先が、双剣を握ったまま宙を舞っていた。


 男は驚愕しつつも、すでに自身のいる鎧の胴体へ迫る死を受け入れ、獲物から敵へと進化してみせた少女を賛美した。


 この娘ならば、自身の主人を満足させる敵となり得るかもしれない。死への恐怖や任務が達成できなかった不甲斐なさより、その喜びが強かった。


『──お見事』


 その言葉を言い切るか言い切らないかの内に黒い鎧は胴体を寸断され、男は絶命した。

 くるりと敵を斬り飛ばした踊り子はだらりと脱力し立ち尽くす。その中で、ラジュリィは小さく嗚咽とも笑いとも言えない声をあげていた。


(あの人への理解が、彼の力になるための能力が、どんどん得られて行く……)


 間違いなくそれは歓喜すべきことだった。ならばなぜ、ラジュリィは涙を流しているのだろう。もし、全てを知る第三者がこの場にいたならば、こう説明しただろう。


『自分の脳が、得体の知れない知識に塗り潰され行くことに恐怖しない人間が、果たしているだろうか』


 感情がそう思えないのであれば、涙を流しているのは生物の本能だろう。

 恋する少女がそれを自覚する日は、まだ来ない。

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