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4.3.13 帝国貴族の在り方について その十三

 競技場の床を破壊して降りた先も、また競技場だった。

 違う事と言えば、上階とは広さが一回りも二回りも違うこと、観客は平民ではなく貴族であること、中央には駆竜ではなく魔道鎧が待ち構えていたことだ。


 石造の床に着地した御堂は違和感を覚えた。ネメスィの集音センサーが拾い上げたのは戸惑い、動揺の類いの声ではない。

 むしろ細やかな笑いが聞こえたのだ。まるで新しい見世物が運ばれて来たかのように。


『皆様お待たせ致しました! こちらが本日の客人にして──』


 魔道具によるものだろうか、拡声器から出ているような声が響いて、


『憐れな犠牲者でございます! 盛大な拍手でお迎えください!』


 瞬間、客席からわっと歓声が上がり、手を叩き合わせる音が盛大に鳴り響いた。

 ふざけている、あるいは狂っている。御堂はモニターに移る観客席、仮面で顔を隠している貴族らに狂気じみたものを感じ、未知の存在に対する恐怖を抱いた。


 それはネメスィの隣に着地した魔道鎧に乗るラジュリィも同じようで、「ふざけた真似を」と憤りを口にしている。


『私はラジュリィ・ケントシィ・イセカー! イセカー家が長女です! あなた方の行いは帝国の貴族として許されざることです!』


『さぁ彼らに対しますは! 我らが競技場の精鋭たちでございます!』


 ラジュリィが拡声の魔術で声を張り上げたが、周囲にはまるで聞こえていないかのようだった。


「これは、静寂の魔術というものか」


『どうやらそのようです……謀られましたね』


 周囲の貴族がラジュリィの名乗りを聞いて逃げ出さないためのものらしい。何が目的なのか、少女にはピンと来なかったが、御堂はすぐに気付いた。


「悪趣味な……」


 要するに、敵は御堂とラジュリィを観客を湧かせ盛り上げるための見世物にしようとしているのだ。先日見せられた奴隷の虐殺ショーのように、二人が嬲り殺されるのを見て、笑い物にしようとしようと、


 その証明のように、周囲の搬入口からぞろぞろと魔道鎧が集団で登場した。観客の歓声が更に大きくなる。

 ネメスィとラジュリィの魔道鎧が背中合わせで構える。完全に包囲されていて、迎え撃つしか打開策はない。


『さぁ、この華奢な犠牲者たちは、どれだけ長生きできるでしょうか! それでは始めましょう!』


 カーンと、場違いなくらいに間抜けな金属音と同時に、周囲の魔道鎧が鈍器を手に突撃してきた。数は二十もいる。まるで津波のようだ。


『もはや我慢なりません!』


「ラジュリィ、冷静に──」


『そうも言っていられません!』


 確かに、御堂も同意して「戦闘機動を三番に設定」とAIに指示する。全力機動する際の設定だ。


 《了解 コンバットマニューバ スリー 完了》


「よし、手加減はなしだ!」


 途端、白い機体は疾風となった。迫る敵など、これに比べれば地を這う虫に過ぎない。

 先頭で棍棒を振り上げていた敵が、胴体を横薙ぎに斬り捨てられて倒れた。周囲がそう認識した頃には、ネメスィはすでに集団の後方から襲い掛かっている。


『は、速すぎ──』


 不運な雇われの騎士が、突き込まれた光分子カッターに機体ごと貫かれて絶命する。一瞬動きが止まった白い怪物を囲んで叩こうと魔道鎧たちが動く。


「遅いっ」


 包囲網が完成するよりも先に、翼をはためかせた機体は宙へ飛んだ。フォトン粒子、この世界では魔素と呼ばれる物質による跳躍は、八トンの人型兵器は悠々と飛行させた。


 この世界における常識ではあり得ない挙動に、彼らは反応できなかった。いきなり消え失せたと感じた者すらいる。その間の抜けた集団に、翼を広げた猛禽類のような巨人が、四本の刃を振りかざして踊り掛かった。



