4.3.7 帝国貴族の在り方について その七
駐機場で待機していた従騎士らに適当な屋台で買った食料と飲料の補給物資を渡し、代わりに杖を借りた。二人とも杖を差し出したので御堂が大丈夫なのかと尋ねると、
「なに、我々には騎士ミドール殿より授かった剣術がありますから」
腰に下げている長剣を叩いてそう言った。
確かに、城にいる間は久しぶりの剣術指南を行っていたし、自己修練もしていたらしい兵たちの練度は、師としては褒めたくなるほどであった。
「では遠慮なく借りる。だが無理はするなよ」
「承知しました。ですが、多少の無茶は許していただきたいですね」
「程々になら認めるさ」
お互いに敬礼をし合ってから、御堂は二人の騎士らから離れラジュリィの元へ戻る。年季の入った短杖を一本手渡し、再び駐機場から賭博場へと向かった。
人混みをすり抜けながら二階へ向かうと、大柄な黒服から身分証明代わりに杖の提示を求められた。備えておいて正解であったと思いながら二人が短杖を見せると、男は態度を緩めて「どうぞお楽しみください」と扉を開け、御堂とラジュリィを室内へ導いた。
まず耳に入ったのは、軽快な音楽であった。目には煌びやかで広々とした、眩しささえ感じる金色が入る。
「これは中々、本格的だな」
そこは賭博場というよりは、地球にあるカジノと類似していると思える。
さながら、米国のラスベガスを異世界で再現しようとしたかのようだ。地球人である御堂がそんな感想を抱くような空間だった。
(豪華絢爛とでも言うのだろうか、どこもかしこも金細工だ)
いっそ眩しいとすら感じる。壁も柱も金色で埋め尽くされていた。それ以外にも色はあるが、所々にある紅色のコントラストが、派手さを際立てさせている。
「これは、すごいですね……」
なんとなく予見していた御堂の一方、生まれて初めてやってきた空間に、ラジュリィはすっかり圧倒されていた。怖さすらあったのか、御堂の腕にひしと抱きつく。
「私はすごく驚いています……このような施設が存在するのですね」
まるで田舎から上京したおのぼりさんになったような主人に、御堂は少しだけ苦笑を漏らしながらも、気を紛らせようと会話を振る。
「確かに驚きだな、これだけの装飾を用意するのに、いったいどれだけかけたのやら」
「まったくです……貿易によって得たものだとは思いますが……」
「正しく、貴族のための空間というわけだ」
貴族だってここまで派手にはしません、ラジュリィがそう返す。そんなやり取りをしていると、入り口で話し込んでいるのが目立ったのだろう。
軽い足取りで燕尾服を着たボーイがやってきた。
「何かお困りでしょうか」
「ああいや、こう言った場所に来るのは初めてだから、連れが少し驚いてしまったようだ」
まるで台本を用意してきたかのように、御堂はすらすらと対応してみせた。その際、左腕に掴まっているラジュリィに横目を向ける。
それに反応して、ボーイもちらりと小柄な少女を見やった。そしてすぐに御堂へ視線を戻す。
どうやら子連れの貴族だとでも思ったらしい。ボーイは笑みを崩さずに「さようでございましたか」と接客を続ける。
「よろしければ、何か安らげるためのお飲み物をお持ちしますが?」
「いいや、こちらとしては早く遊戯をしてみたいから遠慮しておく、気遣いをさせてすまないな」
「滅相もありません、初めてのご来客とのことですから、少しお時間をいただきまして、ご案内をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
ボーイの提案に御堂が鷹揚に頷く。それから彼は施設にある賭け事について簡単な説明を始める。三分ほどかけた説明は「詳しくは施設近くの係員にお聞きください」という一言で締められた。
「説明ありがとう、楽しませてもらうよ」
「では、いってらっしゃいませ」
深く頭を下げてこちらを見送るボーイに軽く手を振ってから、ラジュリィを連れ立って歩き出す。会話を聞かれない程度に離れたところで、少女はようやく口を開けた。
「ミドールはすごいですね……従者に一切疑われずに立ち回るなんて、私にはできそうにありませんでした」
