4.3.2 帝国貴族の在り方について その二
御堂を案内したオーランが退室し、玉座に腰掛けるムカラドの前で御堂が片膝をつけると、広い部屋は静かになった。
領主であるムカラドと話す。あるいは勅命を受ける場である玉座の間には、御堂にとっては珍しいことに家臣団が控えていた。部屋の両脇にずらりと並んだ十数人は、じっと御堂を注視している。
(何か、まずいことでもしたか……?)
家臣団と御堂との関わりはそれほど多くない。騎士という立場が家臣団とは独立していることもある。それ以上に(これは御堂の知らないことだが)、彼らの多数はこの授け人に対して負い目があるのだ。
当初、彼らの多数派は御堂から魔導鎧を奪い、始末してしまえと主張していた。強力な武器さえ手に入れば、扱いにくい授け人は不要だと考えていたのである。
そんな議論をしている最中にこの城が襲撃され、領主の娘が拐われかけた時、これらを全て防いで見せたのはその授け人であった。殺してしまおうと考えていた相手に助けられてしまっては、流石に主張を変えざるを得ない。
これについて、御堂に対して恩義や義理を感じないほど家臣たちは腐っていないし、傲慢さも抱いていなかった。今では彼を害そうと考えるよりも、上手く使うべきだと言う考えで満場一致している。その方が遥かに利益を産むと理解できる知恵も当然あった。
それでも立場上、彼らが表立って御堂を賞賛することは少ない。そのくらいの矜持がなくては、貴族は務まらないからだ。年相応の頑固さもあることは間違いない。
そういうわけで、御堂と家臣団の間では微妙な関係が続いていた。ムカラドも知っていることである。
「うむ、良くぞ参ったなミドール」
「はっ、如何様な御用でも」
沈黙を破る役目を持つ領主の言葉に、御堂は仰々しく返した。ムカラドはまだ要件も告げていないのに承諾するつもりの騎士へ「そう急かすな、其方の心意気は買うがな」と苦笑いした。
「世間話をするために呼んだわけではないが、用も聞かずに了承してはならんだろう」
「申し訳ありません。気が競りました」
「若気の至りということにしておくぞ、して……」
軽く談笑をして見せてから、手振りで立つように促す。御堂がそれに従ったのを確認すると、家臣の一人に目配せした。
すると並んでいた列から一人、背の低い男性が前に出た。
「騎士ミドール殿、今回の件は我らからの説明させていただきます」
説明役と名乗ったのは初老の男性であった。白い髭で口元を覆い礼帽をした彼は、ムカラドへ腰を曲げて礼をしてから、改めて御堂へ小さく会釈する。それに返した御堂に対し、初老は頷いて口を開いた。
「失礼ながら、騎士ミドール殿は我らが領地についてどの程度を把握しておられるか、確認させていただいてもよろしいですかな」
「お恥ずかしながら、あまり多くは知りません。大まかな地図を頭に入れている程度です」
「何、それだけでも結構です。この城を中央へ置き、それから馬で五日の距離を西へずっと行くと、リッデムと呼ばれる街がございます。今回の件は、そこで起きているらしい企てについてなのです」
御堂は脳内に広げた地図で距離を測る。魔導鎧やAMWなら三日程度の距離、学園よりも遠い程度の道のりをイメージした。その思案顔を見て、男は再度頷いた。
「その顔から察するに、大体の地理はご理解されたようで」
「合っているかはわかりませんが、ある程度は」
「よろしい、してその街は我らが領地の最西端、隣の領地との堺にあります。故に貿易が盛んであり、大きく栄えた地です。そこでは商人などを含めた人間が多く出入りしております」
それだけ聞いて、御堂はぴんと来ていた。領主の目が届き難く、別領地と出入りがし易い街。更に施設が多く人口も多いとなれば、
「察するに、きな臭いことが起こりやすい場所ですね」
「話が早くて助かりますな、さようで、その地で良からぬ働きをしている者らがいると知らされたのです」
大方、御堂の予想通りであった。だが同時に、一つの疑問が浮かぶ。
「しかし、なぜ自分なのでしょうか」
今回頼まれようとしている仕事は、不審な動きをしているという輩の調査に違いない。けれども、土地勘も人脈もない御堂が出る話ではないように思えたのだ。
その疑問ももっともだと言うように、初老の男は先よりも大きく頭を上下させた。
