4.3.14 帝国貴族の在り方について その十四
競技場に魔道鎧の残骸を二十体分ぶち撒けた一機と一体は、周囲の観客席を睨みつけるように睥睨した。
今度は観客席からどよめきの声がしている。中には自分の騎士を選手として出させていた者もいたのだ。
それを含めて、二十もいた魔道鎧が一分も経たずに全滅した。
城の一つや二つは容易に落とせる戦力が、一分も経たずに全て破壊されるという異常さは、貴族らを動揺させるには十分過ぎた。
貴族たちは揃って同じ推測をしていた。あれだけの魔道鎧、あれだけの使い手が何の偶然でここへ連れ込まれた──否、踏み込んできた。
この場での行いは非公式どころか、露見すれば重い処分を受ける事である。そのことを知っていたか、今更になって思い出した者に脳裏に、嫌な予感が湧いて出た。この奇妙な魔導鎧は、
──何処かの貴族、それこそこの領地の統括者が送り込んで来た刺客なのではないか?
──その目的はつまり自分たちの処罰、いや処断ではないか?
──あれだけの魔導鎧が止められない相手に抵抗しても無駄ではないか?
これらの想像は貴族たちを恐怖させた。すでに席から立って逃げようとしているのも少なくはない。
『お客様方、大変失礼致しました』
先程までの司会役とは違う声だった。甲高かった前者とは違う、落ち着いた低音を発する男性の声だ。
『こちらの不手際により、選手の不甲斐ない姿を晒してしまい申し訳ありません。ですが』
男の声に合わせて、閉じていた出口が再び開く。そこから、また数体の魔導鎧が現れた。しかし、先程までとは雰囲気、そして何より造形が違う。
『これよりお見せするのは喜劇、思い上がりの愚か者が相応しい最期を迎えます』
見た事のない魔導鎧であった。色は黄が三に黒が一。どれも婉曲の簡素な装甲に、板を束ねたような関節をしていた。丸っこい甲冑を藁人形に着せたような印象を感じさせる。
そんな鎧が四体、手に各々の得物を携えて白と青の魔導鎧を再包囲した。
『くれぐれもお席から離れず、是非とも終幕までお楽しみください』
白に黄色、青に黒。その組み合わせで戦闘が再開する。
「見た事のない機種だなっ」
相手は先まで戦ったのとは明らかに技量が違った。最低限、チームでの戦いを理解している。
でなければ、自分とラジュリィがこんなにあっさりと分断されるわけがない。御堂は戦闘に不慣れな少女をフォローできない状況を作られたことに、舌打ちした。
カッターを展開させた両腕、羽根を油断なく敵に向けながら、自身を囲む三体を観察する。正面二体は大振りの大剣持ちとハルバード、戦斧を隙なく構えを取っている。後ろにいるのは短刀を二振り、両手に保持していた。
(重量級が前から二人掛かりで、隙をついて軽装の一体が背面から襲うということか……それにしても)
相手は相当に厄介そうだと御堂は評価した。並かそれ未満の乗り手というのは、数が優位であれば考え無しに突っ込んでくる。自身側が絶対的に有利だと錯覚するからだ。
対し、この三体はすぐに攻撃しようとせず、ただひたすらこちらの隙を窺っている。確実に仕留めようという思考の動きだ。こういった類の相手は厄介で、危険だ。
(どうする、早くしないと彼女が)
御堂は内心で焦りを生じさせていた。それが機体の思考制御に反映されないようにしながら、状況打破の策を講じようとする。だが今は一刻も争う。
(性能差でごり押してしまうか? しかし)
見るからに異質な魔導鎧に強者が乗っている。しかも数ではこちらが不利。力技で仕掛けて返り討ちにあう可能性は高い。
どうする? 思考が煮詰まる感覚がする。そんな時にふと思い出すことがあった。
日本にいた頃、自衛隊で三人の教官たちから手解きを受けていたときのことだ。
(これはなるほど、教官たちとの訓練を思い出すシチュエーションだ)
一度だけ、旧世代機に乗った三人に対し、ネメスィに乗った御堂だけで挑んだことがあった。
当時の御堂はまだまだ未熟で、圧倒的な性能差があれば正面突破できると考え、実行した。その結果は当然の如く惨敗であった。
演習のデブリーフィング、結果報告会で御堂がどう立ち回るべきだったかの一例を、教官の一人が講釈してくれていた。
『睨み合いになったら、先に動いて隙を生じた方が負けるのは必然。だけど数的不利な場合は先手を打たないとまずい。ではどうするか……答えは簡単さ、わざと隙を見せてやれば良いんだよ。後の先とでも言うべきかな。まぁ、その程度に釣られる相手なんかに、るいが負けることなんてあり得ないけどね』
