表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/178

4.3.12 帝国貴族の在り方について その十二

「貨物置き場にいることまでは把握しておりますが」


 駐機場のことをそう伝えた男は、雇い主の反応を待った。

 手に持った金細工の杯を煽り、葡萄酒を一口含んだ支配人はそれを味わってから嚥下すると、口髭をひと撫でした。


「お前の手駒がやられたとあっては、流石に放置もできんだろうな?」


「それはただ私の部下が下手を打ったまでのこと。領主の娘はともかく、魔素も感じられない彼奴にそこまでの力があるとはとても思えません」


「専門家の意見として受け取っておこう」


 だが、と支配人は杯を掲げて軽く揺らす。中の赤い液体が波を作る。


「この酒がこぼれないのは、私の手捌きによるものだ。同時に、この賭博場が露見せずやれているのは私の手腕によるもの……そうだな?」


「おっしゃる通りかと」


「つまりだ」


 ぐい、と赤い酒を飲み干した支配人の目には狂気が宿っていた。

 他者を害することに何の感情も作らない顔だ。作ったとしても、それは歓喜か愉悦しかないだろう。


「目障りになる前に始末をつけてしまおうということだ」


「よろしいので?」


「目障りになってからでは遅い、不安の種は早々にすり潰しておくに限る」


「かしこまりました」


 男が深々と礼をして、支配人に背を向けて退室しようとする。そのときだった。

 重量感のあるずしんという地響きの音がして、実際に部屋が揺れた。

 相当な衝撃がこの部屋に、あるいはこの建物自体に加えられたような揺れだと気付けたのは、傭兵の男が持つ感覚故であった。


「い、今のはなんだ」


 荒事自体を知らず動揺する雇い主に、雇われの男が想像するに容易い事実を告げた。


「どうやら、彼奴らは目障りの段階をいくつか飛ばしてきたようで」


 その意味を理解した支配人の手から、杯が落ちた。酒が赤絨毯を湿らせる。


「いかがなさいますか」


 ***


 御堂とラジュリィが取った強硬手段は、想定通りの事態を引き起こしていた。


 突然のことに驚いた警備員らが慌てて賭博の宮殿から飛び出し、暗闇に浮かんだ実行犯を見るや、悲鳴をあげて逃げて行く。


「昼間だったらドミノ倒しでも起きていたかもしれないが」


 表向きの営業時間外である夜間であれば関係ない。大勢いた平民の客はとっくの昔に帰宅している。


 御堂は自身の乗るAMW『ネメスィ』に念じる。すると全高八メートルの白い巨人が、宮殿の入り口にある支柱に光分子カッターを叩きつけた。


 切り崩された石材が決して小さくはない音を発し、続いて繰り出された蹴りが構造が脆くなった建物を揺らす。


 警備員が出て来なくなったのを確認する。攻撃の必要がなくなり、周囲の警戒に移る。


「さて、後はラジュリィが手筈通りにやってくれるかどうかだが」


『ミドール! 見つけました!』


 その折、別口から建物内に突入していたラジュリィの声が聞こえた。

 別働隊として動いていた彼女は魔道鎧を運び込むための搬入口の疑いがある場所、つまり競竜のターフを調べに行っていた。そこから警備の目を逸らすため、御堂はひと騒動を起こしたのだ。


 報告を聞いた御堂はネメスィを入り口から建物内部へ移動させる。出入り口が大きいのはただ見栄えだけを考慮したわけではない。こうして魔道鎧やAMWサイズの物を運び込むためだったのだろう。そう推測していた。


「競技場に扉があったのか?」


『直接は確認できていませんが、魔素の流れがあります。中央から滲み出るように』


「……そんなことまでわかるのか」


 若い主人の才覚にまた驚きながら、御堂も競技場へ機体を入れる。

 半地下になっている空間は非常に暗く、機体の首元にあるサーチライトを点灯しなければ有視界では何も見えない。

 近くにいるであろうラジュリィの魔道鎧の姿も、暗闇に溶け込んで確認できない程だった。


(こちらの予想通りなら、ここで間違いないはずだが)