「戻るまでに頭の中で台詞を考えていただけだ、大したことじゃない」
そう言っても、ラジュリィはすごいすごいとしばらく言い続けた。周囲からは若者がはしゃいでるようにしか見えないようなので、「あまり目立たないようにしよう」と軽く嗜めるだけで済ませた。
「さて、何からやってみようか」
「本当に遊戯をするのですか? 様子を見るだけでは……」
御堂が存外、遊ぶことに乗り気であるのが意外だったようで、ラジュリィが苦言を挟んだ。
「逆に遊びもせず周囲を見ていたら、不審がれと言っているようなものだろう。それに情報収集もできる」
「で、ですが……」
もっともらしい理由を聞いても、ラジュリィの歯切れは悪い。
何が気になるのか、推測してすぐに答えに思い至った。先ほど、自分が予想してた通りなのだろうとあたりをつける。
「不慣れな場であるだろうから、ラジュリィは俺の後ろにいるだけで良いさ」
「それでよいのですか?」
「むしろ変に動いて怪しまれると事が起きるかもしれない。危険があってはまずいから側にいて欲しい」
側にいて欲しい、という一言を受けて少女は「はうっ」と小さく呻いた。ジャブのような軽い一撃だが、危うく脳震盪を起こすところであった。
「ではよろしくお願いしますね、ミドール?」
そんな心情を察せられては流石に恥ずかしいので、なるだけ平静を装った口調を心掛けた。それでも若干、声が上擦ってしまう。
対して御堂は微笑みながら頷いた。筒抜けかもしれないと思い、ラジュリィは羞恥で頬を染めた。
***
それからしばらく、御堂とラジュリィの二人はそこにある遊戯施設を一通り遊んでまわった。
これでわかったのは、これらは貨幣を賭けたものであるが違法性はないこと。御堂の察する限りではイカサマや八百長は見られないこと。そして、この空間全体に魔封じの術がかけられていることであった。
「意外なほどに真っ当な施設だな」
「そうなのですか?」
併設されているバーで椅子に腰掛けたラジュリィが聞き返した。こう言ったことへの知識が皆無の彼女には、何が何やらであった。
唯一わかったのは、御堂は駆け引きに関する勘と才覚に優れているということだった。
特に技量と計算、度胸が試されるカードを使った遊戯などは凄まじかった。本人自身が引き際を弁えていなければ、他の参加者が素寒貧になるまで賭け金を毟り取れていただろう。
なぜ途中で手を引いたかと尋ねれば「勝ち過ぎて良いことが一つもないからだ」と至極真っ当に思える答えをもらった。
(ですが、もっとミドールの凄いところを見ていたかったですね……)
そう考えてしまうのはわがままだろう。口に出しかけた言葉を、よく冷えた甘い飲料で喉奥に流し込んだ。
その隣に腰掛けている御堂は、ふと見えた広間の一角が気になっていた。
傍目には何もない金細工が施された壁である。それなのに、周囲に屈強な黒服が待機しているのだ。目立たないように、しかし明白にも思える位置に立っている彼らは、明らかに何かを守っている。
(……なるほどな)
御堂が地球にいた頃に体験したゲームや漫画にある知識は、自然と答えを導き出した。
不自然なほどに健全な運営がされているカジノは、裏で動いている後ろめたい活動を隠すためのものらしい。そう考えれば、この部屋一体が企てを隠すためのカモフラージュに思えた。
(検討はついたが、さてどうやって情報を得るか……)
周囲に悟られない頻度でその壁、おそらくは隠し扉があるだろう場所を監視する。そのおり、一組の貴族がそこへ近づいて行った。
広間の角にあるため目立たない上に何もないはずのそこで、その男女は黒服に何かを提示した。恭しく頭を下げられた二人は壁へ向かって歩き出し、当然ぶつかると思われた直後、文字通り姿を消した。
「そういうことか」
案外と呆気なく真相の一片が手に入ったことに、御堂は小さく息を吐いた。これならば、すぐに解決できるかもしれない。安堵とも安心とも呼べる気の緩みがした。
これだけわかれば長いは無用。ラジュリィを促して立たせ、さっさと出口へ向けて歩き出す。
その油断故にか、自分たちを柱の影からじっと監視していた男がいることに、御堂は気付けなかった。




