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4.3.10 帝国貴族の在り方について その十

 ラジュリィはパートナーになることを「素晴らしいことだ」と言って喜んだ。なのだが、翌日の朝に御堂から聞かされた作戦については、


「絶対反対です!」


「どうしてもか?」


「反対ったら反対です!」


 そのパートナーが考えた作戦を真っ向から否定、断固拒否の姿勢だった。貸し与えられている小屋の中に、少女の「いやですいやです!」という駄々っ子のような声が反響している。


「しかし、あの隠し扉の向こうへ行く方法からして、これくらいしか思いつかないんだが」


 宥める意味合いもあり、口調を気安くして機嫌を取ろうとしている。それでも、彼女は納得しかねるように、ついには腰掛けているベッドの上で両手を上下に振り始めた。本格的に駄々っ子状態である。


「そもそも、君が何かするわけではないのだから、嫌がる必要もないだろうに」


「それはそうですが、ミドールがすることを私は認めたくありません!」


「では何か対案があるのか?」


 御堂に聞かれ、ラジュリィは「ううっ」と呻いた。それから何とか案を出そうとこめかみに両手をやって考える。


「何かを提示していたのでしたら、それを持っていそうな者から拝借するというのは」


「まずそれが何なのか不明だし、窃盗をする技術もないし、やりたくもない。君らしくもない」


「で、では夜にこっそりと忍び込むのはどうでしょうか」


「確かに調べた限り、あの賭博場は深夜に営業していない。だが警邏くらい残しているだろう。万が一のことがあれば、大変なことになる」


「む、むむう……」


(……普段のラジュリィなら、もう少し道理の行った作戦を考えつくだろうに、慣れないことだからか?)


 頭を抱えて知恵熱でも出しそうになっている少女を見て、いくら才女と呼ばれても場慣れしていなければこんなものか。御堂はそう評した。


 実際のところ、それも半分は正しい評価だった。ラジュリィはこの手の仕事をしたことなどないし、関わったこともない。異邦人であるが、訓練を受けている御堂の方が頭が回るくらいだ。


 しかし、ラジュリィの思考回路がうまく働いていないのは、もう半分の理由が大きい。それは御堂の提示した作戦が原因だった。それが何かと言うと、思い人がやるのは大変許し難い方法であった。


「特に対案がないなら、ラジュリィには悪いがこの策で行くぞ。昼時くらいから張り込んでいたいから、支度をしなければ」


 そんな乙女の葛藤など知りもしない御堂は、さっさと椅子から腰を上げて出て行こうとした。その腕を、ベッドから勢い良く飛び下りたラジュリィがひしと掴んで引き留めた。


「も、もう少し待っていただけませんか? あと少しで良い策が思いつきそうなのです!」


「それは子供が口にする類の言葉だと思うが、成人している君はどう思う?」


「う、うぐぐぐぐぐ……!」


 大人が子供にするような言い方で再度嗜められてしまった。しかし、今度はラジュリィも引かない。怒りを混じえた視線を込めて御堂を見上げた。その圧は、当てられた彼からして「うっ」とたじろがせる程であった。


「それでも! ミドールが体を使って貴族の異性から情報を聞き出すなど、とても認可できません! 断固反対です! 徹底抗戦です!」


「……別に、体を使うわけではないのだが?」


 御堂の立案した作戦とはつまり、逆ハニートラップであった。

 貴族が利用する類の飲食店に赴き、明らかに“そちら側”の貴族、できれば女性を狙う。そしてそれとなくカジノに関する会話を持ち掛け、目的と合致した相手であれば上手く情報を引き出そうという算段であった。


 これもまた、不確実極まりない作戦であるが、ラジュリィの提示した策よりはよっぽどリスクが小さい。御堂はそう判断していた。


「その尊顔を使うのも体を使うのも同じことです! それにミドールも賊に顔を知られているんですよ?! もし一人でいるところを襲われたら……!」


「相手からすれば、暗殺者を差し向けて返り討ちに遭わせる対象を、真昼間から人目がつく場所で攻撃する理由がないだろう。精々、監視がつく程度だ」


「危険に繋がることには代わりないじゃないですか!」


「それに君を巻き込みたくないから、このような周りくどい策を講じてるのだが……俺がラジュリィの身を案じていると、わかってくれないのか?」


 ずるい。それを聞いたラジュリィは、そう思わざるを得なかった。

 自分を守るために、己の身を使ってまで役割を果たそうとする。なんと主人想いの騎士だろう。それに一人の女としても、それだけ大事に思っているのだと伝えられては、もう反対できない。


