1.2.4 兵士長
それからはすぐだった。簡単な道具しか持たずに作業していた兵士たちから見たら、それは圧巻であった。彼らだけでは移動させるのも一苦労しそうな大岩を、御堂は白い巨人、ネメスィを使って軽々と運び出してみせる。
『どこへ運べばよろしいか?』
「あ、ああ! そっちの石材置き場に置いてくれ! 形を整えて再利用する!」
『わかった』
兵士長から指示を受けた御堂が、丁寧に大岩を降ろし、作業しやすいように並べた。この手の土木作業は陸自の基本業務である。自衛官である御堂からすれば、お茶の子さいさいとでも言えよう。人が運ぶのに一苦労しそうな岩を退け終える。十分とかからなかった。
黙々と進められたその作業を、兵士たちは見ているだけになってしまった。そして、コクピットから降りてきた御堂に、彼らはわっと殺到した。今回は敵意を持ったものではなく、歓迎の意を表している。
「すげぇな授け人殿の魔道鎧は、器用なもんだ! 俺たちが数日かけてやるのを、こんな早く終わらせちまうなんて!」
「そうそう、あの大岩なんか、どうやって運ぼうか、全員で頭悩ませてたのによ!」
そう言っている兵の一人が、気さくに御堂の肩を叩いた。それに別の兵が「おい」と注意する。魔道鎧を操る術士は、皆プライドが高いのが普通なので、不用意に接するとトラブルになる。だが、御堂は嫌がる素振りを見せず、むしろ嬉しそうな目を彼らに向けた。その嫌みのない仕草が、余計に兵士たちの心を掴んだ。
「いや、役に立てたならよかった。ただ飯喰らいになるわけにはいかないからな」
「立派な心がけで!」
「授け人殿は、良い術士でらっしゃる!」
兵士たちには、自分の有用性を示すことができたらしい。御堂はそのことを実感できた。それに、人に喜ばれることをするというのは、やはり嬉しいことである。そう感慨していた御堂の元に、背の高い男が歩み寄ってきた。先日、御堂に剣を突き付けて詰問した兵士長だ。
人垣が割れ、その男と御堂が対面する。気難しそうな顔をした彼は、御堂が何か言う前に、深く頭を下げた。
「先日は大変な失礼を働いてしまったこと、遅ばせながらも謝罪させてください。授け人殿」
「いいや、昨日も言ったが、あれは警備の兵としては正しい反応だったと思う。むしろ、警戒させてしまった俺に非がある。こちらこそ申し訳ない」
「いや、しかし……」
「これでお相子ということにしてもらえないだろうか? 兵士長」
そう言ってみせる御堂に、兵士長は少し困ったように頭を掻いた。御堂の申し出を受け入れるかどうかを悩んでいるようだった。だが、後ろにいた部下が「兵士長殿」と小突いてきたので、諦める。
「わかりました。自分はオーラン・アルベンと申します。ただのオーランとお呼びください。授け人殿」
「そうか、俺はミドールと呼ばれているので、そう呼んでほしい。口調も、もっと馴れたものにしてくれ。軍で言うならば、オーランの方が俺より階級が上に思える」
「流石に、そういうわけには……」
オーランはちらりと、遠巻きにこちらを見ているラジュリィに視線を向けた。彼女の手前、その恩人であり授け人である人物に対し、そんな気安くしてよいのか、判断に困っている様子だ。ミドールもラジュリィを見た。その視線に答えるように、彼女は頷いた。
「騎士ミドールがそう言うのです。私は許しますよ。兵士長」
「ということだ。そうしてくれないか、オーラン」
「……わかった。そうさせてもらうぞ、ミドール殿」
ここに、兵士長と授け人の和解が成った。周囲の兵士たちが、口笛を吹いたりして、その二人を囃し立てた。自分たちの上司がそう認めたのだから、彼らも、御堂を受け入れることにしたのである。
「ほら、お前たちも作業に戻れ! ミドール殿が退かしてくれた石の加工と、残っている小石を片付けをしろ! ぼさっとするな!」
