4.3.4 帝国貴族の在り方について その四
リッデムは市街地の周囲を石垣の外壁で覆っていた。城塞都市とでも表現するのが正しいだろうか、西洋建築に疎い御堂はそうとだけ思った。
「書面に問題はありませんな」
御堂ら一行は、城門の前にある簡易的な関所で簡単な検分を受けていた。
魔導鎧を引き連れた行商人を名乗る男女に、最初は衛兵も訝しげな態度をとった。しかし、イセカー領から正式に発行された文証と、御堂が握らせた貨幣が効果を発揮すると、態度を変えた。
(貿易が盛んにしては、随分と簡単に通してくれるな)
快く通過を許した衛兵に軽く会釈してから馬車に戻った御堂は、そうした違和感をラジュリィと共有する。町内へ向かう馬車の中、貴族令嬢は「簡単な話です」とすぐ返答した。
「締め付けを強くすると、商人はそれを嫌って寄り付かなくなってしまいます。だからある程度緩い規制のみに留めている。そういうことでしょう」
「なるほど、ですがそれでは怪しい品を運ぶ類の犯罪者も簡単に入れてしまう……これは件の疑惑も確かなものになりそうですね」
「はい、我が領地にそのような街があるのは腹立たしいことです……ですが、今の私にはそれよりも良く思っていないことがあります」
真面目な思案顔だったラジュリィが、きっと御堂を睨みつけた。何か失礼を働いただろうか、御堂はとりあえず小さく頭を下げて謝罪の意を見せる。しかし、彼女は「ミドールはお忘れになってしまったのですか!」と怒りを強めるばかりである。
「申し訳ありません。何か無礼をしたでしょうか」
「その口調です! この街で私たちでの私たちの間柄は?!」
「行商人と、その手伝いですが」
「夫婦でしょう! それなのに、そんな畏まった態度で接するなんて、ミドールは役割をよくわかっていないのですか?」
キンキン声とでも言うのか、大声で喚くラジュリィの主張を要約する。どうも、御堂がイセカー領にいる際にする口調が気に入らないらしい。当然、御堂も街に入ってからはそういう風に演じるつもりだったのだが、
「街へ入ったらそのように接するつもりですよ、別に今ここでそうする必要は……」
「必要はあります。ミドールは領地へ戻ってから余所余所しいです。甘えさせてくれませんし、手も繋いでくれません。その上、口調までそうやって距離を取るようにする。私が受けている悲しさを少しは理解してくださらないのですか?」
それは領主や家臣、兵たちの目があったからだ。御堂はそう返したかったが、それでこの少女が「はいそうですか」と納得しないのはよくわかっている。
「……では、学院にいる時のように話せばいいか?」
「はい、その話し方のほうが素敵ですよ、ミドールに似合っています」
「そうだろうか」
「そうです、普段の紳士らしい態度も悪くはないですが、距離を感じてしまいます」
「別段、そういう意図があるわけではないのだが……」
口調一つ変えただけで、ラジュリィは柔らかい笑みを作って上機嫌になる。これでこの少女が大人しくなるのなら、安いものだと思う御堂だった。そう思っていたのだが、
「街へついたらまずどう動きますか? 私は装飾品などを見れたらと思うのですが」
「装飾品か、確かに流通などについて調べるならば、希少な宝石などからあたるのも悪くない」
「それに被服店にも寄りたいです。どう言った装いが流行っているのか、良く調べることも情報源になるでしょう」
「そうだな……そう考えると、自分の服装も着替える方が良さそうだな」
「ミドールの服は一見地味ですが、逆に目立ちますからね。私が見繕って差し上げますね」
「ああ、そうしてくれるとありがたい。俺はこの世界の装いについては良く知らないからな」
「楽しみが一つ増えましたね。あ、でもまずはお腹に何か入れたいです。少しお腹が空いていますから、食事に関しても調べましょう」
「それも道理か、ではまず飲食店からあたろう」
「それからそれから──」
