4.3.5 帝国貴族の在り方について その五
被服店で装いを改めた御堂は、何故か先程よりも周囲からの視線を感じることになった。
「……ラジュリィ、これは本当に目立たない服装なのか?」
「はい、この世界における一般的なものです」
「なら、いいのだが……」
疑問を投げかける御堂だが、満足そうな笑みを浮かべる現地人にそう言われては反論もできない。実際、姿見で確認した自身の姿は野戦服より浮かない格好であった。
だというのに、
(なぜだろうか、着替える前とは違う種類の視線が強い気が……)
「ささ、次は適当な屋台でも探しに行きましょう、調査に使える時間は有限なのですから」
「あ、ああ……」
うきうきとした様子のラジュリィに手を引かれ、御堂は落ち着かない気分のまま表通りを進む。
そんな二人の姿だが、ラジュリィは普段より大人しい軽装のドレス。問題の御堂は一見すると落ち着いたデザインの服装であった。白いシャツの上に黒のベストを纏い、下は同色のスラックス。靴だけは走る際に影響するため、いつもの黒いスニーカーである。
この服装、地球で言うなら黒一色の地味でダサいファッションとでも呼ばれる類だろう。だが、それは一般的な男性が着た場合である。そして、御堂はモデル顔負けの美丈夫だった。
結論から言えば、ラジュリィは改めて御堂に惚れ直すことになったし、そんな彼を我が物顔で街へ連れ回せることに喜びを感じた。
つまり御堂に刺さっていた視線、大半が女性からのそれは、好奇の字から奇を抜いた感情で向けられていたものである。加えて、親に連れられていた若い少年らからも、似たような視線を向けられている。
そう注目を集めるだけ、ラジュリィがコーディネートした御堂は破壊力があったのだった。
これが調査や潜入に適しているかどうか、それについて完全に失念していることさえ無ければ、少女がした仕立ては完璧な仕事であった。
***
「やはりというか、物資の往来が多いな」
「商店もたくさんありますね、役目がなければゆっくりと買い物がしたいくらいです」
「それは同感だ」
二人は立ち食いスタイルの飲食店で軽食、堅焼きのコッペパンに薄い肉と葉野菜、酢漬け野菜を挟んで甘酸っぱいソースをかけた物(日本人である御堂からしても、中々に良い味だと評した)を食べ終え、街を散策していた。
表通りの様子を日本風に例えると、秋葉原の歩行者天国だろう。あれほど道は広くないが、それでもこの世界基準では立派な大通りと言えよう。
(中世や近世の西洋における大通りは、精々幅三メートル程度のものだと聞いていたが、この世界には魔導鎧があるからな)
大型の重機が行き来できるように整備されていると考えれば、時代感の割に道が広いのも納得だった。
その広い街道の中央、左右に商店があるためむしろ人を避けやすい道を歩きながら、二人は調査の成果を話し合う。
「して、ここまで見て何かわかったことはありますか?」
ラジュリィに問われ、脱線しかけた思考を戻す。顎に手をやって数秒、返答を考える。
「表通りに怪しい感じはしない、事は完全に裏で起きているな」
「街全体で行われている企てではない、ということですね」
「ああ、この様子だと住民だけでなく商人たちも関わっているのは一部に見える。後ろめたいことがある態度には思えなかった」
実際、御堂が見た限りでの商売人らの第一印象は真っ当なものだと思えた。
商人ともあれば、腹の中に小さな企て、野心、後ろめたいことはあるだろう。それは競争社会に生きる者としては健全なものだ。
それ以上に危険な思想をしている者というのは、人と接する際の態度や口調、仕草の中に小さな違和感を生じさせることが多い。
御堂はテロが頻発した国の軍人であるので、そう言ったことに対する嗅覚は鋭かった。
「これは、逆に調査が難しくなるな」
「表に出てこない膿というのは、探すのに一苦労ですものね」
「そういうことだな」
「それはそうとして、あそこに良さそうな装飾品が売られていますよ」
「そうなのか……ん?」
「さっそく行ってみましょう!」
「待ってくれ、その意味は……」
「これも調査ですよ、ミドール!」
いつの間にか話題が変わっていた。混乱する御堂の手を取ったラジュリィにぐいぐいと引っ張られ、洒落た看板を下げた店舗へ入店させられた。
その店は宝石店も兼ねているらしく、少し歪な硝子のショーケースの中に光り透明感を持つ石が並べられていた。要するに、明らかな高級店である.