「ごもっともな質問です。なぜ、騎士ミドール殿に出向いていただくかと言いますと、これには魔導鎧が関わっていることがわかっているからなのです」
「魔導鎧……つまり相手は魔術師か、騎士であると?」
その問いに答えるように、男は目を伏せた。そこには自分たちと同じ帝国貴族が過ちを犯していることへの恥と負い目が感じられた。
「なるほど、そこで自分とネメスィの力が必要であると言うことですね」
「仰る通り、それも我らが持つウクリェではよくない。それもお分かりでしょうな」
「あまり大規模に動いては、相手に逃げる隙を与えてしまうということでしょうか、であるから、単身で複数の魔導鎧を相手取れる自分が呼ばれた。そう言うことですね」
「今代の授け人殿は察しも物分かりも良い、ムカラド様が仰せの通りですな」
「お褒めに預かり、光栄です」
お辞儀をした御堂に、初老と後ろに控える家臣団は目元を細めた。
「うむ、大まかな事情は飲み込めたようだな……して、今回の件はミドール、其方の裁量に任せたい」
「自分のですか? いえ、しかしそれは」
大仰な口調で告げられた指示に、思わず口籠もった。異邦人に持たせるには大きすぎるものではないか、そう思ってしまう。これを見抜いたらしいムカラドはふっと口元を緩めた。
「ミドールよ、其方は私やそこに居並ぶ者たちに、十分な信頼を得させたのだ。誇ってもらいたいな」
「……勿体なきお言葉です」
「ふむ、初めて会ったときにも申したが、余計な謙遜はせぬ方が良いぞ?」
「ムカラド様、これはミドール殿でなくともそう返してしまうかと」
家臣の一人が口にした言葉に「そうだったか、まぁ、ミドールらしいな」と領主はまた笑みを作った。
「して、この件を受けてくれるな? 我が騎士よ」
「自分にできる限りを尽くさせていただきます」
了承の言葉を聞き、ムカラドは満足したように肘掛けを掌で叩いた。
それからの時間で、更に詳しい説明が成された。彼の街で何が起きているのかについて、家臣らが出した大まかな推測と、関わっているであろう他領地の貴族について、その他、留意すべき点など、小一時間ほど話し合われた。
「うむ、では出立については明後日までに頼む。事の解決が早いに越したことはない」
「わかりました。随伴する者については──」
話がまとまり、最後の決め事について話し合おうとした時だった。御堂の背後にある扉が大きな音を立てて開き、全員が絶句する中を軽やかな足音が響いた。
「……我が娘よ、それは礼に欠ける行為ではないか?」
この場に現れたのは蒼い少女だった。瑠璃色の美しい髪を靡かせ、青いドレスを纏わせた白磁の肌に可憐さを加えた少女。領主の一人娘にして御堂の主人、ラジュリィ・ケントシィ・イセカーであった。
「ご無礼をお許しください父上、あまりに急いで駆けつけましたので、つい失礼を」
(……その割には足音など聞こえなかったが)
御堂が推測するにこの娘、もっと早くから部屋の外で聞き耳を立て、タイミングを見計らって来たに違いなかった。
他の家臣もムカラドも同じ考えらしく、白々しいとラジュリィを見ているが、本人はどこ吹く風。にこりとした笑みを浮かべて今更ながら見事な一礼をしてみせた。
「して、何用だ。まさかとは思うがな」
「はい、そのまさかです。私に騎士ミドールのお手伝いをさせてください」
ムカラドが言い切る前のに先じ、ラジュリィはその場にいた全員が口にしたくなかった言葉を発した。
家臣団の何人かが顔を抑えたり頭を抱える中、これと言ったリアクションを取らない御堂の忍耐力は大したものである。
「……この間の件で懲りなかったか? お前が口を挟み、あまつさえ混ざろうとして良いことではないのだぞ」
「確かに、先日は私も冷静ではありませんでした。ですが、今回はしっかりと父上を納得させられる理由がございます」
「……ラジュリィさん、あのですね」
「騎士ミドール、まずはお話を聞いてくださいませんか?」
止めに入ろうとした御堂へ軽やかに近づき、彼の口元に指を当てて黙らせたラジュリィは、再び父へ向き直った。
ここで溜息を吐くだけで済ませる辺り、この父も娘に甘い。言葉を飲み込んだ御堂はそう評ざるを得なかった。
「話だけは聞いてやる。それで気が済んだら自室へ戻るのだぞ」
「いいえ、父上から承諾の言葉を得てから戻ります。では──」