などと会話が進む毎に、ラジュリィ主導の“デートプラン”が組まれて行く。御堂はそれが流通や市場の調査に繋がるのだと考えていた。すっかり少女の手のひらで転がされているのだが、当の本人はそれに気付く様子がない。それどころか、
(思いの外、調べてまわる場所は多いんだな……流石に異邦人の自分よりもわかっているな)
そんなことを思ってすらいた。ここに口出しできる誰かがいれば『生真面目が過ぎる』とでも言っただろう。
して、この会話を延々と聞かされている駆竜の手綱を引く従者は、蜂蜜をこれでもかとかけた果実を食べたような気分になっていた。御者席から後ろへ聞こえない声量でぽつりと、
「……渋い茶が飲みたい」
そうぼやいたのも、無理のないことであった。
***
ウクリェの乗り手と従者に木箱の管理を任せると、御堂とラジュリィは貨物や荷馬車が置かれる駐留場から市街地へと繰り出した。表通りまで狭い道を数分ほど歩いて、視界がひらけると、御堂は圧巻されたように小さく息を吐いた。
「学園都市を思い出すな」
リッデムに対する第一印象はそれであった。この世界では背が高いと言える建築物が並び、その間を広めの道が伸びている。そこを多くの人々が闊歩していた。
ざっと見渡す限り、このとおりにあるのはすべて、何かしらの商店のようだ。単純な店舗の数では、学園都市よりも多いかもしれない。
「これははぐれないようにしないと危ないな」
「はい、ではお手を」
御堂の隣、髪を瑠璃色ではなく艶やかな紫色にしたラジュリィが微笑んで右手を差し出す。特に躊躇いも戸惑いもなく、当然のようにその手を取った。
「しかし、その変装術はいつ身につけたんだ?」
「パルーアから教わったんです。遊びに行くときに便利だとのことで」
「皇女殿下からか」
御堂とも縁がある皇女、パルーア・マトゥーラ・ファローレンはラジュリィとは旧知の仲である。
少し前に魔術学院へと来訪し、御堂を散々に振り回したお転婆娘だ。彼女は炎や熱を利用した魔術に長けており、どういった理屈なのか御堂にはわからないが、特徴的な髪色を違う色に見せる術を持っていた。
今、ラジュリィが自身にかけているのは、それの応用なのだと言う。どこか得意げにされた説明を受けて、御堂はむしろ手間が減ってありがたいとしか思わない。
「ずっと外套を被せるのも、逆に目立つと思っていたからな、そういうことなら都合が良い」
「……もっと、凄いだとか、褒めていただいても良いのですが?」
「君の魔術が凄いのは、この世界に来てからずっと知っていることだ。今更褒めることでもないだろう」
そんな御堂の返答に、喜んで良いのか怒るべきなのか、ラジュリィは複雑な心境であった。
「ではまず、被服店から向かうか。今は目立っていないが、どうにも野戦服は馴染まない」
周囲を見渡すと様々な領地から人がやってきているからか、人々の装いは統一感がない。けれども、御堂の着ている夜戦服は少し浮いていた。基礎的なデザインがこの世界と合っていないのだ。
「それでは少し歩いて見ましょう。この様子なら目当ての店もすぐ見つかりそうですし」
「そうだな、はぐれないように気をつけてくれ」
「ふふ、ミドールは心配性ですね」
言いながら、ラジュリィはさりげなく繋いだ手を俗に言う恋人繋ぎにする。一瞬、どきりとした御堂だが、
(よくよく考えれば、この世界にそう言った習慣はないだろうし、離れないようにするつもりなんだな)
そう結論付けた。むしろその絡んだ指に少し力を入れ、しっかりと絡ませる。今度は逆にラジュリィがどぎまぎし、顔を赤く染めた。思わぬ反撃を受け、上擦った声で「で、では行きましょう」と歩き出す。
この反応を見ればわかることだが、この手繋ぎは異世界でも“そう言う意味”を示す仕草である。過去にやってきた授け人が広めたのだという文献もあるが、定かではない。
周囲の人々から「若いって良いわねぇ」的な視線を感じた御堂だが、小さく首を傾げるだけでその理由については深く考えないのだった。