 一方、ラジュリィを包囲した魔道鎧の乗り手たちは、その奇妙な存在に訝しげな反応をした。


『なんだこいつは……本当に魔道鎧か?』


 実際、それは既存の鎧とは意匠が違いすぎていた。地球の日本人であれば、理解した上で、楽に説明できるだろう。

 それは『兵器』ではなく『美少女ロボット』とも言えるデザインをしていた。


 頭身を低く感じさせる、曲線で構成されたデフォルメチックな頭部から、迫り出した胸部、括れた腰。そして細い四肢の先にだけ、兵装らしき部品がついている。


『見たことがないということは、一等級か?!』


『だけどなよなよしてて弱そうだぜ、さっさと抑えつけちまおう』


 少しの間、奇抜すぎるデザインに慄いていたが、相鎧にしては威圧感が無さ過ぎると判断した。デザインからして、乗り手が女だと察したこともある。

 つまり、相手を侮ったのである。


「……可哀想な人たちですね」


 ラジュリィは呟き、意識を集中させて魔素を操る。魔道鎧の頭部胴体四肢が自身と一体化する感覚。今からこの子を自由自在に動かし、眼前の不届き者を打ち倒せるのだ。

 魔術学院での競技大会でもあった万能感が、少女の心を満たしていく。


『動かねぇな、ビビったんのかぁ?』


 そんなことを知らない男たちは、下卑た笑い声を出してラジュリィの魔道鎧、学院に集まった貴族たちを騒然とさせた規格外、ティーフィルグンへとにじり寄る。


 この男たちは迂闊であったとしか良いようがない。


 魔術における稀代の天才であり、伝説の授け人の戦いを一番近くで見続けていた少女を、彼女が錬成した紛れもない一等級(最強の)魔道鎧を、男たちは舐めてかかったのだから。


『おらぁ行くぞぉ!』


 威勢をあげ、棍棒を振り上げた一体が突貫しかけて、そのまま倒れ伏した。重量音を立てて仲間が動かなくなり、動揺した近くの機体が『がんっ』という衝突らしき音の後に、どうっと倒れる。


『な、何が』


 その亡骸を見て男たちは驚く。倒れた二体の胴体には、円形の穴が空いていたのだ。何かに貫かれたような、そうとしか形容できない現象だ。

 対し、ティーフルグンの中でラジュリィはつまらない、残念だと息を吐いた。


「……これだけで終わらせられてしまいますね」


 指揮者のように右手を振った鎧の周囲に二振りの突起物が飛んでくると、手の動きに追従して踊る。


 ティーフルグンの真骨頂は、莫大な魔素操作能力のよる物理的干渉である。魔道鎧サイズの物体を動かすのは流石に難しいが、


「面倒なだけであれば、これで貫くだけで済むのですが」


 周囲に浮かばせた小型の短槍を操り、魔道鎧の表面装甲を貫徹させて搭乗者を一方的に殺害するには十分な能力だった。


 猟犬を従えた少女チックな魔道鎧をようやく危険な敵だと認識した男たちは、雄叫びのような大声で一斉に突貫した。


 彼らとて、一応は騎士あるいは“元”騎士である。相手が魔術に優れている場合はどうすれば良いのか理解していた。魔術師は懐に入られることに弱い、これは定説であった。


 しかし、それは一般論に過ぎない。周囲に押し寄せた観客の前で、青い少女は舞い踊った。


 踊り子がくるりくるりと回転する度、破壊の光が残光を残して舞う。

 一回転目で一体の魔道鎧が斬り伏せられ、二回転目でまた一体が胴体を貫かれ横薙ぎにされ、三回転で二体の胴体が上下に割れた。


 あっという間に、生き残りは四機となった。彼らが目撃したのは、両腕の前腕部にある袖から飛び出ている光り輝く刀身だった。

 彼らも知っているそれは、魔術師が近接戦で使う『光剣』のように白く瞬く凶器だった。


『ば、馬鹿な……魔道鎧でそれが使えるなど』


『なんなんだこいつは?!』


 彼我戦力差に愕然とし後退る敵に、ラジュリィは再び名乗る。


「私はラジュリィ・ケントシィ・イセカー」


 腰を折って一礼した青い鎧は、優雅で優美であり、残酷であった。


「貴方たちを討ち滅ぼす者です」


『ま、まさか本物──』


 それに対する返答代わりに、光を携えた瑠璃色は弾丸のような速度で犠牲者に迫った。


挿絵(By みてみん)

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