少しの恥ずかしさを覚えた兵士長は、それを隠すように兵士たちに怒鳴り立てた。指示を受けた兵は、蜘蛛の子を散らすように、己の作業に戻り始める。
「それでオーラン。他にできることはあるか?」
「そうだな……では――」
兵士長から指示を受けて、御堂は機体に戻り、起き上がらせる。それを離れた場所から見ていたラジュリィは、微笑ましいと笑みを浮かべた。
(働き者であることは、好ましいことですね……お相手をしてくれないのは、少し寂しい気もしますが)
それにしても、あの生真面目で融通の利かない兵士長に、あっさり自分を売り込んで、認めさせるとは。それが成せるのが、御堂の人徳なのだろう。ラジュリィは、御堂の人に取り入る巧さに、関心した。
(だから、私も心惹かれてしまったのかしら、騎士ミドールに)
考えて、ラジュリィは赤くした頬を手で抑えた。それから、その想いの対象である男性が操る、AMWと言うらしいそれを眺めることにした。白い、神像のように美しい造形をした、見事な鎧だった。背中に翼が生えている魔道鎧など、ラジュリィは生まれて初めて見た。
(あの魔道鎧……)
彼女の頭が、恋する乙女から一人の魔術師見習いのそれに切り替わる。あの機体、ネメスィに関心を移し、分析しようとする。顎に手をやって、考え事をするポーズを取り、集中する。
(マナの波動は感じるのだから、魔術で動いているはず……しかし、それが妙な形をしているように思えるのは、私の経験不足かしら)
この世界の住民は、大なり小なり内向魔素を持っている。それが強い人間は、外向魔素を感じ取る力に優れ、同時に操る力を有する。だから、魔術を行使できるのだ。
ラジュリィは、強い内向魔素を持ち、優れた才能を持つ。直接触れれば、その魔道鎧がどれだけの力、マナを有しているか理解できた。だが、
(通常の魔道鎧は、全身を魔素で形成しているから、満遍なく全体で、均一な力を感じ取ることができる……だけど、あの魔道鎧は違う)
あの魔道鎧は、マナの塊を胴体に入れて、それを全身に循環させているようだった。まるで、人間が血液を身体中に巡らせているかのように。そんな構造をした魔道鎧は、聞いたこともない。
(それが、あの強さの秘訣だったりするのかしら)
ラジュリィが森で見た、あの身のこなしの速さと、背中の翼から放たれた魔術。どちらも、彼女が知っている魔道鎧の常識からは、かけ離れている。それだけの力を持つ秘密を知ることができたなら。
(……父上や術士たちは、喜ぶでしょうね)
それはこの領の大きな力となり、利益となる。例えば、強力な魔道鎧を得ることで、最近になって出没するようになった賊や、魔獣を、容易く駆除できるようになるからだ。けれども……ラジュリィは、ブルーロからの話を思い出す。
(彼は、授け人なのに、授けることを忌んでいるように見える)
ブルーロに聞いた御堂の話からするに、彼は、この世界に不要な力を授けることに慎重になっている節があった。その理由が何なのかまでは、彼女にはわからない。
普通、男であれば、己の力を周囲に示し、成り上がろうとする。それが、少女から見た、この世界における男性観である。しかし、あの授け人は、それから大きく外れている。故に、読めない。わからない。あの男に何を与えれば、自分のものになってくれるかが、貴族の娘であるラジュリィには、測りかねた。自分の立場を利用して、無理やり聞き出す。ということも、考えなくはないのだが、
(……騎士ミドールが嫌がることは、あまりしたくないですね)
それをすることだけは、彼女としては避けたいことだった。好きな男に嫌われたくないのである。
(できれば……騎士ミドール本人の口から、正式に私の騎士になると言って欲しい)
結局、彼女の思考は、彼に対する恋煩いを中心に回ってしまっているのだった。