「いらっしゃいませ……おや、これは美麗なお客様がいらっしゃいましたな」
二人が店に入るなりやってきた店員が、ラジュリィと御堂の容姿を見て接客の微笑みを強めた。服装も相まって、お忍びの貴族が買い物に来たと判断した。
「ありがとうございます。世辞でも嬉しいです」
「ははは、貴女様のような方には、このような世辞も真実にしかなりませんよ」
「あら、褒め上手ですね、良い店みたいですよ、ミドール」
「それはわかるが……」
まんまとラジュリィの私用に付き合わされてしまった。御堂は内心『油断した』と後頭部に手をやる癖を抑えつつ「何が欲しいんだ?」と尋ねる。
ひとまず、少女のわがままを嗜めて臍を曲げられるより、適度に合わせた方が時間を浪費しないと思ったのである。
「欲しいのは当然、ミドールからの贈り物です。先はそちらの服を仕立てたのですから、今度は私に合う物をくださりますね?」
「……そういうことなら、真剣に選ぶしかないな」
要するに、御堂の服をコーディネートした見返りが欲しいらしい。
ここで適当に選んだりすれば、目敏い娘はすぐに見抜いて不機嫌になるだろう。だが御堂にはこの世界にある宝石類の知識が全くない。
(さて、どうするか)
ひとまずショーケースに飾られている商品を眺めてみる。金細工に宝石がはまった派手な物から、特別な木材を用いたらしいシックなデザインの物まで、品揃えが良い。
(……選択肢が多いというのは、逆に困るな)
良い品を絞りようがない。本気で悩み始める。そこに、
「失礼、旦那様は奥様のために相当お悩みのようで、差し支えなければこちらから商品を紹介させていただけませんか」
御堂が妻へのプレゼントの品選びに苦労していると見た店員が助け舟を出した。
咄嗟にラジュリィとの関係を訂正しそうになったのを堪えて、小さく頭を下げて「よろしく頼みたい」と提案を受けた。
「ありがとうございます。さて、どのような品が良いかなど、ありますかな?」
「色だとか、装飾の具合だとかか?」
「その通りでございます。私の勝手な印象で品を選ぶわけにもいかないですから」
「……それなら、そうだな」
御堂は少し考えてから、店員に大まかな希望を伝える。彼は少し意外そうな顔をしたが、すぐ笑みを作って了承した。
「かしこまりました、しばしお待ちを」
言って、少し離れた位置にあるケースを開けて、中にあった装飾品を取り出す。戻ってきた店員の白い手袋に乗せられていたのは、青みが強い宝石がはまった樫の木と革のブレスレットだった。
「いかがでしょうか、こちらはクオゥの木であしらった腕輪でございます」
黒めの色合いをした木が複雑に掘り込まれた細工に、ビー玉程度の蒼い石がよく合っていた。
落ち着きがあるデザインとも言える。しかし、貴族が身につけるには少し地味かもしれない。そんな小さい心配が御堂の心中に浮かぶ。
「まぁ、とても素敵な品です……ミドールの要望にぴったりですね」
「私も、あのような注文をなさる貴族様は初めてで驚きました。大抵の方はもっと光り物を好みますから……ですが、旦那様は奥様を良く見てらっしゃいますな」
「ふふ、自慢の人ですから」
心配に反して、店員とラジュリィの反応は好印象であった。
「気に入ってもらえただろうか、少し不安だったが」
「はい、大変気に入りました。私にぴったりの品です」
「よろしければお着けなさいますか?」
「ええ、是非に」
恭しく差し出された腕輪を手に取り、左手首に巻いて金具を留める。もし今のラジュリィの髪が元の瑠璃色であったなら、良く似合っていただろう。それを見越しての注文だった。
「こう言っては失礼かもしれませんが、奥様のように落ち着いた方にはぴったりかと、旦那様からのご理解が強いのですな」
「……世辞でもあまり持ち上げないでくれ、くすぐったい」
「いえいえ、これもまた、真の言葉でございます。お買い上げに?」
「もちろんです、良いですよねミドール?」
「そのために選んだんだ。当然だろう」
店員に値段を尋ね、御堂が支払う。その間もラジュリィは自身の手首を見つめ、にこにこと上機嫌な笑みを浮かべていた。
「ところでお二方は、この街へは初めてお越しで?」
「そうだが、観光に来ている」
「それならば、この街の中央へ向かうとよろしいかと」
「中央……大きい建築物が見えたが、あそこは中枢区画じゃないのか?」
街へ入ってからずっと見えていた建築物、地球の中東国で見られる宮殿のような建物のことを指しているのだとわかった。
御堂はてっきり、あそこは行政機関が入っている場所だと思っていが、どうも違うらしい。
「あそこは公の賭博場でございます。平民から貴族様まで、広く門を開けておりますから、身分を隠したままでも楽しめますよ」
これを聞き、御堂もラジュリィもはっとした。自身らの知りたかった情報が、意外なところで手に入った。
「それは楽しそうだな、この後にでも行ってみるとする」
「親切にありがとうございます」
「いえいえ、では良き旅になりますことを、祈っております」