 強力な光を巡らせて、楕円形のコース中央にある空間を観察する。魔素の流れというものがさっぱり見えない御堂は、代わりに工学の目を用いた。


「振動索敵、感度を最大で床を見ろ」


 《アクティブソナー起動 脚部接地面へ指向 感度高へ》


 頭に被ったヘッドマウントディスプレイに接続されたマイクに指示を吹き込む。命令を受理したAIが、機体に備わったセンサーをフル稼働させた。二秒で結果を報告する。


 《正面二十メートル地点 微振動を探知》


「地下構造物の有無は」


 《データ照合 広範囲に及ぶ地下空間存在の可能性有り》


「よし……ラジュリィ、この下で間違いなさそうだ」


『黙っている間に、何をしていたのですか?』


「部下とのやり取りだ」


 魔道鎧の中で首を傾げているラジュリィを無視して、御堂はネメスィの武装を起動させる。機体の背面に備わっている二本の翼を頭部の脇を通り、肩に乗る。簡易照準。


 翼の先端にある砲身が、暗闇を強く照らす光量を撃ち出した。二つの光が床に吸い込まれ、炸裂し、崩壊を引き起こした。


 ***


「早く確認を取らせろ! 警備の兵は何をしている!」


「はっ、ただちに!」


 一方で上階は大騒ぎであった。黒服たちが右往左往し、それを支配人が叱咤しながら動かしていた。それでも浮き足立った部下らの動きは遅かった。苛立ちを堪えるため、手癖で口髭を撫でつける。


「警備の者を一人捕まえた者がいました!」


「捕まえた?」


 その言葉の意味、怪訝さと不機嫌さを口調で示す。黒服は「はい、文字通り他の者が床へ押さえ付けまして」と状況を説明する。どうも支配人が察した通りの意味だったようで、苛つきを強めた。


「なにかね、高い金を出して雇った連中は、職務放棄をしたということか?」


「はっ、その通りのようです」


 確認が済むと、支配人は硬いブーツで床を蹴り叩いた。そうして発散しなければ、眼前にいる部下に八つ当たりの罵声を浴びせていたかもしれない。

 自分よりも背丈と筋肉がある大男がびくりと怯えたのを見て、少しだけ気が晴れた。


「詳しく話せ」


「どれも逃げ出すか隠れていたようで……逃げ遅れていたその者に確認を取りました」


「なるほど、そいつには後で見世物に使ってやるから覚悟していろと言っておけ、それで何があった?」


「どうにも要領を得ませんが、白い魔道鎧が暴れ回っていたと言っていました」


「白い魔道鎧……?」


「闇夜の中でしたので、それ以上のことはわからないと」


 支配人は記憶を辿り、そのような魔道鎧が存在したかを思い出そうとする。しかし、大型建造物を破壊し揺らすほどの力を持つ白い鎧など、覚えがない。


 もしも、この男が魔術学院に何かしらの伝手があれば、その正体を知れたかもしれない。しかし、物理的に離れているこの土地にまで、御堂とネメスィの暴れぶりは伝わっていなかった。


「ウクリェではないんだな?」


「どうも違うようで、細い鎧だったと」


「共和国のサルーべか?」


「おそらくは」


 エルフの使う強力な魔道鎧であれば、こんな騒ぎを起こすこともできるだろう。

 そしてあまつさえ、無謀にも単独でで攻めてくることも考えられる。


 それでも相当に迂闊な行為だ。

 乗っているのはあの小娘だろう。

 世間知らずはこれだから困る。


 領主の娘が変に正義感を発揮したのだと考え付いた支配人は、仄暗い感情がこもった笑みを浮かべた。

 思い上がった生娘を嬲るのも、悪くはない余興だ。それを見物しながら酒を飲めば、無駄に慌てさせられた怒りによる溜飲も下がる。


「下の連中に伝えろ、お客様がお越しになるので、客を盛大に盛り上げろとな」


「かしこまりました」


「私も直接見て来るとする、何人かは逃げ出した馬鹿共を捕まえてくるように言っておけ」


 伝言を受けた黒服が一礼して地下に繋がる伝声管へ駆けて行く。

 鼻を鳴らしてそれを見送った支配人は、先ほどまであった動揺する様子から打って変わって、悠々とした態度で地下への直通階段へと向かう。


「しかし、あいつに伝え損ねてしまったのは失敗だな……不運とも言えるか」


 自身の魔道鎧を動かすため、先立って地下へと降りて行った傭兵を思い出し、下り階段へ足を踏み下ろした支配人は、硬い足音を立てながら残念そうにため息を吐いた。


「あれが処理に動いたら、見に行く前に終わってしまっているかもしれん」


 自分の知る中で最も使える手駒が、少しは空気の読める男であることを祈る。楽しみとなった余興を見逃しては堪らない。


 支配人は競る気持ちを抑えつつ、少し早足になって階段を降りたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