最後にくれた遠回しな褒め言葉まで、一言一句が思い出せた。ゆっくりと深く息を吸い。またゆっくりと吐き出す。
教えを思い出せたことで、思考が冷静に、クリアになった。
(後の先とは、簡単に言われたものだが)
それはある種、達人がやってのける技術だ。ぶっつけ本番の実戦でやるには難しく感じる。しかし、そのコツはすでに達人から教え込まれている。
「やれないことは、ない!」
意を決した。浮かべたイメージを機体に反映させる。それを汲み取ったネメスィは翼を広げ正面の一体、大剣を持つ方へ突撃する構え“だけ”をした。
「──かかった!」
はたして、釣りは成功した。一歩踏み出した状態で停止した白い機体に、背面から敵が飛び掛かってきている。絶好の攻撃チャンスだと思ったのだろうが、それは大きな間違い。
《後方より一機》
「オートだ」
《了解》
御堂も人間であるため、目は前方についていて、真後ろは見えない。だからこそ、背後からの攻撃は奇襲となる。それは魔導鎧乗りからしても常識である。
けれども工学兵器であるネメスィにはもう一つ、後ろにも目を持ち機体を制御できる存在がいた。
《迎撃開始》
相手が想定外の動きをしようと、一度飛び込んでしまえば後は突っ切るのみ。黄色の魔導鎧はそう判断して二本の刃を振り上げていた。
成功するかと思われたその奇襲に対し、予兆もなく動き出した白い翼が出迎えをした。
驚愕が動きに出た黄色い胴体へ薄緑に輝く刃が二本、勢い良く突き刺さる。
交差するように真芯を貫いた翼が、動かなくなった鎧を無造作に放り捨てる。
《排除完了 操作をマニュアルへ再設定》
工学や人工知能など知りもしない故に回避できなかった攻撃は、ネメスィに搭載されている高性能操縦補助AIによる簡易制御で行える奇策の一つである。
登録されている攻撃パターンをAIが自動選択、自動使用することで、敵を迎撃したのだ。
ネメスィの目であるパッシブセンサーで周囲を見張るAIは、背後の敵であろうと逃しはしない。
「上出来だ……!」
奇襲したはずの仲間がやられたことから動くまで、正面の二体は若干遅れた。そこにつけ込んだ突進を仕掛ける。
それでも雑兵に比べれば流石に立ち直りが早い。一体が呼応するように前へ出て構えた。白い機体を叩き潰そうと大剣を上段から斜めに振るう。
もう一体の戦斧持ちは飛び下がり、追撃をする構えだ。御堂にとっては有り難い状況が整った。
(質量を馬鹿正直に受け止める必要はないっ)
御堂から見て左上から右下へ抜ける剣先に対して、ネメスィは左前方にヘッドスライディングをするようにすり抜けた。
野球選手がするのと違うのは、機体を半回転させて左側を地に向けていることだ。
このまま地面に着地したら、大剣を構え直した相手に文字通り叩き潰されるだろう。
実際、敵はそうしようと勢いのまま水平一回転して、剣を片手で振り上げている。これが腕が二本しかない人型兵器が相手なら勝てただろう。
(Tk−11にやってできない動きはない!)
実質、腕が四本あるネメスィはそれを活用することで動いた。奇妙な動きだ。
地面側の翼こと副腕をそのまま地面につけ軸にすると、逆の翼にある推進器を作動させる。
これにより生じた動きを具体的に描写するとこうなる、『横向きに寝転がると思われた機体が独楽のように回転した』。これにより大剣の鎧が受けたのは斬撃でも打撃でもない。
「獲った!」
投げ技だった。ネメスィは上半身を敵の片足を両腕でがっしりと抱え込んだ。そして副腕と脚部、腰の捻りを活用して、
「せいっ!」
引っこ抜いた。文字通りではなく、鎧の片足を思い切り前方へ引っ張り出したのだ。大剣という重量物を片手で振り上げていた相手は、これだけで機体バランスを崩す。
想定外の動きに対応できず、得物を落とし背中から倒れる。それには目もくれず、ネメスィを起き上がるというよりかは跳ねさせるという機動で起き上がらせた。
数瞬遅れ、そこに戦斧の矛先が叩き付けられる。
「流石に対応が早いが!」
完全に体勢を整え直した御堂と、体勢を崩された敵が相対する。こうなれば正面からぶつかるのみで、そうなった場合に雌雄を決する要因となるのは、
「──いくぞっ!」
機体性能、そして訓練量による技量差であった。