「……わかりました」


「わかってくれたか」


 頬を赤く染めたラジュリィがようやく首を縦に振った。なんとか、このワガママ娘が言うことを聞いてくれそうだと御堂はほっとした。

 納得させずに作戦を強行したら、このお嬢様が何をしでかすかわかったものではない。後顧の憂は断っておくに限る。


 この男、乙女心などまったく考慮していなかった。

 知らぬが仏。御堂の腕を離し、胸の前で合わせた指をもじもじと動かすラジュリィが「こ、交換条件があります」と小さな声で告げた。


「俺にできることであれば聞こう」


 対し、御堂は深く考えず、内容も聞かずに了承した。


「それは真ですね?」


「騎士であるなら、そうするべきだろうからな」


「……わかりました、それでは──」


 羞恥を浮かべた表情で、歯切れも悪く伝えられた交換条件を聞いて、御堂は狼狽えた。「いや、しかし」と思わず拒否しようとするが、目の前にいる貴族令嬢にじろりと睨まれてしまえば口にできなくなる。


「先ほど、ミドールは騎士であるならば、と仰いましたよね?」


「……ああ、そうだな」


「であれば、なんと返答することが正しいか、おわかりですね?」


 御堂はこの数回のやり取りで立場が逆転してしまったことを、今更になって理解した。しかも、こちらが墓穴を掘ってしまっているので反論の余地がない。


(先に内容を聞くべきだった……カッコつけが過ぎたかもしれないな)


「それで、お返事はいただけますか?」


 にこりとした笑みを浮かべる主人に、御堂は後頭部を掻きながらも肯定の返答を口にした。


 ***


 夜の暗闇の中、追跡者の有無に気を配り、なるべく迂回しながら駐機場の小屋まで戻ってきた御堂は、椅子に腰掛けたラジュリィに成果の程を報告した。


 結果から言えば、御堂の立案した策は見事にはまった。


 都合良くそれらしき貴族と発見、接触した御堂は地球で身につけた接待術をフル活用したのだ。

 まず言葉巧みに同席し、飲酒を促して隙を作り、異性に効果的な褒め言葉を口にする。気が良くなった相手にあれよこれよと会話を投げかけ続け、判断力が鈍るまで更に飲ませた。


 そうして獲物が十分に弱ったタイミングで、賭博場の秘密について尋ねるのだ。「ところで、こんな噂を聞いてここまでやってきたのですが、貴女ほどの貴族であれば、何かご存知ではないでしょうか?」これがまた見事に刺さった。


 貴族は正しくその裏カジノとでも言うべき場所の会員であり、招待権も有していたのだ。そこからはもう、まな板に乗せた鯛を調理するが如しである。


「……なるほど、顛末はわかりました。流石はミドールと言っておきましょう」


「褒めていただけて良かった。苦労した甲斐がある」


「ですが」


 ですが? と御堂が聞き返すよりも早く、椅子から立ち上がったラジュリィは素早く御堂のすぐ側まで移動すると「ふんふん」と鼻を鳴らした。


「ラジュリィ、何を?」


「……香水の臭いがします、それも悪趣味な、売女がしているような、そんな臭いが」


 自分が相手をした女貴族に思うところがあるらしいのはわかったが、そこまで言うのかと御堂は呆れすら感じた。

 ラジュリィは更に御堂の体に手を回し、顔を擦り付けるようにして匂いを嗅ぎ回る。


「ミドール、これはよくありません。すごくよくありません。早く湯を浴びに行ってください」


「……それをしたら、あの交換条件を変えてくれたりするか?」


「考えてあげても良いですよ」


 それならば是非もない。解放された御堂は着替えを取り出し、早歩きで風呂へと向かった。



 体を洗い、ラジュリィの気にする匂いとやらを流したつもりで小屋まで戻った御堂だったのだが、彼女の独占力を舐めていた節があった。


「おかえりなさい、ミドール」


 少女はすでにベッドに入っていた。別に寝床を用意してあるため、それだけなら別段問題はない。問題なのは、


「それでは、こちらへどうぞ?」


 自分が入っている掛け布団を誘うように持ち上げ、御堂へ入るように促していることだ。


「……本当にやらないとダメか?」


「あら、ミドールは私に嘘をつくのでしょうか? 約束を違えるのでしょうか? 私の知る貴方は、そんなことをしないはずですが?」


 にこりとした笑みで言っている間に、部屋の中にダイヤモンドダストが舞い始めた。まずい、怒っている。


「わかった、しかし、念のために言うが、本当に横で寝るだけだぞ」


「ええ、わかっていますとも」


「絶対だからな」


 念には念を入れて釘を刺しながら、にこにこと嬉しそうにしているラジュリィの隣に横たわった。掛け布団を肩までかけて隣人に背を向ける。そこへ、少女がぎゅっと抱きついてきた。


 薄い寝巻きの下にある、たわわとした二つの大きな丘陵が、御堂の背中でむにゅりと潰れる。


(ふふ、ミドールだって男性には違いありません。こうすれば気も惹けるはずです。それに、あわよくば……!)


 大胆な行動の裏でそんな淡い期待を抱いていたラジュリィなのだが、一つ失念をしていたことがある。


 御堂の理性は鉄を超えて鋼を超えて超合金の域に達していることを、更に言えば、彼は教官の一人から似たようなケースで異性に迫られたとき、どう対処すべきかも訓練されていた。


 つまり、この男は一分も経たずに寝息を発したのだった。

 ラジュリィが凄まじく不機嫌になったことは、言うまでもない。

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